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俺の従妹は魔法使い  作者: 柳沼みつぎ
【第5話】オレンジ色の魔法使い
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オレンジ色の魔法使い #1

 

 先週に梅雨入りを観測した関東は、ここ連日雨が続いた。


 俺とエイマに不思議な出来事が起き始めたのは、そんな雨が降るある日の事だった。


 時間通りに起床した俺は、夏服に衣替えをした制服に着替えて一階のダイニングに降りた。

 ダイニングでは母さんが俺の分の朝食を準備している。父さんは既に家を出たみたいだ。


「おはよう……」


「おはよう千暁。エイマちゃん先に食べちゃったわよ」


「ん……」


 エイマは先に朝食を済ませて自室に戻ったらしい。

 俺は眠気まなこでグラスに注がれた牛乳を飲もうとした。


 その時だ。


「いやあああああ────っ!!」


 エイマの悲鳴ならぬ絶叫が二階から聞こえてきたものだから、驚いた俺は喉を通る前の牛乳を全部テーブルにぶちまけた。


「い、今のエイマちゃん?」


「朝からなんなんだよ……!?」


「どうかしたのかしら」


「俺が見てくる」


 俺は絶叫の出所であろう二階のエイマの部屋に向かった。

 すると階段を上がりきった所で、杖を持って部屋を飛び出したエイマが俺にしがみついてきた。不覚にも一瞬だけドキッとしてしまったことは秘密だ。


「な、何だよどうかしたのか?」


「ゴゴゴゴキ! ゴキ! ゴキ!」


「は? ゴキ……ゴキブリか?」


 何度も頷くエイマの顔は、まるでオバケでも見たかのように青ざめていた。


 しかし珍しい。家にゴキブリなんかこれまで出たことがない。いや、今日がその記念すべきゴキブリとの初対面とやらなのかもしれない。


「千暁早くなんとかして!」


 エイマは俺の背中を自分の部屋がある方へ押していく。


「そんなゴキブリ一匹くらいで騒ぐなよ」


「一匹なんてもんじゃないわよっ!」


「どうせいても二、三匹だろ」


 エイマの取り乱す姿に納得したのは、俺がエイマの部屋の前に立った時だった。


 彼女の部屋の中で、黒々とした物体が床を、壁を、天井を這い回っていた。


 その数は目視で五十。

 いや、百匹近くはいるだろう。


 うじゃうじゃと部屋の中にたむろするゴキブリに、俺の全身は鳥肌が立った。


「なんっじゃこりゃ! 一体何したらこうなるんだよ!?」


「知らないわよっ! 部屋の窓開けたらいきなりうじゃうじゃ入ってきたのよ!」


「こんなの家にある殺虫剤でも足りないっつうの!」


「いいから早く何とかして!」


「無茶言うなよ! 魔法でどうにかすりゃいいだろ!」


「ファイヤー魔法の呪文が思い出せないのよ!」


「お前魔法の呪文なんて何でもいいって言ってたじゃねーかっ! つうかファイヤーはやめろ! 家が燃えたら洒落にならない! 他に何か無いのかよ!?」


「ななな何か、何か、何か」


 エイマは完全に取り乱しているのか、ガタガタと震えながら頭を抱えている。

 エイマが対処法になる魔法を考えていると、ゴキブリの動きはピタリと止まった。


「な、なんだ? 動かなくなった……」


 安堵したのも束の間。

 部屋の前で呆然としていた次の瞬間、ゴキブリたちは一斉に俺たちをめがけて飛んできた。


「ぅわあああ何でもいいから早くしろぉ!!」


「ダッ、ダイエットハアシタカラ──!!」


 エイマが苦し紛れに呪文を叫ぶと、飛んでいたゴキブリたちは次々と黒い身体をカラフルな包みのキャンディに変えていった。


 足元に落ちて行く無数のキャンディたち。


 ゴキブリの軍勢が残像として目の前に浮かぶ俺は、キャンディがばら撒かれたその場に腰を抜かした。


 そんな俺を横目に、エイマは肩で息をしながらキャンディだらけの部屋へ足を踏み入れた。


「な……何だったの……?」


「お前、昔は俺より虫平気だっただろ……」


「セミもバッタもミミズも平気だけど、ゴキブリだけは今でも苦手なのよ……」


 そんな馬鹿な話があるかよ。

 なんて言う気力もすっかり削がれてしまった。


 ゴキブリとの格闘を終えた俺たちは、気分が芳しくないまま家を出た。


 外は雨こそ降ってはいなかったが、いつ降ってもおかしくないような曇天の空が頭上に広がっていた。

 傘を片手に学校へ向かう道中、俺はさっきの事がどうしても気になりエイマに切り出した。


「窓を開けたら大量に入ってきたって言ったよな。ゴキブリの好物とか部屋に置いてたんじゃないか?」


「そんなもん置いてなんかないわよ。ゴキブリの好物なんか知らないし。まったく、朝から身の毛がよだつ思いだったわ」


 エイマはキャンディが入った巾着袋を揺らしながら溜め息混じりに答えた。


 それにしても変だ。あんな大量のゴキブリがいきなり部屋に入ってくるなんて。


 住宅街を歩いていると、ゴミ捨て場の横を通った。ネットが被せられたゴミ捨て場で五羽のカラスがゴミを啄ばんでいる。


 ふと、カラスと目が合った気がした。


 するとカラスは突如として羽をはためかせ、けたたましく鳴き声を上げながら俺たちの方へ向かって飛んできた。


「な、何だ!?」


「何よ騒々しい……って何!??」


「いいから走れっ!」


 後方へ目をやるエイマは状況を理解したのか、俺に負けず劣らずの足の速さで住宅街を駆け抜けた。


 五羽のカラスは繁華街に出ても尚追いかけて来る。


 くそ! 今度はカラスかよ!?


 カラスに追いかけられる俺とエイマを通行人たちは唖然と見送っている。


 こんな人が多い場所ではエイマの魔法を使うわけにはいかない。

 俺たちはとにかく必死で繁華街を駆け抜けた。


「やっと……気が済んだみたいね……」


 学校の傍まで来た所で俺たちへの興味が薄れたのか、カラスは追いかけるのをやめて遠い空へと飛んでいった。


 同じ紅ノ森高校の制服を着た生徒たちからの視線が向けられる中、俺とエイマは電柱を支えに息を整えた。


「今日は一体何なのよ」


「俺が知るかよ」


「あれ、千暁じゃん」


 顔を上げると、頼久が目を丸くして立っていた。


「頼久……おはよう……」


「おはよ。あ、エイマちゃんおはよう!」


「お、おはよう……」


「二人して電柱に向かって何してんだ? めっちゃ見られてるぜ」


 頼久に話すと不審がられるに違いない。原因が分からない今はひとまず黙っておこう。


「い、いや。どっちが足速いか競争してたんだよ」


「ふーん、仲良いのな」


 それは聞き捨てならないが一先ずここは我慢する。


 ようやくまともな呼吸が出来るようになると、登校完了時間の五分前を告げる予鈴が鳴った。


「五分前だ。ほら、二人とも早く行こうぜ」


「あ、あぁ」


 俺とエイマは頼久と学校の正門へ急いだ。


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