2. しわくちゃの雑誌
椿はつい先日、数年ぶりにこの友人二人のうちの一人と再会した。
名前を古井裕二という。
就活を無事に乗り越え、翌年には2年付き合った彼女と結婚した古井裕二は、これぞ人生の醍醐味といった表情で来年生まれる予定の彼の赤ん坊の報告をした。
「いや、自分でもこんなにトントン拍子で人生が進むなんて思ってもみなかったよ。
正直こんなにスムーズに生きてるのが怖いくらい。
でも、女性が男を変えるっていうのは本当みたいだな。
遥に出会ってから、ちゃんと大人になる覚悟ができたっていうか、今目の前にある事にちゃんと向き合っていこうって思えたよ。
大学から、考え方が180度変わったわ。それでも、赤ん坊を上手く育てるには、また覚悟が必要なんだろうな。
3ヶ月後には家族が3人になってるなんて想像もつかないよ。俺がベビーカー押して、泣いてる子供をあやすのなんて想像できるか。」
いわれて、椿は、自宅のソファーでくつろぐ裕二の体に目を遣った。
大学卒業までラグビーをしていたせいで、彼の体は屈強にできており、浅黒い肌と隆々とした筋肉は、彼の着ているアロハシャツ程度では隠しきれない。
威圧感は体だけでない。
今では慣れたものだが、初対面で彼の三白眼に睨まれれば、どんな人でも怖気づくだろう。
そんな彼が、ラグビーボールではなく赤ん坊をその腕に抱いてるのを想像して、椿は思わず吹き出してしまった。
「遥さんに似た子供が生まれる事を願うよ。」
「五月蝿い。いやしかし、ラグビー以外の事にはほとほと向かない体つきしてるよな、俺。
スクラム組みすぎたせいで頭は馬鹿になっちまったし、体も無駄にでかくなったなと今では後悔してるんだよ、実は。」
大仰な手振りで話す彼の手には、手汗でシワのついた雑誌が握られている。
何度読み返したのかと思われるほどに折り目のついたその雑誌は、妊娠したお母さん向けの「Baby First」という赤ちゃん雑誌だ。
遥が裕二に妊娠を伝えるために、ある朝、テーブルに置いておいたらしいのだが、それを見た裕二は町内に響くような声で幸せの雄叫びをあげたらしい。
だから、遥の妊娠は町内に光の速さで伝わった。
椿は、その後散々に遥から小言を言われながらも、素直に雑誌を熟読する裕二を想像して、目尻を下げた。
ご閲覧ありがとうございました。次回の投稿は30日の朝7時です。