紅ノ森町に舞い降りた彼女 #0
四月も下旬に差し掛かる春真っ只中。
街中を歩く少女の服装は、完全に浮いていた。
「あれ。おっかしいわね」
先ほどから同じ道を行き来する彼女は、観念して交番脇の道案内を示す立て看板前で足を止めた。
道にでも迷っているのだろうか。
彼女に目をやる通行人の誰もが、看板をまじまじと眺める彼女に対してそう思った。
それを見兼ねた交番勤務の若い男性警察官が彼女へと歩み寄る。
「お嬢ちゃん、何かお困りかい?」
近くで声を掛けると、ますます浮いているのが見て取れる。警官もここが渋谷原宿であれば大して気に留めなかっただろう。
黒いローブのフードを頭から被り、その手には身の丈より少し長めの箒。
顔つきが中高校生くらいの彼女は、まるでハロウィンパーティー帰りの魔女のようなナリをしていた。
「諏訪賢治、諏訪百合子、諏訪千暁が住む紅ノ森町へ行きたいのだけど、どこかしら?」
格好こそ暑苦しいが、それに反して彼女の表情はとても涼やかだった。
「えっと……紅ノ森町なら、この通りを真っ直ぐ行った所だよ」
「東の方角ね。助かったわ」
「あ、待って。お嬢ちゃん、学生さんかい?」
彼女がその場から立ち去ろうとするのを、警官は慌てて引き止めた。
「だったら何?」
「学生証、見せてもらえるかな?」
「無いわよ。実家に置いてきたわ」
「それじゃあ、その羽織りのポケットの中は見せられるかな?」
「何で見せなきゃいけないの?」
「危ない物を持っていないか確認する為だよ」
「危ない物……」
少女は手元の箒へ視線を落とした。
そして次の瞬間、警官に背を向けてその場から駆け出した。
「え!? ちょ、ちょっと待って!」
突然逃げるように駆け出す彼女を、勿論警官も追いかける。
魔女のコスプレをした少女が白昼の町で警察官に追いかけられるという何ともおかしな光景に、通行人の好奇な視線が集まる。
少女は走りながら後ろを確認した。
警官は諦める様子もなく尚も追いかけて来る。
「チッ。しつこいわねっ」
人通りが多いと面倒だ。と、直進していたところを雑居ビルに挟まれた一本の路地へと入り、人の目が無い事を確認すると急いで箒に跨った。
少女の後を追いかける警官もまた路地へと駆け込んだ。しかし。
「あ、あれ……!?」
路地の先はブロック塀が立ち塞がる行き止まりだ。
「一体どこに……」
魔女のコスプレをした少女は、忽然と姿を消した。