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黄昏の約束  作者: 原作:水音/著:九JACK
現代絶海の孤島にて
7/20

齟齬

 しばらく陽斗は固まって、女性の頭の上から足の先までじいっと見た。

 そして思う。やはり、キヌに似ている、と。

 顔立ちはキヌより大人びていて、すっかり美人である。さらりと揺れるポニーテールが魅惑を増しているように見える。

 けれど、陽斗の魂の欠片、ヨウが確信を持つ。彼女はキヌだ。あの黄昏時に約束を交わした少女の生まれ変わりだ、と。

 何もかもを思い出していた陽斗は、何と口にしたらいいかわからなかった。キヌ、と呼べばいいのだろうか。やっと会えた、という感情を口にすればいいのだろうか。思考すればするほど全身が熱くなっていて、開いた口をはくはくと動かした。

「あの……お顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「あっ……大丈夫です」

 そこで陽斗の熱がすぅっと冷める。

 ──この人、自分を見ても何の反応も示さない。まるで今会ったばかりの赤の他人のよう。……まあ、実際問題そうではあるのだが。

 ヨウの生まれ変わりである陽斗を見て、何も反応を示さない。陽斗には一目見ただけでキヌだとわかったのに。まるで彼女は何も知らないかのよう。

 冷静になればわかることだ。前世云々の話なんて、今の時代中二病のイタイ話に過ぎないのだ。一部の地域では前世がどうのという話がまことしやかに唱えられているらしいが、生憎とここはそんな一部地域ではない。

 陽斗は気を取り直してなんでもありません、と首を横に振ると、本題であった、何か困り事はないか、という問いを口にした。

 すると女性は困ったように眉を八の字にし、やがてこう切り出した。

「実は、この島の高校に行きたいのだけれど、地図を見てもよくわからなくて……ご存知ありませんか?」

 陽斗はぽかんとした。ご存知も何も、この島唯一の高校はこの坂の上である。目と鼻の先といっても過言ではない。そこまで来て迷うのか、と思いつつも、見たところ彼女は島民ではないようだし、仕方ないか、と陽斗は応じることにした。

「すぐそこです。よろしければ、案内しますよ?」

「あ、ありがとうございます!」

 何も知らないその表情に、陽斗はずきりと胸が痛む心地がした。

 こんなに近くにいて、触れ合える距離なのに。想いは確かにこの胸にあって、彼女は確かにキヌなのに……想いを告げることもできない。彼女が思い出してくれることもない。せっかく再会できたというのに。

 詰め寄ってもよかったのかもしれない。自分と彼女の前世の話を語って聞かせることだって、できるはずだ。だが、そんなことをしたって何になる? 彼女が思い出してくれる保証もないというのに。それどころか、急に迫られたら嫌悪を抱かれるかもしれない。それが怖かったのだ。

 陽斗は彼女の手を引くこともできないまま、こちらです、と坂を登っていく。女性は白衣の中はラフな格好をしていた。おそらく白衣は身分か何かの都合なのだろう。白衣というと真っ先に病院が浮かんでくるが、今彼女と向かっているのは高校。陽斗は少しわけがわからなかった。

 そんな陽斗の不審を読み取ったのか、彼女が口を開く。

「私、この春からこの島の高校に転勤になったんです。まあ、色々とありまして……と、ここからは君に話すような内容ではないかしら」

 はぐらかすようにそう告げて、彼女は口を閉じた。教師という目測は一応合っていたらしい。ただ確かにこんな辺鄙な場所に飛ばされるとはただ事ではない。陽斗は父のことを思い出した。

「本土からいらしたんですか。大変ですね」

「いえ……何度かここの島の人に遭遇したけれど、みんないい人たちばかりよ」

 それは確かに、と陽斗は頷いた。ここの人たちは基本的にお人好しだ。そのおかげで陽斗の一家も今ではもうここにすっかり馴染むことができている。

「慣れたら住み心地がいいですよ」

「あら、君も外から来たクチなのかしら」

「まあ、色々あって」

 意趣返しのようにそう返す。ただ、ここに田島一家が来たのはまだ陽斗が生まれる前だったが。

「ところで君はもしかして学生さん? 見たところそれくらいに見えるけど」

「そうですね。明後日から晴れて高校生です」

 少し無愛想になるのを抑えながら返すと、あら、と彼女は言った。

「それなら学校で会う機会もあるかもしれないわね」

「そうですね」

「……なんか君、怒ってない?」

 そう指摘され、思わずぎくりと固まってしまった。怒ってなんていないつもりだが、やるせなさが表に出てしまっているのだろう。

「なんでもないですよ。ほら、着きました」

 彼女の意識を逸らすように言うと、自分は目的だった校舎を見ることなく、歯噛みした。

 自分は覚えていても、彼女は覚えていないのか。それで、あのときの約束は、果たせたことになるのだろうか。

 仕事だから、と校舎に向かって歩いていく彼女をまともに直視できないまま、陽斗は軽く手だけ振った。



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