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雪月華  作者: 杏月飛鳥
第一夜
2/39

 怜治は遅い朝食を一人で摂り、僅かな午前中は健一と一緒に公園に出て、今夜どの辺りで花火をするか、その下見に来た。


 そこは健一の家のすぐ傍の公園で、夏休み中の小学生達が大勢、滑り台やブランコ、シーソーなどの様々な遊具で遊んでいた。



「怜ちゃん、ブランコの前辺りがいいんじゃないか?」



 健一は怜治にブランコ前の広場を指さし、言う。



「そうだな。あそこなら開けてるし」



 ブランコの前で『けんけんぱ』をしている子供達の姿を見ながら返した。



「でも玄関で見せてもらったビニール袋、随分大きかったな。健ちゃん、どのくらい花火買ってきたんだ?」



 健一に聞き返すと、健一は「どんくらいかな? 分かんね。適当」と返してくる。


 十七にもなってまだ二人は、お互いの事を子供の頃からの呼び名、『怜ちゃん』『健ちゃん』で呼び合っていた。学校でも堂々とそう呼び合っている。お互いの周りの友達からは「学校でも『ちゃん』付けかよ、ガキ臭い」と指摘され、揶揄もされるが、呼び慣れた呼び名はそう簡単に変わる事はなかった。一時期はお互い直そうかとも思ったが、結局は直らず今に至っている。と言うよりも、気にならないのだ。どれだけ周りに馬鹿にされようが、揶揄されようが。幼い頃からそれは染みついて、最早それが互いの名になっている。二人の間に他の呼び名は存在しなかった。



「そうだ」



 と、思いだしたように健一は話題を変えた。



「怜ちゃんさ、英語の課題、手ぇつけたか?」

「英作文? あのお題はなんでもいいから作文書けってやつ? まさか。まだほとんど宿題になんて手はつけてないよ」

「あ~、俺、何書こっかなぁ」



 夏休みの宿題に思いを馳せて、健一は頭を抱える。



「それより健ちゃん。『バトル・オブ・ドーム』買ったって言ってたよな? あとで遊ばないか?」

「おう、協力プレイしようぜ」



 『バトル・オブ・ドーム』は最近発売されたばかりの戦場を舞台としたファーストパーソン・シューティングゲーム──通称、FPS──で、二画面分割の協力プレイが出来るゲームだった。


 怜治は夏休み前に、健一が『バトル・オブ・ドーム』を買ったと聞いていたから、この休みに遊ぶ気満々で健一のところにきていた。それは健一も承知の上だった。怜治と協力プレイで遊ぶのを楽しみにいていたのだ。



「じゃあ、昼飯食ったら……って、怜ちゃんは昼飯あんまいらねぇか」

「さっき食べたばっかりだしなぁ。でも健ちゃんの昼すんだら遊ぼう」



 そう言って、午前中は公園をぶらついてから昼食がすんだあと、午後いっぱい夕食まで二人は遊んだ。そうして二人は夕食を終えてから暗くなるまで、またゲームをして時間を潰し、いざ暗くなると途端にばたばたと再び公園へと出向いた。


 そこで手持ち花火や吹出(ふきだし)花火、打上花火にロケット花火、回転花火に爆竹まで色々な種類の花火で散々はしゃぎ、遊んだ。最後に花火の後始末をしてからベンチに座って線香花火に興じる。


 線香花火のささやかな火花を見詰めながら、怜治が口を開いた。



「やっぱりロケット花火はいいな。火薬に火がつくまでの()とか、どれだけ上手く遠くに飛ばせるかとか、一回一回が楽しいよ」



 それを聞いて、健一が楽しそうな笑い声を上げる。



「怜ちゃん、ロケット花火好きだから多めに買っておいてよかったよ」

「手持ち花火じゃ味わえないスリルがあるからなぁ」

「ロケット花火、手に持って飛ばすなんてあっぶねぇのな」

「面白いんだからしようがないだろ? そう言う健ちゃんだって連発打上花火、手で持ってたじゃないか」

「あれは打上花火が発射される時の感触がいいんだよ」



 そこで二人はげらげらと笑いながら肩を揺らす。その拍子に、線香花火の火種が揃って落ちた。



「あ、落ちちゃった」



 怜治が言って、次の線香花火に火をつけようとする。

 その時、ふと怜治が健一に目を向けると、健一は妙に真剣な目で怜治の手元を見遣っていた。

 それを不思議に思い、思わず尋ねる。



「どうした?」

「いや……うん、……あのさ……」



 健一からさっきまでの元気が急に消えていた。次の線香花火を手にしながら、どこか言いにくそうにぼそぼそと口を開く。だが視線も不意に逸らされ、どうにも口に出す事を躊躇っている様子だった。


 そんな健一を励ますように肩を叩いて、



「どうしたんだよ?」



 実にあっけらかんと問いかけてみる。

 それに勇気づけられたのか、健一は怖ず怖ずと口を開いた。



「俺さ、怜ちゃんが来るの待ってたんだ……」

「俺?」

「うん……。実は家でさ、気味の悪いもの見つけちまって……」



 そこまで言って、身震いする。そして一度、自分を落ち着けるように息をつくと、更に続けた。



「うちに物置部屋あるだろ? ほら、婆ちゃんが使ってた部屋」

「あぁ、うん」



 健一の家には、物置部屋と呼ばれる、かつて母方の祖母が使っていた部屋がある。祖母が亡くなったのは、彼らが中学三年の時だ。それまでは祖母の部屋だったが、祖母が死んで遺品の整理が終わったあと、その部屋には雑多なものが置かれるようになった。あまり使わない食器や健一の父のゴルフバック、客用の布団もしまわれ、大きな座卓もそこにはある。


