10. 斜陽欅
やはり最後の一口は味が薄い、と椿は思いながら、色の薄いアイスコーヒーを飲んだ。
太陽は傾き、今はオレンジ色の光で欅並木を照らす。
「夢を見て生きる、っていうのはどうも、地に足つけて生きるのと対極にある気がしてならない。
僕はいろんな言葉に携わりたいと思って、海外に留学して、見地を深めようと思ってきたけれど、二人を見ていると、これからの将来が良く分からなくなってしまいそうだよ。
そうだな。僕は今、大きな風に乗って空中を高く高く翔ぶ、目的地を持たない飛行機に乗っている気分なんだ。
僕は、地平線の果てに茫と映える月を目指して飛んでいるつもりなんだけど、例えば、ホコリのせいで目に涙がたまってしまえば、僕と月を結ぶ糸は簡単に綻んでしまいそうなんだよ。
そうなる前に、僕は飛行機を降りて、欅並木を見つめながら地に足つけて歩く人生を歩んだほうが良い気がするなあ。」
朔月は、椿の話を聞いた後、「意外だわ。」
と言ったきり、黙ってしまった。
窓の外の欅は、夜の準備を始めている。
陽に映える葉は数を減らし、影が目立つようになる。
椿は、見るともなくその欅を見つめ、そして朔月との沈黙を楽しんだ。
それは、お互いに思考中であるがための、必要不可欠な時間であったからだ。
しかしながら、椿はふと朔月を見て、思考が止まってしまった。
彼女に魅せられてしまったのである。
朔月の目線の先には欅がある。
彼女の目線は、葉の一枚一枚を捉えているかのようであり、また生命としての欅を悟っているかのようでもあった。
彼女は恐らく、美しいものを見ている、と椿は思った。
「椿君。あなたの見ている、茫と映える月っていうのはね、所詮光の反射でしかないのよ。
真正なものを捉えるには、そこに行くしかないわ。
だけど、そんな頼りない光を追い求めて、真正なものを追い求めるのは、私やめたほうが良いと思う。」
朔月は、一度話をやめて、椿のほうに居住まいを正した。
そして、一瞬、先ほど欅を見つめたように、椿を見つめた。
椿も朔月をみた。
朔月は、夜に溶け込んでしまいそうな白い肌をしている。
彼女から発せられる言葉は、ノクターンのように静かで、自然だった。
「だからね、椿君。
私をあなたの飛行機に乗せてくれないかしら。」
次回で完結となります。今までお付き合いくださった読み手のみなさん、本当にありがとうございます。また明日。




