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黎明樹  作者: ペティ
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6. 3つのアスナロ

伊東椿、古井裕二、當眞朔月の三人は、中学生の頃からのマブダチである。


きっかけは中学2年の文化祭だった。


裕二は文化祭クラス委員長で、椿と朔月は副委員長だった。


一見、共通項のなさそうに見えるこの三人は意外にもすぐに打ち解けあった。


まだ幼少の好奇心を心の内に隠して互いを意識しあっていたせいもあり、文化祭というイベントは、この三人の友情の根を深める、いい土壌だったのだ。


物事に思慮深い椿、謙虚で素直な裕二、クールだが衝動的な朔月は、文化祭を通じて良い化学反応を起こした。


クラス模擬店が成功したのも、それぞれの持ち味が裕二というリーダーシップの元で光ったからに違いない。



文化祭後も三人の関係は成長を続けた。


三人とも、地元の都立高校に進学した。


高一の秋、裕二はラグビーのプロになりたいと椿たちに告白した。

その不器用な彼の夢物語は、椿たちにある種の勇気を与えた。


それは、誰しもがダイヤモンドの原石を持っていて、それを磨くことが夢を叶えることなのだ、ということだった。


これ以降、恥ずかしいとどこかで思っていた将来の理想を三人はポツポツと話し合うようになった。


どこか、心の片隅で形になるのを待っていたかのような、言語化された三人の夢は、曖昧で、不安定だった。


生まれたての夢を語る度、三人は気恥ずかしげにはにかみ、しかしそれを否定しない友人を通して、夢には肉がつき、骨ができた。



裕二は将来、プロのラグビー選手になる。

そして引退後にはラグビーのコーチになって世界の子供にラグビーを教えて、体育教育に貢献する。


椿は将来、外交官になる。

アメリカの大学を卒後後、日本に帰国し、国家公務員試験を受けて、外務省に入省する。

そして、様々な国の大使館で外交業務に携わる。


朔月は将来、公認会計士になる。

大学四年で国家試験を合格して、四大会計事務所のどれかに入ってキャリアウーマンになる。



こうやって、三人はほぼ同時期に、それぞれの原石を磨き始めた。


若い頃の一念は熱量が尋常ではない。


裕二は高二の頃にはラグビーの頭角を現し、主将になってチームを牽引していた。

高三の冬の大会では念願の全国大会に初出場し、全国にその存在を知らしめた。

スカウトで、ラグビーの強豪大学に入り、チームでは不動のレギュラーであった。



椿は、高校の頃は専ら勉学に専念していた。

椿は国語と英語で常に上位だった。


椿の熟考癖はこの言語を隔てない活字愛に由来するものである。


椿は、言葉にならない感情や現象が頭の中で渦巻き、必死に形を成そうとするプロセスが好きだった。


世界中の人の表情、笑顔になる瞬間、使われた言語、表現、それらすべてが椿には摩訶不思議で、興味の坩堝だった。


有り体に言えば、椿はコミュニケーションツールとして人間に使われる言語の性質に興味があった。


外交業務は、国の文化、宗教、芸術に影響を受けて創られる言語をナマで感じることができる理想的な将来に思えたのだ。



椿と朔月は、高校の頃、いいライバル関係にあった。


朔月の場合、押し並べて成績は良かったが、特に数学は学年一位の座を譲ったことはなかった。


大学に入ると、三年後の公認会計士試験に向けて、なりふり構わず勉強し始めた。


大学二年の冬から三年の夏にかけて、慣らしと思って受けた各試験に朔月はスムーズに合格してしまい、四年からは学業と両立して監査法人で実務経験を積み始めた。



朔月は、しかしながら、裕二のラグビーと同じように、突然公認会計士の夢から手を引いてしまった。


大学を卒業して間もなくのことである。


既に渡米し、大学院一年生を迎えようとしていた椿は、朔月からその連絡を受け、耳を疑った。


裕二に続き朔月までも、突出した才能をフイにしてしまったのだ。


原石は磨くほどに輝きを増し続けていたし、周りにいた者もそれを羨望の眼差しで見つめていた。


歯の浮くような夢物語は現実となり、あと一歩のところで実現するはずだったのに。


しかし、彼と彼女はそれを望まず、選ばなかった。



二人の高尚なエゴイズムは、椿の理解の及ばない範囲に存在しており、その得体の知れない気持ち悪さに、椿は浮き足立った。


ここまでお付き合いくださった読み手のみなさん、ありがとうございます。本編はここから最終章に入っていきます。今しばらくお付き合いください。

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