 雑然と物が置かれる為に、物置部屋と呼ばれるようになった部屋だった。

 無論、そこには祖母の遺品もしまわれているが。



「この間、怜ちゃん達が使う客用の布団を出す時にあの部屋で……人形、見つけたんだよな」



 言う健一の眉は曇っていた。

 人形と聞いて、怜治の眉も曇る。



「それって、日本人形とか?」

「いや、そこまで大層な物じゃない。十センチくらいの大きさかな? それくらいの女の人形が三つ並んで座ってるようなやつ」



 それを聞いて怜治は気が抜けたように、はぁっと息を吐き出した。



「なんだぁ。日本人形の髪が伸びてるとかそんな話かと思ったら違うのか」



 はははと笑ってみせるが、健一は何故か顔色(がんしょく)を悪くしていた。



「そんな話だったらまだよかったよ。でもさ、なんか……違うんだ」

「違うって、何が」



 きょとんとした顔で健一を見詰める。

 そこで、更に健一の顔色が悪くなった。


 何かを言いにくそうに火のついていない線香花火を弄びつつ、暫く黙っていたが、その間の沈黙に耐えかねて怖々という風に口を開く。



「なぁ、怜ちゃん。俺、怖いんだよ。あの人形から視線を感じる」



 そこまで言って一旦言葉を句切り、そして次の瞬間には怜治の腕を引っ掴んで勢い込んで言い遣った。



「もしかしたら俺の思い違いかも知れねぇ。でもさ、もう一度確かめてみたいんだ。怜ちゃん、あの人形を見るのに付き合ってくれないかっ?」



 怜治は思わず目をぱちぱちとしばたたかせて、顔色をなくした従兄弟を見遣る。健一の顔は真剣だった。真剣であると同様に、酷く切羽詰まった表情をしている。



「ちょっと、健ちゃん……?」

「お願いだ! 頼むよっ!」



 そこには有無を言わさぬ勢いがあった。否、それは怯えだ。恐怖だ。健一は本気で怖がっている。

 それを感じ取って、怜治はなんとか頷いてみせた。



「健ちゃん、分かった。分かったから、手、離してくれ。痛い」

「あ……ごめん」



 言って、掴んでいた手をそっと離す。知らぬ間に、必要以上に怜治の腕を強く掴んでいた事を知ったのだ。



「なぁ」



 そこで怜治は話を少しずらした。



「その人形、なんであるんだ? 誰のだ? 伯母さんの思い出の品とか?」

「いや。婆ちゃんのだってお袋は言ってた。昔から大切にしてたってさ」



 でも俺そんなの知らなかったよ、と健一は続けた。



「婆ちゃんは長い事寝たきりだったから、俺は婆ちゃんの部屋にあんま入った事ねぇし、あの人形を見つけるまで、そんな物がある事も知らなかった。見つけた時にはびっくりしたよ。妙な生々しさがあってさ……」



 そこでふっつりと言葉を途切れさせる。苦いものでも無理矢理飲んだような顔になっていた。

 それを見咎めて、怜治はまた明るい声を出すと言った。



「よっし! じゃあ残った線香花火、全部片づけるか!」



 言うと、健一の手にしていたくしゃくしゃになってしまった線香花火を取り上げ、ベンチに置いてある線香花火の束を手に取る。



「全部一気に行くからなっ」



 言うが早いか、線香花火の束にライターで火をつける。途端に、線香花火が派手に火を吹き上げた。見る間に火種は大きな玉になり、重すぎる火種がぼとりと地面に落ちた。地面にあっても少しの間ぱちぱちと弾けていたが、それもすぐに冷えて固まる。そして怜治は、その火種を靴裏で完全に踏みつぶした。


 全ては勢いだった。健一が抱えている重たい恐怖を払拭する為の。


 そしてその様を、健一はどこか呆然と眺めていた。今まで恐怖に取り憑かれていて、花火をして遊んでいた事すら忘れてしまっていたのだ。



「よっし! 終わった、終わった。帰って、婆ちゃんの形見の人形見てみるんだろ? さっさと帰ろう」



 勢いを殺さぬままに言って立ち上がると、健一の手を取って立ち上がらせた。そうして、まだ呆然としている様子の健一の額を小突く。



「健ちゃん、俺がいるから大丈夫だよ。怖い事なんて何もないって。だから早く帰って、俺にもお宝(・・)見せてくれよ」



 健一の言った言葉なぞなんでもない事のように、怜治は笑顔でそう言い遣った。

 その笑顔を見て、健一も心がほぐれたのだろうか。まだどこか頼りなげだが、彼も笑顔を見せる。



「そ……そうだな。帰るか。もう随分遅ぇしな」



 お袋達心配してるかも知れないし。と付け加えて、傍らに放ってあったゴミの入ったビニール袋を手に取って、怜治と共に家路についた。

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