俺の従妹は魔法使い #2
────その日の放課後。
慌ただしく帰る支度をしていると頼久が声をかけてきた。
「お前、顔色悪いな。やっぱ風引いたんじゃないのか?」
風邪だと?
そんな生易しい疫病なんかでは済まない!
「これから風邪なんかより数倍しんどいのが来るんだよ」
「来る??」
妙に切迫した様子の俺に、頼久はただただ首を傾げた。そして鞄を肩に下げるや否や、挨拶もそこそこに教室を駆け出した。
「じゃあな頼久!」
「お、おう」
学校から家までの通学路を一心不乱に駆け抜けた。
来る……! 来る来る来るっ!
────アイツが来る!!
母からのメッセージが本当ならば、由々しき事態だ。
学校を出てからものの十分で自宅が見えてきた。住宅街の中に佇む赤い屋根の庭付き一戸建て。それが俺の実家だ。
玄関に飛び込みゴールをした俺は、そのままダイニングへと駆け込んだ。
「母さん!」
「ひゃ! あら千暁帰ったの? もう〜、ただいまくらい言ってよぉ」
彼女は諏訪百合子。俺の母だ。諏訪家の専業主婦で、趣味は料理。夕飯の支度をしていたところにいきなり息子が帰宅してきたものだから、驚くのも無理はない。
だがそんな事よりだ。
「それより母さん! 何なんだよコレ!」
スマホの画面を母さんの前に突き付けると、母さんは顔を綻ばせた。
「そうそうブサ猫スタンプ。新作よ。不細工で可愛いでしょ〜」
最近、ラインのスタンプをやたら購入しては乱用している。だが今注目するべきはスタンプではない。
「スタンプじゃなくて内容だよ内容!」
「内容って、そのまんまよ」
「じゃあ、本当に……」
〝今日からエイマちゃんを家で預かることになりました。面倒みてあげてね。〟
このメッセージが現実になる。
そう考えただけで頭痛が、悪寒が俺を襲う。
体に次々と拒否反応が現れるなり、これも拒否反応からくる幻聴か。
ゴォォォ、と何かのエンジン音がどこからともなく近付いて来る。
そして次の瞬間、大きな破壊音と共に家がガタガタと揺れた。
「うわっ!?」
「な、なになに!? 何の音なの!?」
俺と母さんは様子を見にダイニングから廊下に出た。
「きゃー! 玄関が!」
玄関の扉が壁ごと消え、代わりにぽっかりと大きな穴が空き庭が丸見えだ。車かバイクでも突っ込んだか。しかし当の車とバイクはどこにも見当たらない。
「うう……」
すると、玄関先とは反対側の廊下の奥から呻めき声が聞こえた。
振り返るとそこには玄関を破壊したであろう犯人が倒れている。
「エイマちゃん!?」
「いててて……やっぱジェットエンジン搭載型だとブレーキ掛けるの難しいわね」
何かをぶつくさ言いながら立ち上がった少女は栗色アッシュの乱れたロングヘアを整え、黒いレースがあしらわれたローブについた埃を払っていると、唖然とする俺たちの存在に気付いた。
「あ、お邪魔します」
どんなお邪魔の仕方をしたらこうなるんだよ。
彼女はエイマ・オリヴィエ。
母さんの妹の娘であり、いわゆる俺とはいとこ同士に当たる同い年の十六歳。母親が日本人と、父親がイギリス人のハーフだ。
「おおお前! 一体どこから……!」
「どこからって、玄関からよ」
「その玄関はどこに消えたんだよ!」
「ああ、大丈夫よ。これくらいの崩壊ならどうってことないわ」
壊した本人にまったく反省の色が見えない。その態度は相変わらずだった。
「ふざけるなよ! 修理代どんだけかかると思って」
「エイマちゃん! 久しぶりねー! すっかり美人になっちゃって驚いたわぁ」
「ユリちゃん久しぶり。ユリちゃんも前会った時と全然変わってないわよ」
「やだもうー、煽てるのも上手になったわね〜」
「おい無視すんな!」
家の中に響き渡る俺の怒鳴り声にエイマは大きく溜め息をつくと、一歩一歩こちらへと歩み寄る。
「よ、寄るなぁっ」
「あら千暁ったら。久しぶりにエイマちゃんと会って恥ずかしがってるのね」
「違う!」
「あーもううるさいわね。そこで黙って見てなさい」
エイマは玄関があった方へ近付き、大きく深呼吸をした。そしてローブの中から柄に木彫りが施された杖を取り出すと、その先端を崩れた玄関に向けた。
この時の彼女は、どこからどう見ても魔法使いだ。
俺は固唾を飲んだ。そして。
「ナムアミダブツ!」
────は!?
聞き覚えのある日本語を流暢に発したかと思えば、杖の先端から白く光る粒子が流れ出し、粒子が崩れ落ちた壁と扉を取り巻くと、次々と崩れた壁がひとりでに元の場所へと戻っていく。
最後に扉がはめ込まれ、たちまち玄関は元通りに修復された。
「きゃー凄いわ! さすがエイマちゃん!」
頭痛が訪れる度に彼女はやって来る。それは、普通を愛する俺自身への、異質が迫り寄る確かな警告だった。
そして彼女はお約束の如く現れた。
それも正真正銘の異質。
エイマ・オリヴィエは一見普通の少女だが、その正体は普通とは遥かにかけ離れた魔法使いだった。
彼女にかかれば壊れた物も魔法で修繕。日曜大工も業者の修理も必要無いのだ。
歓喜の声を上げる母さんに対して、俺は突然訪れた災厄を前に抜け殻と化していた。
「最悪だ……」