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雪月華  作者: 杏月飛鳥
第二夜
7/39

 昨日やってきた公園まで行くと、夏休み中の小学生のわいわい、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が辺りに響いていた。


 昨日線香花火をしていたのと同じベンチに座り、しかし昨夜(ゆうべ)とは違い、沈鬱な顔を晒しているのは怜治の方だった。


 そんな姿に健一は声をかけつつ、肩をぽんと叩く。



「怜ちゃん、大丈夫か?」



 怜治はそれに対して頷き、辺りで遊ぶ子供達を見遣った。子供達の賑やかな様子に、塞いだ心が僅かばかり柔らかくなる。そのせいか、今度は素直に口を開く事が出来た。



「実は昨夜(ゆうべ)なんだけど……」



 怜治は昨夜(ゆうべ)の出来事をぽつりぽつりと話し始めた。初めは断片的に、徐々に筋道立てながら。夢現の間に突然女が現れた事、その女が雪野と名乗った事、不可視な年の頃や雪野の容貌は事細かに。薄青い振り袖の中で金魚が波紋を起こして泳いでいた事も、最後に怜治の目玉に手を伸ばす直前の言葉も語った。



 ──その瞳、わたくしに入れてみたらどうなるか分かります?──



 確かに雪野はそう言って手を伸ばしてきた。なのに気付けばそこには誰の姿もなく、人が座れる空間などなかった事が恐ろしかったとも怜治は語った。


 口に出してしまえば夢の事なのだと、馬鹿な事で怯えていたのだと思えると思っていたが、話せば話すほどに怜治には恐怖がまとわりついた。


 公園の樹木の影になるベンチに座りながら、昨夜(ゆうべ)の空気を思い出して怜治は身震いした。昨夜(ゆうべ)の恐怖がはっきりと蘇ったのだ。


 話を聞き終えて、健一は宥めるような声を出した。



「そんな夢見てたのか。なんだか薄気味悪ぃな。昨日は俺起きてたから誰かいたんなら分かったと思う。だから怜ちゃんの見たのは夢だと思うけど、それにしても気分はよくねぇよな」



 全く悪い夢だ、と最後に呟く。しかしそこで、でもな、と健一は続けた。



「怜ちゃんの見たのは単なる夢だ。俺が婆ちゃんの人形を怖がってたのと一緒だ。今はまだ気持ち悪くても、冷静になったらじきに忘れるって」

「そう思うか?」



 当たり前だろ? と健一は大きく頷く。



「俺と一緒で単なる思いこみだ。その夢にこれっぽっちも意味なんてないさ」



 怜治は健一から目を逸らし、公園で遊んでいる小学生の姿を瞳に映しながら、



「そうか……。そうだな。嫌な夢くらい、誰だって一回は見るよな」



 溜息をついて言い切る。それからやっと笑顔を取り戻した。そして呟く。



「そうだ。あの女が座る場所なんてなかったんだから、やっぱり夢なんだ」



 そう言って、馬鹿馬鹿しいとばかりに一つ吐息を落とした。

 そんな怜治を見て、健一は思わず笑ってみせた。



「昨日の夜とはまるで逆だな。同じ公園、同じベンチで、今日は俺が怜ちゃんを(なだ)めるなんてさ」

「ほんとだ」



 怜治も柔らかい笑みを健一に向ける。

 それを受けて、



「悩みが一つ片づいたところで、昼飯食いに帰るか。さっさと戻らねぇと、お袋達に片づけられちまう」

「そうだな。帰るか」



 その言葉が合図だったかのように、二人は同時に立ち上がった。そして、公園ではしゃいでいる子供達を尻目に家路についた。


 帰ってから慌ただしく昼食を済ませて、昨日に引き続き『バトル・オブ・ドーム』に夢中になった。時々敵と間違えて健一が怜治を誤射したり、その逆があったり、わいわい騒ぎながらクリアしていく。


 そうするうちに、あっという間に夕食の時間になった。その時は一旦ゲームを中断して食事をしに階下に降りて夕食を摂ったが、食事が終わると交互に風呂に入ってから、またすぐにゲームを再開した。


 そうして遊んでいるうちに、怜治の中から夢の事は吹き飛んでいた。


 だが散々遊び倒して夜も十一時に迫る頃には、二人共随分と集中力が落ちてゲームオーバーになる事も屡々(しばしば)だった。ゲームの途中だったが、流石に休むか、と言う事になった。


