壱
どこかから名前を呼ばれた気がした。
重く深い闇の中で、また名前が呼ばれる。
何度も何度も重ねて呼ばれ、その声は徐々に近付いてきているようだった。
じっとりと首周りにまとわりつくような重苦しさに大きく息を喘がせた。
その時だ。
「怜治っ。いい加減、起きなさい!」
その聞き覚えのある声は、怜治の母親、菊代の声だった。
怜治は瞼を何度か痙攣させてから、ゆっくりと目を開ける。
「……あ?」
掠れた呻き声を上げると、喉元に重くまとわりついているタオルケットを無造作に押し退けた。
「怜治、夏休みだからって何時まで寝てるつもりなの? 健一君、さっき出掛けたわよ。あんたもさっさと起きなさいっ」
言うだけ言って、菊代はドアを閉めると階下に降りて行ってしまった。
「……健ちゃん?」
怜治は今自分がいる場所をふと思い出す。
ここはよく知っている場所だが、自分の部屋ではない事は確かだ。
寝惚けた頭でよくよく思い返してみると、従兄弟の健一の部屋だった。
そうだ、と思い出す。
盆だからと言って母と一緒に、母の双子の姉、文代伯母の家に一週間泊まりに来たばかりだったのだ。双子と言っても、二卵性双生児だ。二人の顔は全く似ていない。
怜治は一度は開けた目をもう一度瞑り、額に腕を預けて軽く息をつく。そのまま布団の上に起き上がり、もう一度息をついた。
「そうだ……。健ちゃんとこにきてるんだった……」
健一は怜治と同い年の従兄弟だ。しかも誕生日まで一緒で、同じ高校の二年生。双子の母親達はよく「二人で双子を産んだ」などと言った。またその二家庭も、車で十分ほどの近い場所に居を構えている。自転車でも、ちょっと頑張れば徒歩でも来られる距離だ。
そのお陰で、他の従兄弟達よりも仲がいい。
怜治は伸び気味の前髪を掻き上げながら、欠伸混じりに立ち上がって、もそもそと着替えを始める。
着替えながら壁掛け時計を見ると、もう十時に差し迫っていた。
今朝、健一の目覚まし時計に七時半に叩き起こされた記憶があったが、健一が「まだ寝てるか?」と言ってきたので、そのまま二度寝してしまったのだ。そうして二度寝して気がつけばこんな時間。これでは母が怒鳴り込んでくるわけだ、と怜治は妙に納得してしまうのだった。いくら気心が知れている親戚の家と言えど、朝食も食べずに寝ていたのでは怒られて当然だ。
着替え終わって階下へ行くと、玄関で健一が戻ってくるのと出会した。
「怜ちゃん、今起きたのか?」
「うん、母さんが怒鳴り込んできた」
それを聞いて、ははっと笑うと、健一は手にした大きなビニール袋を怜治に突き出してみせた。
「花火、沢山買ってきたんだ。夜やろうぜ」
「オッケー」
そう返して、怜治は洗面所へと向かった。