欲望売買
「欲望売りませんか?」
8月のある日、重々しい我が家にに響いたのは、みょうちくりんなことを話す女性の明るい声だった。
俺は、毎日を浪費していた。
大学の講義はどれもつまらなく、周囲の人ともウマが合わない。恋人もいたことにはいたが、相性が元から良くなく、つい最近別れた。
嫌なことの連続で現実に嫌気がさした俺は、ただ家で時間を潰すだけの毎日を過ごしていた。
何か明日には良いことが起きないか、宝くじが当たらないか、隣に美少女が越してきてその子が異性界の人でウンタラカンタラ…
そんな突拍子も無いことを常に願っていた。
(あー、こんな暑い日にバカなことする人もいるもんだ…しかし、欲望を「売る」?)
変なところに好奇心を持ってしまった俺はドアを開けた。
立っていたのは20代後半くらいのやはり若い女性だった。
「ありがとうございます。私、こういうものでして。」
受け取った名刺には、彼女の名前と電話番号。左下には「欲望買い取ります」の文字。
見るからに怪しい。しかしどうも気になる。
「すいません、欲望を売るってのは…」
「はい!、文字どおりお客様の欲望をこちらで買い取らせてもらいます!もちろん現金で。」
「あ、いや、どうやって売るのってことなんだけど…」
「はい、お客様にはこちらのヘッドギアを身につけてもらいます。安全ですよ!」
彼女はそのヘッドギアとやらを取り出した。
ますます怪しい。専門家ではないが明らかにこんなものだけで、欲望を…なんてことありえない。
「すいませんが、こうい…」
「手数料はとりません!一回10000円からで買い取らせていただきます!いかがでしょうか?」
参った。こういう推しには弱いのだ。しかし、10000円からというのもなかなか魅力的だ。
「なら…あー、えーっと、一回だけなら…」
「本当ですか?ありがとうございます!」
こうして欲望を売ることになった。
ヘッドギアを頭に装着し、スイッチを入れた。
その瞬間なんとも言えない快楽に襲われた。体の中のありとあらゆる不純物がすっぽり抜けて行くような。
「ありがとうございました。」
一万円札を渡し彼女は去って行った。
これはいい!気持ちいい思いをしてお金までもらえる。さらに、こう、体がさっぱりするというか、洗練されたというか、とにかく気持ちがいい!これが欲望を売るということか。
この感覚が癖になった俺は次の日もまた次の日も彼女を呼んだ。
驚くことに、欲望を売れば売るほどやる気に満ち溢れる!久しぶりに大学にも行く気になれた。するとどうだろう!あれほど嫌っていたクラスメイトも良いやつだと気づく子ができた!
新しい彼女もできた!俺と彼女はとことん趣味が一致していた!●●●もした!
毎日が楽しすぎる。これも欲望を売ったおかげだ。あの女性に感謝しなくては。
その日も俺は例のごとく欲望買い取りをした。
「いや、本当あなたとあったおかげで僕の人生まるっと変わりましたよ!本当にありがたい…」
「そうですか…それは良かったです…」
彼女は元気がない返事をした。
「どうしました疲れているんですか?」
「いや…そうではないのですが。」
すると彼女はとんでもないことを口にしだした。
「お客様、これ以上欲望を売るのはあまりお勧めしません。」
「そんな!もっと買い取ってくださいよ!もう私はこのヘッドギアとあなたがいないと生きていけない!さあ!俺の欲望を買ってくれ!」
「わかりました、お客様がそこまで言うのなら…」
俺は来る日も来る日も欲望を売り続けた。
来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も………
どれだけ欲望を売ったのかわからない。
気がつくと俺は首を吊り、宙に浮いていた。
だがそんなことはどうでも良い。
俺は息絶えた
「段階的に、この装置では欲望を吸い取れる。
最初にどうでも良い欲望。その次に生活や身の回りのことに対する欲望。そして最後に、生きたいという欲望。
………ってこの部屋くっさいわね。それに汚いし。……これは、彼女さんのプレゼントかしら。粗末にしておくなんて酷いことするのね。
この人も運が悪い。もっと早く気がつけたら…って私の責任でもあるのか。
…これで1898人目か。もっと気をつけないと。」
夕焼け色に染まった部屋を彼女は立ち去った。