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雪月華  作者: 杏月飛鳥
雪月華
17/39

「怜ちゃん、そろそろ飯だぞ。起きろ」



 その声に、怜治は寝惚け眼をぱちぱちと瞬かせながら起き上がる。



「少しは眠れたか?」

「なんか、変な夢見てた気がする」



 額に手を当てて答えると、



「変な夢?」



 聞いた健一の眉がぐっと寄る。

 それにすぐ気付き、怜治は慌てて否定した。



「いや、違う。あいつらの夢じゃない。意味不明のただの夢だ。どんな夢だったか半分も思い出せない」

「なんだ、そうか」



 怜治の言葉に安堵して、溜息と共に肩を落とした。

 健一が肩を落としたと同時に、階下から二人を呼ぶ文代の声が聞こえてきた。



「ようやく飯だ。流石に腹は減ったかな。でもあんま、食欲はねぇな」

「昼抜きだったのに?」

「うん、……でもま、行こうぜ」



 ごちゃごちゃ言いつつ、二人は階下に降りて夕食をすませ、交互に風呂をすませてから部屋へと再び戻る。


 部屋へ戻ってすぐに健一はパソコンを立ち上げた。音楽を聴く為だ。怜治はいつもヘッドフォンで音楽を聴いているが、健一はネットで買った一万円ほどのツーウェイのスピーカーをパソコンに繋げて音楽をかけている。僅かばかりパソコンを弄ったあと、すぐにスピーカーからロックが流れ始めた。


 それを聴き、すぐに怜治が反応を示す。



「キラー・ビーか? 新譜?」

「分かったか?」

「ここ、ギターが独特だし、この曲知らないし」



 キラー・ビーはメジャーにならないのが不思議なくらい人気のあるアマチュアロックバンドだ。一説では、なぜかメジャーからの誘いを(ことごと)く断っているとも伝えられている。人気がある故に、ライブのチケットもネットでは二、三分で完売してしまうほどだ。最近ではチケットの転売が酷いとも聞く。



「このアルバム、先週発売されたばかりなんだせ」

「買ったのか?」

「mp3でな。CDなんて発売前からショップに並ばないと買えねぇよ。でも、CDじゃないと聞けない曲もあるんだよなぁ……欲しいよなぁ」



 悔しげに頭をがりがりと掻きながら、漫画本の散らかったベッドに座り込む。その拍子に、本がばさばさとベッドから落ちた。



「いい加減、本片付けろよ。俺は健ちゃんが眠ってる間に片付けたぞ」



 それに対して、ん~、と唸ると、



「今夜は完徹するつもりだから、暇潰しは必要なんだよな」



 少しばかり暗い顔で言い遣る。


 完徹という言葉を聞いて、怜治も僅かばかり頬を引き攣らせた。


 そうなのだ。今夜は完全徹夜のつもりで起きていなければならない。少しも油断は出来ないのだ。


 怜治はベッドに背を預ける格好で布団の上に座ると、傍に落ちていた本を拾い上げてぱらぱらと捲った。そして口を開く。



「今夜はどうやって出てくるかな?」

「徹夜のつもりだから、ひょっとしたら昨日みたいに気がついたら夢の中に引き摺り込まれるかもな」

「……一体、俺達の目がどうしたって言うんだろうな。この目を手に入れたら、あいつらどうなるって言うんだ?」



 いいながら、怜治は右の目元に手を持って行く。



「分かんね。分かんねぇけど、きっと碌な事は起こらないと思う」



 それを聞きながら、怜治はぽつりと零した。



画竜点睛(がりょうてんせい)、なのかも……」



「え? 画竜点睛?」



「ほら、絵に描いた龍に目を描いたら、龍は天に昇ったってやつ。それと通じるものがあるんじゃないか、と思って」



「どういう意味だ?」



「俺達の目って、右目と左目の色が少しだけ違う。俺は右目、健ちゃんは左目。それをあいつらは欲しがってた。もしかしたらだけど、俺達の目を奪ったら、あいつら人間になれるとでも思ってるんじゃないのか?」



「それが……画竜点睛?」



 うっそりとした薄気味悪さを感じて問い返す。



「うん、なんかそんな感じ? 深い意味はないけど、なんとなくそう思った。俺達の目を奪ってどうするのかって考えたら、思いついた」



「もしそうなら嫌な話だな。笑えない」



「思いついた俺だって笑えないよ」



 そのまま会話が途切れて暫く、ロックの重低音だけが二人の腹に響いた。



「兎に角、ここで暗くなっててもしようがねぇよ。あいつらがまた出てきたときにどうすればいいか、その対応策でも考えるか」

「対応策? どんな」



 怜治が顔を上げて健一を見上げる。



「取り敢えず、捕まっちゃ駄目だ。拘束されても。昨日の華緒の力、凄かっただろ? 雪野も月姫もきっと力は凄い。人形のくせに、俺達より力がある筈だ」



「人形、だからかも知れない」



「人形だから?」



「人間じゃなく、人形だから力の上限なんてないんじゃないかな?」



「……かも、知れないな」



 怜治の言葉に、健一は考え込む風にして頷いた。そして続ける。



「あとは何があると思う?」



「俺か健ちゃんのどっちかが眠っていたら必ず起こす事かな」



「そうだな。……でも、二人同時に夢に引き摺り込まれたら意味がない」



「それは……その時に考えるしかないよ。ただその場合は、どうやったら夢から醒める事が出来るかを考えなきゃいけない。どうしたら自力で夢から醒める事が出来ると思う?」



「自力でってのは難しいんじゃねぇか? 今まで、何かの拍子に目が醒めてたからな」



「やっぱり難しいか」



 それに対して健一は、うん、と答えるしかなかった。


 そしてそのまま会話はなくなってしまった。音楽はパソコンから流れ続けるまま、互いに没頭できずに本のページを捲るだけだ。


 その間、二人はそれぞれに時折ちらと時計を見遣る。だが、時間はじりじりとしか刻を刻まない。まんじりとしないまま、それでもようやく深夜零時を迎えていた。



「そろそろ、かな」



 健一が言う。


 その声に導かれるままに怜治も時計を見た。そして読んでいた本に目を落とし、そのまま本を閉じる。

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