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俺の従妹は魔法使い  作者: 柳沼みつぎ
【第1話】俺の従妹は魔法使い
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俺の従妹は魔法使い #1



 普通。

 それは何の変哲も無い、ごくありふれたものを指す。


 現在教室で友人と短い昼休みを過ごす俺もまた、自分自身、この普通というカテゴリにカテゴライズされると思ってる。


「普通? 普通って何だ?」


 前の席に座る友人の吾妻頼久(あづまよりひさ)が、机に頬杖をつく俺にそんな疑問をぶつけてきた。


 ワインレッドのブレザーの下に白いパーカーを着て、両耳に一対のシルバーピアスを付ける頼久とは小学校からの仲だ。


 男女共に交友関係が広く、昔から持ち前のコミュニケーション能力とルックスで女子から密かに人気を集めていることを俺は知っている。


 現在、紅ノ森高校の二年B組は昼休み真っ只中。

 クラスメートらがトークで盛り上がる教室内には、楽しげな話し声が飛び交っている。


 目を開けたまま寝言でも呟いていたのだろうか。俺は自分が何を口走っていたのか、完全に無意識だった。


「悪い。俺、何か言ったか?」


 苦笑を交えながら尋ねた。それに対して頼久は。


「普通が一番、とか呟いてたぜ」


 もはや無意識に呟くほど、普通を愛してしまったらしい。


「普通が一番か〜。よく聞くけどさ、結局普通って何なのか分かんなくね? つうか、お前が思う普通って何だよ?」


 頼久の言う通りだ。普通という定義はひとりひとり異なるものだ。よって、何が普通かなんて無闇に決めつけるものではない。


「そうだな。実は俺にもよく分からない」


「ははっ。何だよ。今日は何か憂鬱じゃん」


「や、今朝から頭痛くて」


 憂鬱に見えるのは、朝から地味に続く頭痛が原因だろう。保健室で寝込む程では無いため、放課後まで乗り切るつもりだ。


 しかしこの頭痛、嫌な予感しかしない。


「まじかよ。大丈夫なのか?」


「あぁ」


 頼久に返事をしたその時だ。


「諏訪くん、頭痛いの?」


 突然視界に入ってきたのはクラスメートの乙幡奈々絵。


 顔を覗き込む彼女の、肩まで揃えるボブの茶髪が揺れる。明るく朗らかで、いつも笑顔でいる乙幡の登場に、俺はたまらず肩を浮かせてから顎を引いた。


「おう乙幡。千暁のやつがPMS(生理前症状)だと」


「え! それは大変! 毎月ツライよね〜」


「やめろ頼久……」


「あはは! 冗談だって分かってるよぉ。待ってね」


 彼女はいつもながらノリが良い。頼久のセクハラめいた言動にも笑って返す乙幡は、自分の席で何かを手にすると再び戻ってきた。


「はい、頭痛薬。これで午後の授業も辛くないよ!」


 満面の笑みで頭痛薬を差し出す乙幡の手から、遠慮がちにそれを受け取った。


「さ、サンキュ」


「あれ、諏訪くん顔赤いよ。熱でもあるんじゃない?」


「え! 無い無い! ほ、ほら、今日は平年より暑いから!」


「確かに今日はあったかいよね。それなら良いんだけど」


 乙幡が何の疑いもなく納得してくれていると。


「おーい奈々絵、これ面白いぜー」


 彼女の友人が彼女を呼んでいる。


「それ、すっごい効くからちゃんと飲んでね。それじゃあね」


 颯爽と友人の元へ駆けていく彼女を眺める俺の耳元に、頼久の顔が近付く。


「乙幡は普通より何枚も上手だぞ」


「は!?」


「分かりやすいんだよお前。好きなんだろ、乙幡のこと」


 頼久は人間観察力が飛び抜けているわけでも心が読めるエスパーでもない。頼久の言うとおり、情けないが俺の一挙一動が分かりやすいのだ。


 そう。

 俺は乙幡と同じクラスになった一年の時から乙幡に想いを寄せている。


