4. 置いてけぼりを喰らった者
そんな彼が、と椿は思わずにはいられない。
今では世帯を持って、普通のサラリーマン生活を始めようとしている。
高校の頃は、学校の誰もが彼がラグビーのプロになる事を期待していたし、何より彼がそれを望んでいたはずなのに。
椿は、無意識に「ラグビーねえ」とつぶやき、前に座る裕二の怪訝な表情を見て、慌てて、「もう続けないの。」とつけくわえた。
「ラグビーはもうやらない。」裕二はきっぱりといった。
「これからは遥とその子供とで幸せに暮らすのが夢なんだよ。」
そんな事が聞きたかったのではない、と椿は思った。
大学が違ったので、裕二と語る回数はめっきり減ったが、友人伝いの話だと、裕二は遥に出会ってから、ラグビーをやめることに決めたらしい。
実業団からも幾つか声がかかり始めた大学三年の終わりに、突然彼はラグビーを大学四年でやめると公言したのだ。
遥と付き合い始めたことも彼は隠すことがなかったので、当時は下世話な噂話もキャンパスで広がっていたようだ。裕二に対する視線は今までのようなものと違い、暗い反感的なものへと変わった。
裕二は不器用だが鈍感ではない。
ラグビーをやめることへの批判をひとえに受け止めながら、それでも決意がぶれることはなかった。
椿は、このブレない何か、について聞きたかったのだ。
と、裕二が突然破顔した。気づけば、椿は考えごとをしているうちに会話を忘れて黙りこくってしまったらしい。
「そのすぐ黙って考え事に集中するの、昔から変わらないなあ。」
そう言って裕二はもうひと笑いし、続けた。
「ラグビーやめたのも、遥と結婚したのも、俺は全く後悔してないよ。
ほら、俺ってなんでも直感で突き進む性格だから、大学の途中までは闇雲にラグビー続けてた。
だけど、理性働かせて考えたことがない俺にとって、遥との出会いはいいきっかけだったんだ。
彼女に出会って初めて、原点に戻るってことの大事さに気づいた。
要するに、なんのためにラグビーをやってるんだろう、って思ったんだよね。
そしたら、唯できるからやってただけ、って気づいたんだ。
視野が狭かった俺に、教えてくれた遥を大事にしたいと思ったし、それが俺のやりたいことだって素直に思ったよ。
まあ、ただ幸せになりたいんだ。」
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