壱
三ヶ月も間を開けてしまいましたが、何とかPC復旧。
その他の小説もほぼ復旧。
まさか手違いでCドライブのWindowsを消去してしまうとは!
お陰でBIOSからドライブ削除までしなければなりませんでした。
三日三晩、文字通り寝食なく復旧作業に取りかかりました。
全くの不覚……。
しかし、ようやくお披露目です。
お待たせしました。
三ヶ月ぶりの更新です。
これからは以前と同じように、毎日更新するので、これからも【雪月華】を宜しくお願いします!
怜治と健一は部屋に戻ってすぐ、ニュースの話をし始めた。
「あのニュースの犯人って……あの人形だよな?」
怜治が布団の上で硬く手を握った。
「多分。だって、目玉抉って首絞めるなんて、まるで今朝の夢と同じじゃんか」
ベッドに腰掛けて膝の上で組んでいる両手を見詰めながら、健一は忌々しげに言った。
「じゃあ、あの華緒の真っ赤な手って、住職さんの血か?」
「それしか考えられねぇ」
「……こんな事言うの今更だけど、俺、びびってる」
怜治は膝を抱えながら言葉を吐き出した。
それを受けて、健一も返す。
「俺だってマジ怖い。人形のくせに人殺したなんて」
その言葉に怜治はこくりと頷いて、
「あの人形、夢の中で目を欲しがってたよね? 住職さんも目を抉られてる。なんでだと思う? なんで目なんか欲しいんだ?」
酷く暗い声を出した。
「それは……分かんねぇよ。でもあいつら、俺の左目と怜ちゃんの右目を欲しがってた。あの坊さんは、多分だけど……俺達の代わりに目を刳り抜かれたような気がする」
「目を刳り抜いたはいいけど、欲しかった目じゃなかったって事? それで昨日、俺達のところにまで来たって事か? いったい、俺達の目がなんだって言うんだよ……」
「さぁな。わけが分かんねぇよ」
言って、握り合わせた両手をぎゅっと握りしめる。
そこで一旦会話が途切れたが、少ししてから不意に怜治が呟いた。
「……どうする?」
「え? どうするって?」
その問いに怜治は難しい顔をしてから返した。
「あの人形だよ。供養して貰えるかも知れなかったのに、住職さん死んじゃったじゃないか。取り返さなくてもいいのか?」
「ば、馬鹿!」
健一は慌てたように顔を上げて口走った。
「殺人事件で警察が彷徨いてんだぞ? そんなところにのこのこ行けるかよ!」
「なら、どうする? 放っておいていいわけないだろう?」
わずかに呼気を落として言う。
「それでも……今は手出しできねぇよ」
その言葉に怜治は、目を伏せて眉を曇らせた。
「今日……連絡が来る事になってたんだ。寺内で検討してくれた筈なんだから」
「寺じゃ、今、それどころじゃないだろ? 坊さんがあんな殺され方したんだ」
「うん……、全く関係ない人まで巻き込んじゃったな」
「俺達の考えが甘かった。こんなに恐ろしい人形だとは思わなかった」
言いながら、健一は手形のついた足首をさすっていた。
「関係ない人を巻き込んだ挙げ句、殺した……俺のせいだ」
怜治が苦々しい表情で呟いた。
「ちょっと待てよ。なんで怜ちゃんのせいなんだ?」
「だって、俺が人形供養に出そうなんて言わなかったら、住職さんは死なずにすんだんだ。俺のせいだ」
「それは違う! 俺達は二人共、あの人形があんなもんだとは思わなかったっ。それでも怜ちゃんのせいだってんなら、俺のせいでもある! 人形供養に賛成したんだからなっ」
馬鹿な事考えるなよっ、と最後に語気荒く言う。
怜治は溜息をついて健一を見るが、その目には沈鬱な色があった。
その目を困ったように見遣り、健一は言葉を落とす。
「これは……誰のせいでもない。もし誰かに責任があるんなら、俺のせいだ。あんなもの、引っ張り出すんじゃなかった」
「健ちゃんっ」
「だって、そう言う事だろ?」
健一は自嘲するように笑んだ。
それに対して、怜治は何も言い返す事が出来なかった。ただ困惑したように眉根を寄せるだけだ。
その様子に健一は嘆息してから言った。
「取り敢えず、この先どうなるかは様子見だな。寺からも連絡が来るかも知れないしよ」
「そうだな。人形が手元にないんじゃ、どうする事も出来ないもんな」
「……それにあいつらは昼間は手出ししてこないみたいだ。今まで全部夜だった。夢の中でも夜だった。でも、朝には目が醒める。この間、怜ちゃんが昼寝したけど、その時は大丈夫だっただろ?」
「まぁ、あの時は……」
健一の言葉に、曖昧に頷いてみせる。
「……って事は、昼間は休んだ方がいいって事じゃないか? 身体は疲れてないみたいだけど、精神的には参ってる」
最後に「疲れたよ」と言って健一はベッドの上に倒れ込んだ。暫く天井を眺めていたが、ふと怜治に声をかけてくる。
「怜ちゃんは疲れてないか?」
「どうかな? よく分からない。でも健ちゃんが寝るんなら、その間に何が起こるか分からないから、俺は起きてる」
「……眠れるかな……」
「ちゃんと俺が見張っててやるよ。だから眠れるなら眠った方がいい」
それに対して、「ん」とだけ答えると、健一は目を閉じた。そしてその耳に、
「昨日煎れてくれたコーヒーまだ余ってるよな? 貰ってくる」
怜治の声が聞こえて、うん、と返す。
怜治は階下に降りて勝手知ったる他人の家といった風情でキッチンに入ると、保温状態になっているコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注いだ。コーヒーから香りはかなり飛んでしまっていたが、今更そんな事はどうでもいい事だった。
リビングでは母親たちが世間話に花を咲かせている最中だった。話に夢中になっていて、怜治がキッチンに入った事など気付いていない風だ。何やら賑やかだが、二人共楽しそうなので水を差す事なく健一の部屋へと戻った。
部屋へ戻ると、室内はしんとしていた。
「……健ちゃん、寝たのか?」
だが、それにすぐ返事が返る。
「怖いし、そんなすぐには眠れねぇよ」
言って、寝返りを打つ。
「大丈夫だよ。俺が見張ってるって言っただろ?」
「それは分かってるけど……昼間でも出ないって保証ないからな」
そんな健一を落ち着かせるように、健一の隣に腰を下ろした。
「こうしてたら大丈夫だろ?」
言いながら、健一の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
「よせって」
そう言いはするものの、口調は怒っているわけではなかった。どちらかというと、照れ臭がっているようだ。
怜治は髪を掻き混ぜるのをやめて、昨夜読んでいた本を手に取ると、そのまま続きを読み始めた。
すると、いつの間にか部屋の中には健一の寝息が響き始める。月姫と華緒の事で余程堪えたのだろう。こんな風に寝入ってしまうとは。
健一の寝顔を見ながら怜治は、嫌な夢、悪い夢を見なければいいと漠然と考えていた。