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雪月華  作者: 杏月飛鳥
雪月華
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 だがその瞬間、怜治の視界に奇妙なものが飛び込んできた。


 目の前に机がある。


 驚いて辺りを見回してみると、そこは学校の教室の中だった。


 がたっと椅子を鳴らして立ち上がり、自分の姿を見れば身に纏うは制服だ。さっきまで聞こえていたキラー・ビーの曲も全く聞こえなくなっている。あたりはしんと静まり返っているばかりだ。



「なんだ、これ……?」



 呆然として辺りを眺めていたが、手にしていた本を不意に机に叩き付けるように置くと、慌てて教室を飛び出した。クラスを示すプレートを見れば、それは怜治のクラスを示している。


 こんな事があるわけがなかった。つい今し方まで確かに健一の部屋にいた筈なのだ。それを思うと同時に、夢に引きり込まれた、と思う。思考がどんどん混乱していく。夢とは言え、こんな場所に放り込まれるとは思わなかったのだ。さっきまで一緒にいた健一の姿を捜して、健一のクラスまで走っていって中を覗くが、そこも無人だった。誰の姿もない。



 それどころか、人の気配すらなかった。



「健ちゃん! 健ちゃん!」



 廊下で健一の名を呼ぶが、それに応える声はない。


 不気味なほどに静まり返った教室の群れと長い廊下。その様に暫し呆然とする。数瞬躊躇ためらったが、恐る恐る手の甲をつねってみた。痛い。夢とは思えないほどリアルに痛みが手の甲から駆け上がってくる。



 けれど、これは間違いなく夢だ。



 窓から差し込む光が普通ではない。陽の光ではなく、異様に白い光なのだ。窓から外を見ても光源は分からなかったが、少なくとも自然の光ではない事は確かだった。


 その中で辺りを見回しながら、兎に角歩くしかなかった。どこに健一がいるのかも分からないのだ。




 いや、本当に健一はここにいるのか?


 夢に引きり込まれたのは自分だけではないのか?




 そんな疑問が胸の中で膨らんでいく。


 もし健一が現実で起きているのだとしたら、いずれ叩き起こされる筈だ。その筈だ。約束したのだから。どちらかが眠ってしまったら起こすと。


 それでも健一がここにいないとも限らない。また二人揃って夢の中に引きり込まれているかも知れないのだ。


 否。たとえ二人揃って夢に引きり込まれたとして、また同じ夢に引き込まれているかどうかすら分からない。それぞれに違う夢かも知れないのだから。


 考えは幾通りも現れた。それでもじっとしている事が出来なかった。もし現実で健一までもが眠っているのだとしたら、ここでやる事は一つだけだ。



 自力で目を醒ます方法を見つける事。



 どこにその鍵がある?



 そう思い、怜治は歩き出した。無人の教室が続き、渡り廊下に差し掛かった。


 そこで見た事のある姿を見つけた。


 それは薄青い振り袖の中に金魚を泳がせている女の姿だった。



 雪野だ。



 それを見止めた瞬間、怜治は駆け出していた。雪野が滑るように、すうっと廊下を渡ってきたからだ。


 感情を映さぬ硝子玉の目を見開き、笑みの形にぱっくりと口を開けて。


 怜治は廊下を全速力で走った。雪野の追ってくる速度はあまりにも速い。少しでも気を抜けば、あっという間に追いつかれてしまうだろう。


 廊下を走って走って走り抜け、階段までやって来た。それを三段飛ばしに駆け上がる。そしてまた廊下を駆け抜けて、渡り廊下で曲がる。雪野を撒く為に渡り廊下を渡って、階段のある方へと曲がった。そして再び階段前まで戻ると、今度は下へ下へと駆け下りる。


 一階まで下りたところで、隠れる場所を探そうと廊下を走り抜けた。


 幾度か背後を振り返るが、雪野の姿はどこにもない。上手く逃げ切れたとの安堵感が胸の内で持ち上がる。


 一階の廊下の一番端にあるのは保健室だった。もし入る事が出来れば中から鍵をかける事が出来る。そう思って、鍵がかかってない事を祈りながら保健室まで行って扉に手をかけた。途端、がらりと開く。何も考えずに中に飛び込むと、扉に鍵をかけてベッドを囲むカーテンの中に怜治は身を隠した。


 呼吸は乱れきって、気管がひゅうひゅうと音を立てて(うるさ)い。喉も渇き切って、呼吸をする(たび)に痛みを訴えてくる。汗も噴き出していた。こめかみから頬を伝って顎から滴り落ちる。両手もじっとりと湿っていた。


 怜治は(うるさ)い呼吸を整えながら、カーテンで汗をぬぐった。


 もう疲れ切っていた。いきなり学校に放り込まれ、その上、雪野に追われて走りに走ったせいだ。汗を適当にぬぐい終わると、真っ白いシーツに覆われたベッドに両手をつく。喉が痛くて空気と一緒に何度も唾を飲み込む。そうするうちに、膝が笑い、立っている事すら困難になってきた。今更ながら恐ろしくなったのだ。


 膝をつき、ベッドに顔を(うず)める。暫くそうして呼吸を整え、随分息が楽になった頃、怜治は天井を見上げて深く呼吸した。と同時に、怜治はカーテンレールにあり得ないものを発見した。



 雪野の首が覗いていたのだ。



 保健室の中から怜治の悲鳴が響いた。

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