俺の従妹は魔法使い #4
「エイマちゃんの部屋は千暁の部屋の隣だから。千暁、ほら、案内してあげて」
この分だと父さんもエイマの居候には賛同だろうな……。
ひとり反対する気力がすっかり消え失せ、エイマを連れて二階へと上がった。
三部屋ある内の一番奥の洋間がエイマの部屋だ。
元はゲストハウスとして空けておいた部屋なため、八畳のその中はベッドとライティングデスクがあるだけだった。
「それで、何で休学になったんだよ?」
俺は部屋の中に足を踏み入れるエイマに尋ねた。
「さっき、はぐらかしただろ」
エイマの横顔が一瞬だけ曇ったように見えたが、彼女はローブを脱いで白いノースリーブのブラウスとグレンチェック柄のショートパンツ姿になった。
「別に。取るに足らないくらいバカバカしい理由よ」
要するに、言いたくないようだ。
本来退学にまでなり得る原因とは。
普通の高校生ならば真っ先に警察沙汰が浮かぶが、魔法学校を辞めさせられる程の原因は想像がつかない。
実は魔法使いに向かないほど出来が悪いとか?
だが居座ることになったこの際、理由などどうでも良くなってきた。
つうかなんか床に落書きし始めてるし。
「って何してるんだよ!?」
エイマはどこからともなく取り出した白いチョークで、フローリングの床に半径一メートル程の円を描いた。
「荷物を運ぶのよ」
荷物を運ぶのに床に落書きが必要なのか?
つうか一応三年前に建てたばかりの新築だぞ。なんてことをしてくれるんだ。
そんなことはお構い無しの様子で、大きな円の中に五芒星や記号のような文字をフローリングに描き上げた。
何やらどこかで見たことがある。
これ、魔法陣とかいうやつか……?
尋ねる前にエイマは魔法陣の端に立ち、再び杖を取り出して何かをブツブツと唱え始めた。そして。
「ナマムギナマゴメナマタマゴ!」
日本人なら誰もが知っている早口言葉を放った次の瞬間、魔法陣が眩ゆい程に白く光り、光の中から瞬く間に洋ダンスが現れた。
って、おい。
「お前! 魔法から離れるんじゃなかったのかよ!」
「そんなの無理に決まってるじゃない。生まれた時から鬼のように魔法を叩き込まれて魔法ありきの生活しかしてこなかったんだから。そもそもそんな私に魔法無しの生活なんて無理な話なのよ。鬼ババの目の届かない所に来たからには、私は私のやり方で生活させてもらうわ」
母さんの前では体良くお祖母様などと呼んでいたが、本心はそれか。
全く反省しているようには思えないエイマの言動に、はいそうですかと言えるわけがない。
「冗談じゃないぞ。家の外で魔法使ってみろよ。周りにバレたら大変な事になるんだぞ!」
俺は思った。どうせうるさいだの、そんなの知らないだの、彼女からは自己中な返事が返ってくると。
エイマは琥珀色の瞳で俺を暫く睨みつけると、ハァ、とひとつ溜め息をついた。
「そうね。騒ぎになるのも面倒だし、外で魔法を使うのはなるべく控えるわ。これでも平和主義だしね」
あれ……?
もっと噛み付いてくるかと思っていたが、予想に反して素直な態度だ。
正直、いつもこの調子でいてくれたらいいのにな。
目鼻立ちがハッキリとしたハーフ顔に、ショートパンツから伸びる脚は細長くスタイルも悪くない。いつの間にか真っ平らだった胸も膨らみ成長している。
あれは恐らく。
Cカップ……いやD?
「どこ見てんのよ」
「!」
自分でも気付かぬ内にエイマの胸を凝視していた。
な、何やってんだ俺────っ!
よりによって見る相手を完全に間違えた。
「ははーん」
それまで俺の前ではニコリともしなかった彼女の口元が不適に持ち上がる。
「あんた、ヴァージンてやつでしょ」
は……ヴァージンて……。
virgin=童貞。
「バッ、ヴァージン言うなっ!」
「ふん。女の子のナマ乳拝んだこと無い癖に吠えないでくれる」
「うるせえ! つうかお前こそ人のこと言えるのかよ!」
「私は良いのよ。魔法使いがヴァージンのまま三十路超えたら魔力上がるし」
それ都市伝説じゃないのか!?
「ま、あんたがヴァージンとかどうでも良いわ。ていうか荷運びの邪魔だから出てって」
からかった挙句に邪魔者扱いかよ!
まだまだ言い足りないが、好きで部屋にいると思われるのも癪だ。
エイマの気が変わらない内に、俺はとっとと部屋から退散した。