 まったりとジュースを飲みながら二人は、効率が悪かったキャンペーンを振り返ってみたり、失敗談に花を咲かせた。


 しかしそれも長くは続かなかった。

 すっかり疲れていたのだ。一度途切れた集中力を取り戻すのは難しい。


 健一は力なくベッドに寄りかかり、怜治は布団の上に万歳をするように仰向けに転がる。

 と、その怜治の手が何かにぶつかった。寝転がったまま頭上を見上げると、そこには祖母の形見の人形が入った箱があった。


 怜治は片肘で起こした身体を支えると、



「健ちゃん、そう言えばこの人形、しまわなくてもいいのか?」



 置きっぱなしにしてある木箱を見詰めながら言った。



「あぁ、それか……忘れてた」



 健一も木箱を見詰めながら言う。



「まだ親父達起きてるみたいだから、今のうちにしまってくるか」



 物置部屋は健一の両親の部屋の隣なのだ。あまり遅い時間にごそごそ音を立てるわけにはいかない。片づけるのなら今のうちだった。



「なら、俺も付き合うよ。人形持っていく」



 言って怜治は起き上がると、木箱を手に取った。

 それを見て、健一も立ち上がる。



「んじゃ、ちゃっちゃと片づけてくるか」



 二人は部屋を出て階下へ降りると、物置部屋へと入った。健一は押し入れを開けてしゃがみ込むと、「箱」と言って手を伸ばす。


 怜治は木箱を健一に渡すと、健一の後ろにしゃがみ込んだ。



「また押し入れの奥に入れるのか?」

「まぁ、こんなもの必要ねぇだろうし、適当に奥に突っ込んどけばいいさ」



 健一は手前にある、何が入っているのか分からない重そうな段ボール箱を引っ張り出し、木箱をその奥に突っ込むと、段ボール箱を力任せに元に戻した。そして押し入れの襖をたんっと勢いよく閉める。



「よっし、終了。戻ろうぜ」



 健一が言って、部屋に戻るように促した。もうこの部屋に用はないとばかりに。

 その言葉を合図に、二人は物置部屋から健一の部屋へと戻っていった。


 部屋に戻って二人は腰を落ち着けたが、不意に怜治は不吉な事を脳裏に思い浮かべた。

 昨夜夢に見た女は、あの人形に関係はないのか? と。それは本当に思い付いた感覚で思った事だった。


 確か健一は言っていた筈だ。人形にはそれぞれ、『雪』『月』『華』の名がついていたと。夢に見た女は『雪野』と名乗った。『雪』のつく名だ。それに人形の『雪』は薄青い着物を着ていた。女も薄青い着物を着ていた。その着物の中に、金魚を飼って。


 偶然だろうか、と思う。咄嗟に思い付いた事だが、あまりにも偶然にすぎないか? 自分で思い付いた事だが、薄気味が悪くなる。



「なぁ、健ちゃん」

「どうした?」



 返事を返されて、思わず黙り込んだ。

 それを見て健一は、不意に思い浮かんだ懸念を聞いてみた。



「また今日も変な夢見るとか思ってないよな?」



 健一をちらと見た怜治の目は、不安そうな色を湛えている。

 それに健一は大仰に溜息をついて言った。



「分かった、分かった。じゃあ今日は俺が変な夢見て、明日、その内容話してやるよ」



 突飛な申し出に、怜治は思わず吹き出す。



「なんだよ、それ」

「なんとなくだよ。昨日怜ちゃんが見たから、今度は俺の番かなってさ」

「何馬鹿な事言ってるんだよ」



 怜治は苦笑を浮かべている。



「なんだったら、怜ちゃんベッドで寝るか? そこの本棚のところにいたんだろ?」



 言いつつ、怜治が凭れ掛かっている壁の隣を指さす。

 その言い様に苦笑いして、



「別にいいよ。昼間寝たけど、寝不足は寝不足だから、今日はちゃんと眠れるよ。変な夢はきっと見ない」



 少し不安さが抜けた瞳になっていた。



「そう言うならいいけどさ」



 言って、ジュースを一口口に含む。


 それから寝るまでの間は夢見の話を避けるように、他愛のない話をして過ごした。新作ゲームの話や夏休みの宿題の話、パソコンの話などだ。それらの話題の中でやはり一番盛り上がったのはゲームの話だった。どの雑誌で情報を読んだとか、公式ホームページでPVが公開されているとか、ゲームシステムがどうだとか、そんな話だ。


 それでも午前一時近くになると、ぼうっとする事が多くなってきた。健一も昨夜は遅くまでゲームをして夜更かしをしていたものだから、流石に眠くなってきていたのだ。さっきから生欠伸ばかりしていた。


 そんな感じだったからどちらからともなく、寝るか、と言う話になり、なし崩し的に今夜はそのままそれぞれの寝床に潜り込んだ。


 健一が明かりを消して、部屋の中は真っ暗になる。その中で怜治は些か緊張していたが、目を瞑ってじっとしていると、今夜は素直に眠気が兆してきた。そしていつの間にか深い眠りについていた。


 健一も早々に眠りに落ちていた。横になってすぐ、強い睡魔に襲われて眠ったのだ。

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