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黄昏の約束  作者: 原作:水音/著:九JACK
現代絶海の孤島にて
6/20

再会

「陽斗、遅かったじゃない」

 母がぷんすかと怒って居間で待っていた。怒っているが、朝食を温め直そうと動いている辺り、愛されていると思う。

「ごめんごめん、なんか夢を見てさ」

「あなたが夢なんて今更珍しくもないけれど、明後日から学校が始まる人の生活リズムとしては問題があるわよ」

 母の発言に、陽斗はおどけた調子で「おお、耳が痛い」と肩を竦めた。

「明日から気をつけるよ。目覚ましかければ大丈夫かな」

「そうね。夢を見るということは眠りが浅い証拠だから、目覚ましで起きられるんじゃない? ……意識があまり眠っていないというのも心配だけれど」

 母の言葉に陽斗はふ、と苦笑をこぼした。心配症な母だ。陽斗の体を常に気遣っている。陽斗の体が弱いのを知っているのだ。今着ているカーディガンも母が買ってくれたものだ。

 昔から病弱な陽斗。喘息も持っている。薬で抑えられてはいるが、ふとした拍子に発作を起こす。ここが孤島なものだから、医療設備がそんなに整っているわけでもなく、陽斗の病弱な性質は両親を悩ませた。そのことについては、陽斗も申し訳ないと思っている。自分ではどうしようもないとわかってはいるが。

 母が朝食を温め直す間、ふと考えた。……もしかして、この病弱は、前世でキヌに寿命を分け与えた余波だろうか、と。こうして前世を今思い出したことも、何かの巡り合わせなのではないか。

 けれど、キヌと契約しなかったら、悪魔ヨウは大変に後悔しただろう。そもそも、キヌと出会っていなかったら、現在の自分「田島陽斗」は存在しないのである。

 体質のことが、もし前世に起因するのだとしても、時間は巻き戻せないし、第一、陽斗はあのとき悪魔ヨウとして執った行動を後悔していない。一人の命を僅かながらに救った、と思えば、なんてことはなかった。

 こほ、と小さい咳をして、窓の外に広がる海を眺めた。白い砂浜、青く透き通る海。いい景色だなぁ、贅沢だなぁ、と思う。悪魔のまま、キヌを救わないままだったなら、普通の悪魔と同じ道を歩み、こんな綺麗な世界には生きられなかっただろう、と断じる。

 そんな物思いに耽っていると、朝食がテーブルに出てきた。それを見、思わず目元をひくつかせ、ぎこちない笑みを浮かべる。

「朝から肉ですか……」

 陽斗の前には鉄板に乗せられたステーキ肉が横たわっていた。白米と海蘊の味噌汁は健康的に見えるが、朝からどーんと軽く二百グラムはありそうなステーキを目の前に出されるとは……なんだか見ただけでお腹いっぱいである。

 しかし、母は言う。

「成長期の男の子なんだから、ちゃんとしっかり食べなさい。そうしたらきっと病弱なのも治るわ」

「そういう問題かなぁ……」

 陽斗は首を傾げたが、食べ物を粗末にしてはいけない、ということでいただきます、と手を合わせた。


 食べるには食べたが、昼食は絶対胃袋に入らないだろう、と予期しながら、陽斗はごちそうさまでした、と唱えた。

 それから鞄に財布を持って、外に出る準備をした。体が弱いからといって、全く運動をしないのも体に良くない。だから、毎日一時間ほど、島の探索も兼ねて、散歩をするのだ。

 母がその様子を見て、陽斗の頭にぽすんと麦わら帽子を被せてきた。いつものことだ。紫外線に気をつけなさい、日焼けなんてするんじゃないわよ……自分は女子か、と思いつつ、陽斗は母の注意を聞き流す。

 今日は高校の方まで行こうと考えていた。さすがに、下見もなしに入学というのはどうかと思ったからだ。

 方向音痴というわけでもないが、通学路を覚えておくのもいいだろう、と陽斗は考えていた。

 電子時計は午前十一時を指している。昼時だから、人通りの少なくていいだろう。……とはいえ、この小さい島に住む人など少ないのだが。

 陽斗は一人の時間を好んだ。どこかの誰かが「小説家とは孤独な生き物だ」といったのが、なんとなく頭に貼りついているのだろう。

 だからといって、陽斗は他の島民を蔑ろにするわけではない。ただ、ちょっと話が長引くと、体調に支障をきたすから控えているのである。

「いってきます」

「いってらっしゃい。何かあったら連絡寄越すのよ」

「はぁい」

 心配症の母が本土にまで行って契約を結んだ携帯電話をポケットの中に確認すると、陽斗は光射す外へ出た。


 母の麦わら帽子は大いに役に立った。今日は一段と日射しが強い。陽斗がそのままで行ったのなら、途中でへばっていたかもしれない。

 学校へ続く白い壁のような長い坂の手前で、陽斗は一度立ち止まり、水分補給をした。油断すると熱中症になるから、といつも麦茶を持ち歩いている。

 水筒のお茶を一口啜り、ふう、と息を吐くと、陽斗の視界の隅にある人物が目に留まった。栗色の髪を高く括った女性だ。さっきからうんうんと何かを悩んでいる様子だった。服装はぱっと見白衣、しかも長袖だ。見ない顔だな、と思ったので、観光客が道に迷ったのだろう、と親切心で陽斗は声をかけた。

「あのぅ、お困りですか?」

 その女性がぱっと振り向く。そこで陽斗は息を呑んだ。

 直感的に陽斗には──ヨウにはわかったのだ。その人物が誰か。

「ああ、この島の方ですか?」

 そう振り向いた彼女の面差しは約束を交わしたあの少女によく似ていた。

 陽斗は確信する。

 この人はキヌの生まれ変わりだ──



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