3. 魅力の開花
昔からそうだった、と椿は思う。
裕二は中学の頃から「愛されるバカ」だった。
別に、授業をエスケープするような不良だったのではない。
寧ろ、クラスの皆が寝てしまうような、古典文の授業も、裕二は真面目に聞いていた。
ただ、頭が不器用に作られていたので、普通の人なら一度でわかる簡単な説明も、裕二は三度聞かないと分からなかったのだ。
三白眼の彼が熱心に授業を受けているので、真面目さに箔がつくのだが、その彼が突然申し訳なさそうにすごすごと立ち上がって、「先生、さっぱり分からんです。」というと、クラス中が笑った。
彼が巻き起こす笑いはクラスを明るくさせた。
彼が先生に問題を聞かれたりすると、彼は顔を真っ赤にして、目を白黒させながら考えるので、クラス中が彼に注目した。
しどろもどろになりながら彼が答えると、先生もクラスメイトも妙な緊張から放たれて胸をなで下ろしたものだ。
それでも中学の頃、裕二は自身の頭の悪さを意識して、劣等感を感じていたらしい。
それは彼に卑下に似た謙虚さを与えた。
「こんな自分でも役立てる事を」と、クラスメイトが嫌がる雑事は率先してやるようになった。
最初は休んだクラスメイトにプリントを渡しに行ったり、掃除の雑巾がけを人より多めにやったりするだけだった。
だが、彼の行動は皆の好感を買うようになり、ついには文化祭のクラス委員長に推された。彼が委員長になる事に異論を挟むものは無く、彼は意図せずにクラスの中心人物となった。
それでも、彼は人をまとめる素質があったのだ、と椿は思う。彼の不器用だが情熱的な行動力に、男女違わず引き寄せられた。文化祭での模擬店は成功を収めた。
高校になって自らの人並み外れた能力をラグビーに見出してからは、裕二はラグビーに没頭していった。
自然の発露で、中学の頃感じていた劣等感は消え去り、能力に裏打ちされた自信を身に纏うようになった。
思春期に芽生える自尊心は、大抵トゲトゲしていて、周りの鼻に付くようなものであるが、裕二のものはこれとは違った。
彼の纏う「頼れる男」感は、俄然女子生徒から人気を集めた。しかし裕二にとって、優先すべきはラグビーだったので、黄色い歓声を浴びても意に介していなかった。
一心にラグビーに打ち込む姿は、男子生徒にとっても憧れだった。
高校2年の秋、裕二がラグビーU-18の日本代表に選ばれた時には、有志の男子生徒が応援団を結成して、彼を体育館に呼び出し、わざわざ壮行会を執り行ったのだった。
成績は高校の時もよくなかったが、持前の性分で先生からも好かれ、これもまた意図せず、彼は高校の有名人になったのである。
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