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『クリスマスのご予定は?』

頭を使わないで読めるくらいの物語です。


 桜川弾馬さくらがわはずまは空を仰いでいる。

 その色は紫を帯びていて、薄くきらめく星々が、どこか儚さを醸し出しいるようにも見える。

 少しばかり幻想的で、少しばかり美しい、冬の空だ。

「・・・」

 弾馬は一人、閑散としたコンビニの駐車場に佇んだまま、未だ上を向いていた。

 季節は十一月の末という事もあり、息が白くなる。

 何故こんな所に居るのか、何故こんな事をしているのか、彼は今日一日の出来事を何となく思い出しているのか、その表情は何か思考を巡らせている様子である。

 風がゆったりと吹き、右手のコンビニ袋を揺らす。

 中には、二リットルの天然水が入っている為、手袋をしていない彼の手は、その重さで締め付けれ赤色に染まっていた。

 だが、弾馬は自分の手の事なんて気にも留めず、空を眺め続ける。


 ひたすらに暮れない、その紫色の空を――


 ◇


「桜川ってクリスマスはどうするの」

 朝。弾馬は学校に着くと、隣の席に座る雪野雫ゆきのしずくに挨拶も無しに話掛けられた。

 髪型がころころ変わる事で知られる雪野の今日の髪は、弾馬が好きなツインテールである。

「彼女と過ごすよ。パソコンの中の」

「出た。寂しい男子高校生の実態。それ、大人になったらやめなさいよ?」

「へいへい」

 ぞんざいに言葉を返し、コートを脱ぐ。

 ホームルームの時間まではあと十分程で、急ぐ必要が無いからかノロノロと教科書を机にしまう弾馬の方を、雪野は長い足を組んで見やる。スカートが短いので弾馬からすれば目のやり場に困る格好だ。

「で、雪野さんはその当日、男とイチャラブデートでもすんの?」

「いや桜川さあ、あたしに彼氏いないの知って言ってるでしょ」

「脳内の恋人と」

「あんたと一緒にしないでもらえるかしらねえ!」

「じゃあぼくとしようよ。大丈夫、事前シミュレーションの数だけは四桁は固いから」

「何も大丈夫じゃなくない!? ってか、聖夜にあんたとデートってマジであり得ないわよ」

「ツンデレご褒美っす。もっとツンツンしてよ、ねえねえねえ」

「しね!」

 軽口を叩けばそれに雪野は全力で答えてくれるので、中々に楽しいひと時なのだが、あまりやり過ぎると本当に怒ってしまうので弾馬はここらで話を戻す事にした。

「とりあえずはクリスマスはバイト。まだシフトが確定してないから時間はわからないけど」

「国道沿いのデニーズだっけ。客数やばそうね、当日」

「クリスマスにファミレス来るカップルなんて、ホテルの待ち時間潰してるだけのバカだよ」

「朝から生々しい事言わないでよ・・・まあでも、あの辺りは多いもんね大人ホテル」

 高校生には未知の世界であるそれに雪野は溜息を洩らしつつ、スマホに届いたメッセージ通知を一瞥した。

 その画面には、彼女の友人との他愛のない世間話の続きが書いてある。

「・・・ほう」

 対して弾馬は、雪野の格好ようやく気付き、心の中でガッツポーズを取っていた。

 彼女の太ももを見れたのがうれしいらしい。

「いやさあ、あたしもバイトかなって思ってたんだけど、昨日シフト見たら店長が気を使ってイブから休みにしちゃったのよね」

 スマホを弄り始めた為、視線に気付かない雪野を余所に弾馬はじっくりと肉付きの良い生足を堪能し、平静を装った口調と共に再び手を動かす。実に器用な所作である。

「クリパ的なのを身内でやるとかはどうよ。女子と言えば定番行事じゃない?」

「いやあ、正直あれって負け犬感半端ないのよ。帰り道の絶望感ったら想像を絶するわ」

 増えて来たクラスメイトを眺める雪野の姿は、何か悲しみを背負っている漫画の主人公にも見えるな、と弾馬は呑気に思いながらようやく椅子に腰かけた。


 周りの席も続々と埋まり始め、挨拶をしたりされたりをしている間に、二人の会話はそこで終了し、朝のホームルームの時間が迫る。

 廊下の方は未だに騒がしい。教科書忘れたから貸してくれ、今日の体育はマラソンらしい、部活の予定が変わった、国語の授業は自習らしい・・・と、様々な言葉が飛び交っている。

 いつものうるさい朝をしみじみ実感していると、前の座席に座る、目立たないけどクラスの一部から可愛いと評判の女子生徒が珍しく遅れて教室に入って来た。弾馬はそこまで親しくないが、彼女に何となく挨拶をする事にした。気まぐれというやつだろう。

「岸井さんおはよう」

「え、あ、うん。おはよ桜川く――」

「よし皆席に着けー。今日は連絡多めだぞー」

 そんな気まぐれも、担任の男性教諭の声にかき消され、続けて直ぐにチャイムが鳴ってしまう。

 まるでタイミングを計ったのかのような状況に、苦笑いをするその女子生徒――岸井めぐみはいそいそと自席に着き、それに同じく苦笑いで弾馬は答えた。


「えー、次の定期テストはな」

 弾馬は、ぼーっとめぐみのポニーテールを見ながら、中間テストの連絡事項等を聞き流しつつ、今日のバイトの事を考える。

 確か、新人の女の子が入って来る日で、何やら先輩としてあれこれ教えてやらないといけない。

 その為、事前に教える順番を整理した方が効率的だと思い、弾馬はスケジュール張を机に出し後ろの方のメモ欄を開こうとした、その時だった。

「・・・・・・あれ」

 いつもの安物スケジュール張の感触が違う事に気付いた。

 表紙の色こそ弾馬と同じだが、目をこらせば素材が若干良く、何と言っても重たい。

 恐る恐る中身を見ていれば、そこには可愛いらしい文字で、友達との買い物の予定だとか、都内に新しく出来たケーキ屋へ向かう予定だとか、結構な量で書いてあった。

(まさかこれは)

 周りに見られないように、弾馬はそっと来月のスケジュール欄を見る。

 女の子らしく、キラキラと装飾がなされている十二月分のスケジュール欄。殆どびっしりと文字で埋もれている中に、ぽっかりと空いた日付が、弾馬の目に留まる。

 そこには何故か付箋が貼ってあって、丸い文字でこう記してあった。


『出来れば、桜川弾馬と・・・?』

               

 意味ありげな、赤色のハートのシールと共に。

 

 


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