壱
今日は八月十三日。墓参りの日だ。毎年この日に墓参りに行く。それも三カ所だ。
まずは母方の墓、次に健一の父方の墓、最後に怜治の父方の墓だ。毎年この順でみんなで墓参りをする。だから遅くとも朝七時には家を出なければならなかった。
健一と怜治が洗顔と歯磨きをすませてリビングに入ると、大荷物が用意されていた。それは墓三つ分の供物と掃除用具だった。
健一と怜治がおにぎりで朝食を済ませた頃、怜治の父、孝信がやってきた。今年は今日から五連休なのだ。
親同士が挨拶を交わしている中、健一と怜治は母親達に言われて自家用車二台に荷物を運び込んだ。毎年の事とはいえ、荷物が多い。
と、その時、家を出入りしている健一を文代が引き留める。
「健一、これも袋に入れておいてちょうだい。すっかり忘れるところだったわ」
文代が手にしている木箱を見た瞬間、健一は固まった。
人形だ、と思った。そして同時に美津代の言葉を思い出す。
──『雪月華』を私のところに持ってくるのを決して忘れないで──
その言葉に、まだ終わっていないのだと気付く。人形を祖母のところへ持って行くまで終わりではない、と。
急に動きを止めた健一を訝しげに文代が見遣る。
「どうしたの?」
「……いや、なんでも」
そして思いきって言ってみた。
「その人形さ、俺がバックパックに入れて持って行くよ。他の荷物と一緒にして壊れたらまずいだろ?」
「まぁ、そうね。じゃあ、あんたが持って行ってちょうだい。乱暴に扱ったら駄目だからね」
「分かってるよ」
そう答えて、木箱を受け取る。
その健一の背後から怜治の声がかかった。
「健ちゃん、それ……」
「まだ終わってない。これを婆ちゃんのところに持って行くまでは」
木箱を握り締め、小声で素早く口にした。
********************
美津代の眠る墓周りを綺麗に掃除し、墓に供物を並べる。それと一緒に人形を並べようとして、文代が木箱から人形を取り出した時だった。
「あら? 漆喰がまた剥げてる」
それを耳にした菊代が人形を覗き込む。
「ほんと。目のところが全部剥げてるわね」
「昨日はなんともなかったのに……」
その会話を聞きながら、密かに健一と怜治は目を見交わした。人形達が美津代に目を削がれた跡だとすぐに気付いたからだ。どうにも微妙な心持ちになる。
目をなくした事で、人形達は人を襲う事が出来なくなったらしい。それには胸を撫で下ろす思いだったが、本当に美津代が人形の魂を連れて行ってくれるのかが分からない。ざわざわと不安な気分になった。
その二人の様子に気付かぬまま文代は人形を墓の前に置くと、そのまま手を合わせる。次に菊代、健一の父、怜治の父の順で手を合わせていき、最後に健一と怜治の順が回ってきた。
二人は一緒に墓の前にしゃがみ込むと手を合わせる。心の中で、どうか人形の魂を連れて行ってくれと願いながら。今までこんなに真剣に手を合わせた事はなかった。だが、願わずにはいられないのだ。頼み込むしかないのだ。これまで散々酷い目にあった為に、余計。
その時、不意に強い風が吹いた。
目を瞑って手を合わせる二人の耳に、からんからん、と軽い音が聞こえ、文代と菊代から驚きの声が上がる。
ふと目を開けてみると、人形の首が三つ地面に落ちていた。その様に二人は思わず目を瞠る。
「やだ。壊れちゃった」
菊代の声が背後から聞こえた。
「人形の首が取れるなんて、なんか縁起でもないわねぇ」
文代が些か気味悪そうに言う。
「仕方ないわ。壊れかけだったんだもの。随分と古い人形だし」
「首も直さなきゃ駄目ね」
そんな声を聞きながらお参りを終えて、健一と怜治は立ち上がった。
********************
結局、墓参りを全て終えたのはとうに昼を過ぎていた。昼食は六人で外食ですませ、夕方近くになってようやく健一の家へと戻ってきた。
父親達は帰ってきて早々に酒盛りを始めたが、それに巻き込まれるのは御免とばかりに健一と怜治は部屋に籠もった。
