参
家に着くと、十時を優にすぎていた。リビングの時計を見て、こんな時間になっていたのか、と二人で思う。だが母親達はそれに対して特に叱るでも怒るでもなく、逆に呆れていた。
高校生にもなって子供のように花火に夢中になっていたのか、と。
そんな言葉を受けつつ、二人はゴミの後始末をしたあと、すぐに物置部屋へと入った。部屋の電気をつけると、健一は押し入れへと近寄る。
「押し入れに入ってるのか?」
「うん。押し入れの下にしまってある。気味が悪かったから奥の方に隠したんだ」
言いつつ押し入れを開け、屈み込んで押し入れの奥を探り出した。
「何もそこまでしなくたって……。所詮、ただの人形だろ? 動くわけでもあるまいし」
「怜ちゃんは見てねぇからそう言うんだよ。見たらぞっとするぞ」
ごそごそとやりつつ言い返す。
それを聞いて、怜治は首を傾げていた。そんなに気味の悪いものなら、神社なり寺なりに持っていけばいいと思ったのだ。
だが、そこでふと思う。文代伯母が母の形見としてとって置いた物を勝手に処分するわけにもいくまいかと。同時に、それは母にとっても形見になるのだとも思った。それを考えると、やはり勝手な事は出来ないな、と心のどこかで思う。
そんな事をぼんやり考えて、ジーパンのポケットに親指を引っ掛けつつ健一に問うた。
「あったか?」
「う~ん、この辺りにしまったんだけどなぁ……、出てこねぇ」
その返答に、
「薄気味の悪いものだったら、このまま出てこない方がいいんじゃないか?」
なんとなくそう返した時、「あった!」と声が返る。
完全に押し入れの中に上半身を突っ込んでいた健一が、汗だくになって押し入れから出てくる。その手には幅が三十センチほどの長方形の木箱が握られていた。
「それ?」
「この中に入ってる。……見るか?」
健一が立ち上がりながら木箱を差し出してくる。
「見るか見ないかと問われれば、そりゃ見るわな」
差し出された木箱を受け取り、蓋を開ける。中には変色した薄紙が見えた。それを掻き分けると、中には左から薄青の着物を着た人形、薄黄色の着物を着た人形、薄桃色の着物を着た人形が並んでいた。どれも長い艶やかな黒髪をしている。
蓋を脇に挟んで木箱の中から一体の人形を取り出そうとすると、底板で繋がっているのか、三つの人形が同時に姿を現した。
その時、ふと健一の方へ視線を向けると、彼は嫌そうに人形から目を逸らしていた。
だが人形に目を遣れば、思っていたのとはちょっと雰囲気が違った。どれも繊細な作りをしていて、面立ちもそれぞれ違っていた。健一の話でしか聞いていなかったからもっとおどろおどろしい感じかと思っていたのに、その人形達は思いの外綺麗だった。
一体一体、それぞれに個性のある人形だ。
そうしてまじまじと人形に見入っていた怜治の耳に、突然健一の声が飛び込んできた。
「それ、『せつげっか』って言うんだってさ」
「雪月花? 天橋立、松島、宮島の?」
思わず聞き返した怜治の目に映る健一の目はやはり逸らされたままだったが、口だけは動いていた。
「その雪月花じゃない。『はな』が違うんだ。『はな』は華々しいの華。それで『雪月華』。お袋は、婆ちゃんが人形をそう呼んでたって言ってた。左から順に、雪、月、華の名前がついてるらしい」
それに対して、「へぇ……」と答えて、もう一度人形に目を落とす。
「でも、案外綺麗な人形じゃないか。どれも美人だ。……だけど、着物の色が信号機みたいだな。青、黄、赤って」
そう言って笑う。
「やめろよ、馬鹿。信号機見るだけで思い出すだろ」
「だって……」
声を返す怜治の笑いは収まらなかった。
「それより、人形しまってくれねぇか? いつまでもここにいらんないし、俺の部屋に戻ろう」
「ん? 人形持って?」
笑いを噛み殺して聞き返す。
「嫌だけど、俺ももう一度見たいし……、怜ちゃんが見て気持ち悪いと思わねぇなら、最初に見た時の俺の感覚が間違ってんじゃないかって思うから」
怜治はそれに思わず嘆息して、人形を箱に戻した。それから蓋を閉める。
人形の姿が視界から消えた事で安心したのか、健一はようやく怜治に視線を向けて、「出ようぜ」と部屋からの退出を促した。
部屋から出ると、どこからともなく低い鼻歌が聞こえてきた。健一の父が風呂場で歌っている鼻歌だった。
「怜ちゃん、親父のあと入るか?」
唐突に聞かれて、
「あ、健ちゃん先に入りなよ。人形探してて汗だくだろ? 俺、シャワーでいいし」
反射的にそう返していた。
「うん。じゃあ先、部屋に戻ってて。ジュースとってくるから」
「分かった」
頷いて、怜治は階段に向かっていった。そのまま階段を駆け上がり、健一の部屋へと入る。





