表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の約束  作者: 原作:水音/著:九JACK
現代絶海の孤島にて
8/20

苦しい

 ピピピピ、ピピピピ……

 目覚ましの無機質な音で目を覚ます。最近の小説やちょっと古い漫画なんかだったなら、主人公は「あと五分」とか言って、二十分も三十分も寝過ごして、「目覚ましの馬鹿ぁ」と八つ当たりするところだが、生憎と陽斗はそんな癖は持ち合わせていなかった。病弱だが朝に弱いというわけではない。むしろ寝起きはいい。

 ただ、陽斗の顔には憂鬱が浮かんでいた。

 今日は入学式。今日から晴れて陽斗は高校生になるわけだが。一昨日出会った女性の存在が陽斗を憂鬱にさせた。

 きっとおそらく、「彼女」という因子が近づいていたから陽斗の中で「ヨウ」は目を覚まし、前世の記憶を蘇らせたのだろう。あの日の少し長かった夢は決して無為無意味なものではなかったのだ。

 契約によって結ばれた魂。陽斗は電子表示の時計を見ながら、前世の記憶と知識を振り返っていた。

 血で交わした契約はどんな契約より強固なものだ。その証拠に百年以上も前に噛まれた薬指が彼女を思い出すたび痛む。そうしてはっきりと彼女のキヌという名前を思い出し、彼女の現世である女性と結びつけるのだ。

 今日、学校に行ったら、もしかしたらあの人と会うことになるかもしれない。

 ──何も覚えていない、あの人と。

 そう思うと、胸が苦しくなった。きりきりと締め付けられるような感覚。陽斗がいけない、と思ったときにはもう遅かった。始まり出した空咳は責め立てるように続けざまに喉から吐き出されて、やがて呼吸の暇をなくしていく。喘息の発作だ。

 久しぶりなものだったから、吸入器をどこに置いたかわからなくなっていた。阿呆な話だ。症状が出なくても、病気は治ったわけではないのに。

 動けない。思考回路が薄れていく。ベッドにすがって必死に息をしようとしたが、無駄な足掻きと嘲笑うかのように収まらない。それならいっそ息を止めてしまえばいい、と陽斗はベッドに突っ伏したが、発作の方が強かった。陽斗はそのままばたりと床に倒れる。

 そこで母が気づいたようで、部屋に入ってきた。吸入器は? と訊かれ、首を弱々しく横に振ると、馬鹿、と短く罵って、陽斗の机の中を漁った。

 母の処置は手慣れたもので、適切だった。鞄にすら入れていなかった吸入器を見つけ出し、陽斗の口にあてがった。陽斗はなんとかそれを吸い、けほこほ言いながらも、やがて落ち着いた。

「大丈夫? 入学式に行けるかしら」

 心配してくる母にこれはいけない、と思い、陽斗はすぐに取り繕う。

「大丈夫だよ、落ち着いたし、吸入器は持っていくからさ」

 母に余計な心配をかけるわけにはいかなかった。前世なんて、母は知る由もないのだ。関係があるのは、自分とあの女性だけで……

 どうも教師の彼女を思い浮かべると胸がずきずきと痛んでいけない。どうしてこんなことになってしまったんだろう、と思いながら、苦い気持ちを奥歯で噛みしめた。




 結局、入学式には出ることができた。こういう式典というのは、中学や小学校のときも思ったが、退屈で仕方がない。全校生徒が少ないため、陽斗からは先輩方にあたる二、三年生まで巻き込まれているのは御愁傷様としか言い様がない。だが他人事ではない。きっと来年、あの御愁傷様な集団の中に自分が紛れ込んでいるのだ。

 胸中で巻き込まれた二、三年生に南無三と唱えたくらいなもので、発作を起こすこともなく、無難に入学式を終えた。普通の式典だったと思う。

 ただ少し変なのは、自分たち一年生の退場した後、二、三年生の始業式が執り行われるらしい。まだ退屈で仕方ない式典というか、儀式というかに上級生は拘束されるらしい。南無三である。

 まあ、人数も少ないため、すぐに終わるのがこの学校の利点だろう。陽斗たちは二、三年生が始業式を体育座りで行っている間、配られた教材の確認をしていた。

 教科書を取り扱う書店も島には一ヶ所しかなく、入試が通るなり注文して、本土に書店が注文して、数は少ないがこうして一人一人が確認することでミスがないようにしているのだとか。

 やがて、始業式が終わり、担任が教室に入ってくる。担任の顔は陽斗もなんとなく覚えていた。入学式のとき、クラスを先導していたから。ただ、続いて入ってきた教師の姿に、陽斗の心臓は跳ね上がる。

 白衣に茶髪のポニーテールの女性。

 彼女はこう名乗った。

「このクラスの副担任とみんなの歴史の授業を請け負います、木原(きはら)亜希(あき)です」

 それはキヌの生まれ変わりのその人に他ならなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