 あれは忘れもしない入学間もない頃だ。



 ────紅ノ森高校、一年D組。新学期早々の事だ。


 筆記用具を忘れた俺に、隣の席になった乙幡が予備のシャーペンと消しゴムを貸してくれたことがキッカケだった。

 当時の俺は、乙幡の事を単純に優しい子なのだと思った。


 それから数日経ったある日の放課後。下校途中でたまたま乙幡を見かけたのだ。彼女は何かをジッと見つめたまま足を止めている。  


 彼女の視線を追った先には、三、四歳くらいの男の子が路上で泣いていた。


「ママぁー」


 どうやら迷子のようだ。傍に親らしき人物はいない。おまけに周りの通行人は我介(われかい)せずといった様子で、一度は目を向けるも、泣きわめく男の子の前を通過していく。


 すると、乙幡は男の子に駆け寄った。そして。


「ベジタリマンパーンチ!」


 え────!??


 ポカ、と男の子の腹に乙幡の拳が添えられたその瞬間、俺は乙幡がどうかしてしまったのかと焦った。


 だが予想に反して、男の子は泣き止んだ。


「ベジタリマン! ベジタリマンだ! 僕、ベジベジビーム出せるよ!」


「へー凄いじゃん! おねーちゃんに見せてよ!」


 泣き止むどころか、男の子はベジベジビームとやらを乙幡に披露してみせた。驚いたことに、男の子はいつの間にか笑顔を取り戻している。

 とそこへ。


「たくや!」


 男の子の母親らしき人が駆け付けた。


「ママ、おねーちゃんが遊んでくれた」


「すみませんでした。ちょっと目を離したら姿が見えなくなって。ほら、行くわよ」


「おねーちゃんバイバーイ!」


「バイバイ。ちゃんと野菜食べるんだぞー」


 乙幡は男の子が見えなくなるまで手を振り続けた。


 周りが手を差し伸べるのを渋る中、乙幡は大胆にも声を掛けに行った。このご時世だ。道端で他人に気安く声を掛ける行動は、時に色々疑われる。


 だが乙幡の優しさは思いやりからくる本物であることを知った。


 優しくて明るくて笑顔が可愛いくて、いつも全力でちょっと抜けてる女の子。

 そんな乙幡が彼女になってくれたらと、俺はずっと密かに想いを寄せていた。




「千暁ー、おーい千暁ー」


「……!」


 すっかり我を忘れていた千暁に、頼久のニヤニヤが止まらない。


「俺は応援するぜ」


「い、いいよ別にっ」


「遠慮すんなって」


 頼久の煩わしさにまたも顔を赤らめていると、不意にブレザーのポケットにしまっておいたスマホが震えた。

 頼久から逃げるべく、俺は席を立って廊下に出た。


 人の応援をする余裕があるとは羨ましいものだ。とは言え、頼久は自分がそこそこモテている事に気付いていない。


 そんな彼には三つ上の姉がいて女というものを自然と理解していた。

 その点、俺は女兄弟のいない一人っ子である上に、女子の心理とやらも知らなければ大したトークテクニックも無い。


 ルックスは可もなく不可もなく(だと思っている)だが、身なりも小洒落た頼久と並べば地味な方だ。


 最終的には当の乙幡を前にして、顔を赤くするだけのザ・ヘタレでしかなかった。


 窓辺に寄りかかり、ため息混じりにスマホを取り出す。画面には母からのラインメッセージの通知が表示されていた。


 言っておくがしょっちゅうやり取りをしているわけではない。連絡は緊急の時くらいだ。帰りに卵を買ってきて欲しいだったり、宅配の荷物を受け取っておいて欲しいだったり。


 となれば、これはいつものそれに違いない。俺は画面をタップしてメッセージを表示させた。


「……は……!?」


 ご丁寧にスタンプ付きで送られてきたメッセージを見た瞬間、今朝から地味に続く頭痛に納得した。

 それと同時に頭痛は拍車をかけたように酷くなった。


 まるで、これから訪れる災厄を警告しているかのように。


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