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雪月華  作者: 杏月飛鳥
第二夜
6/39

 七時半にセットしてあった目覚まし時計が部屋の中にけたたましく鳴り響いた。


 健一が机に置いてある目覚ましを止めようと起き出す。それと同時に、怜治も起き上がった。


 怜治は完全に寝不足だったが、今日は二度寝しようとは思わなかった。眠い瞼を擦って布団の上で伸びをした。


 それを傍目に見て、健一は目覚まし時計を止める。止めて、



「怜ちゃん、まだ寝てていいぞ。なんか、凄い眠そうだ」



 怜治の様子にそう言葉をかける。

 だが、怜治はそれを断った。



「いや。それより、シャワー貸して。身体中べたべたで気持ち悪いから」

「うん、じゃあ行ってこいよ」



 それに頷くと、怜治はバスタオルと着替えを持って部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見送ってベッドに腰掛けると、健一はそのまま背から倒れ込んだ。



「あ~、眠ぃ~。昨日ちょっと夜更かししすぎたなぁ」



 ぼそりと言って、そのままの体勢で伸びをする。


 怜治には二度寝してもいいと言ったが、健一の方が二度寝したい気分だった。けれどそんな事をすれば、母の文代にあとで怒られる。それが分かっているから、ベッドの上で暫くうだうだしていたものの、結局は起き上がってパジャマから着替えたのだ。それから洗面所に向かう。


 洗面所は風呂場の脱衣所も兼ねている為、怜治がシャワーを浴びているところと鉢合わせる事になった。



「怜ちゃん、ちょっと洗面所使うから」



 風呂場で湯を浴びているらしい怜治に声をかけると、「分かった」と返事が返ってきた。

 それを受けてから健一は、歯磨きと洗顔を済ませる。


 健一がタオルで顔を拭いていた時、怜治が風呂場から出てきた。

 その怜治を何気なく見遣った健一だったが、怜治の目の下にくまが出来ている事に気付く。顔色もあまりよくないようだった。



「怜ちゃん、顔色悪いぞ? 目の下に隈も出来てる。少し寝た方がいいんじゃいか? お袋と叔母さんには俺から言っておくからさ」



 それに対して怜治は、腰にバスタオルを巻きながら答える。



「いや、飯食ってから少し寝るよ。伯母さん、もう朝飯作ってるだろうし」

「マジで大丈夫か?」

「平気だ。ちょっと寝不足ってだけで」



 その言葉は疲れたような溜息混じりのものだった。

 健一はその様子に眉を曇らせたが、「そっかぁ?」とだけ言って、歯を磨くという怜治と入れ替わりに洗面所から出てリビングへと向かった。


 朝食は大体並んでいて、健一は食卓テーブルではなく、物置部屋から運んであった座卓に腰を落ち着ける。


 怜治はそれから少しして出てきたが、やはり顔の色は冴えない。食事は普通に食べていたが、どこか気怠げだった。


 朝食を終えて二人で部屋に戻ったが、怜治は少し寝ると言って眠りについた。それでも昼前には目が醒めたが、その間、一人暇を持て余した健一はお気に入りの漫画を読んで過ごした。何しろ、ゲームをする気分ではなかったし、怜治の様子がおかしくなったのは昨日の夜中からだ。健一は、なるべく様子のおかしい従兄弟から目を離したくなかったのだ。だから音を遮るヘッドフォンを使ってゲームをする気にはなれなかったし、スマートフォンで音楽を聴く気にもなれない。


 それでも二度寝から目覚めた怜治はいつもの調子を取り戻していた。


 布団の上で上半身を起こし、「ん~」と伸びをする。よく寝た、と欠伸混じりに呟いて、ベッドの上で漫画を読んでいた健一に、



「健ちゃん、何読んでるんだ?」



 そんな言葉を投げかけてくる。

 その様子に健一は、ほっとして返す。



「古い漫画だよ。ほら、ライジング・サン。懐かしいだろ?」



 言って、手にしていた単行本を怜治に手渡した。

 それを受け取って、



「古いなぁ。これ、俺達が小学生の時連載してた漫画じゃなかったっけ?」



 SFバトルアクションの漫画本を懐かしげに見る。



「でも好きなんだよ。だからいつでも読めるように、本棚の一番取りやすいところに入れてある」

「どうりで。随分と日焼けしてると思った」



 怜治はページをぱらぱらと捲りながら苦笑気味に言う。



「しようがないだろ? 年代物なんだから。しかも全部、初版なんだぞ」



 怜治の言い様が気に食わなくて、ちょっとばかりむきになってしまった。

 それに構わぬように怜治も言い遣る。



「これならとっくの昔に文庫本が出てるだろ? なんでいつまでも後生大事に単行本を読んでるんだよ」

「作者の後書きがあるから。文庫の方には載ってねぇだろ?」

「なるほどね」



 妙に納得した様子で言って、単行本を返してくる。

 それを改めて受け取りながら健一は問うた。



「それより怜ちゃん、もう具合はいいのか? 今朝は今にも倒れそうな顔してたけど」

「もう大丈夫だ。シャワー浴びてすっきりしたし、ゆっくり寝たし」



 それに変な夢も見なかったし、と続けた怜治だったが、その時、僅かばかり表情が曇った。

 健一はそれを見逃さなかった。



「変な夢? 夜中に見た夢の事か?」



 その問いに怜治は口を開きかけて、数度ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしたが、最後には結局口を噤んだ。

 その様が実に奇妙で、健一は重ねて問いかけた。



「夜中、どんな夢を見たんだ? 口に出したら、案外馬鹿らしくなるかも知れないぞ。だって夢の話なんだしさ」



 怜治はその問いに、あぐらを組んで上目遣いに健一を見上げる。それから、やるせなさそうに溜息をついた。陽の燦々と照らす中にいても、思い出すだけで鳥肌が立ちそうなほどなのだ。


 健一から目を逸らすと、



「公園行こう……」



 ぽつりとそれだけ漏らした。

 話すなら、もっと陽の照る中で話したかったのだ。

 怜治のその提案に頷いて、健一はベッドから降りた。

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