「今年も墓参り終わったな」
大仰に溜息をついて、健一は布団に腰を下ろした。その目の前に怜治も腰を下ろす。
「本当に毎年墓参りは疲れるよ。一年分溜まった掃除が面倒臭いし」
とさん、と怜治は布団に仰向けに倒れた。
健一はベッドに凭れ掛かって天井を仰ぐ。仰いで口を開いた。
「今夜からは、普通に眠れるんだよな」
それに対し、「そうだな、今度こそは」と怜治が返す。
二人共口にはしなかったものの、人形の首が落ちた事を美津代が人形達の魂を連れて行った証拠として認識していた。
あの人形は盆が過ぎたら人形供養に出されるらしい。それで完全に人形とは縁が切れるのだ。心底ほっとしていた。
これまで張り詰めていた緊張の糸が急に切れ、昨夜の寝不足と墓参りの疲れから、二人はいつしか気怠げな眠気に襲われていた。そのまま脱力していると、呼吸が徐々に深くゆっくりになっていく。そして気付けば夢の中だ。
素直に意識を手放し、眠りに落ちる為に見る夢の世界に、二人はそれぞれ引き摺り込まれていった。
次に目が醒めたのは、夕飯を知らせる文代の声が聞こえてからだ。部屋の中は薄暗く、デジタル時計は午後七時を示していた。
先に目を醒ました健一が怜治を起こし、寝惚け眼のまま二人はリビングに下りた。リビングでは、父親達がすっかり酔っ払っている。健一も怜治も、しつこく酒を勧めてくる酔っ払い共を相手にしながら食事をしなければならなかった。
盆はこれがあるのをすっかり忘れていた。父親達は義理の兄弟の割に酷く仲がいい。仲がいいのはいっそ喜ばしい事なのだが、会うと必ず深酒をして酔い潰れる。その酔っ払い二人を布団まで運ぶのは、決まって健一と怜治の役目だった。そして次の日は二日酔いになって母達の手を焼かせるのだ。
結局今年も毎度のパターンで、夕食と風呂を終えた健一と怜治が部屋でゲームをやっているところに文代から声がかかった。
「毎度毎度、よく飽きもせずに同じ事するよな、この二人」
健一が父、浩一の両脇を持ち上げながら呆れた溜息を落とす。
怜治は浩一の足を持った。
「まぁ、気の合う相手だから時には羽目を外したくなるんだろ」
「外しすぎだっての」
ぶつぶつ言いながら、寝室に運び込む。そしてベッドに放り投げるように押し込むと、部屋を出た。次は怜治の父、孝信の番だ。菊代が寝泊まりしている仏間に二人がかりで運び込む。布団はすでに敷かれていたから、布団に寝かせてタオルケットをかけてやった。
それからもう一度部屋に戻って、午前一時頃までゲームをして遊んだ。
「一時になるのか……」
ゲームを途中で中断して、壁掛け時計を見ながら怜治が呟く。その声音には不安そうな色が乗っていた。ここのところ、この時間には夢に引き摺り込まれていたから、時間には過敏になっているのだ。
そんな怜治の思いに気付き、健一は安心させるように明るく声を出す。
「もう大丈夫だろ。今夜からは普通に眠れるさ」
「そう、だよな。婆ちゃんが連れて行ってくれたんだ」
僅かに笑みを見せ、自分に言い聞かせるように口にする。
その隣で健一は伸びをして欠伸をした。
「寝るか。今日は疲れただろ?」
ぽんと怜治の肩を叩く。
「そうだな。もう遅いし」
言って、ゲームソフトを片付け始める。健一もゲーム機をしまい込んで、怜治と一緒に着替えをした。
着替えを終えて、それぞれ寝床に潜り込むと、
「電気、消すぞ」
健一が声をかける。それに対して、うん、と声が返った。
明かりを消すと、遮光カーテンのお陰でほぼ真っ暗になる。
健一はその中で、もぞりと寝返りを打つと、
「暗いと……怖いか?」
怜治に聞いてみた。
「いや。大丈夫」
「なら、いいけど」
小さく溜息が聞こえて、お休み、と怜治から声がした。それに、お休み、と返して健一は目を瞑る。
健一は暗闇の中で、久々にゆっくり横になった気がした。少しすると、睡魔はすぐにやってきた。健一はそれに意識を預けて、ゆっくりと眠りに落ちる。





