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黄昏の約束  作者: 原作:水音/著:九JACK
現代絶海の孤島にて
5/20

目覚め




 ここから新章です。





 ──田島(たじま)陽斗(ようと)は目を覚ました。

 梁が剥き出しな木造の天井、仄かに香る海の潮。その香に釣られてやってきたざざぁ、という寄せては返す波の音。そんなどこか穏やかな空間に陽斗はいた。

 ぼんやりとした思考が次第に明瞭になっていく。それと共についさっきまで見ていた夢──と称するには些か生々しい、()()()()()も明確に陽斗の思考に訴えかけてくる。

「愛し君……名をばその柔肌のよう……黄昏の約束」

 ぼんやりと陽斗はそう呟いていた。否、陽斗とは人間に成るにあたって与えられた仮の名、真の名──人間は前世と称するであろう彼の名前はヨウ。キヌという少女を禁忌の術によって救い、あの日の黄昏の約束を果たすべく、輪廻世界を彷徨し、艱難辛苦を乗り越えて、ようやく人間道への道に着くことを許された悪魔であった。

 勿論の心配事であるが、ヨウという前世が覚醒したことによって、これまで人間として生活してきた「田島陽斗」という少年が別人になったり、二重人格になったりなどという奇っ怪な現象は起こらなかった。六道輪廻は地獄道も巡った精神である。そうやわにはできていない。

 まあ、つまり、陽斗は陽斗としてヨウであった事実を認知したのだ。だが、それで「田島陽斗」としてこれまで生きてきた人生が変わるわけではない。変わった心境はといえば、「漸く人間になれた」ということくらいか。

 当然ながら、今日この日、本土から程遠いこの孤島で暮らしていることに何の疑念もなかった。前世はヨウにちがいないが、今世は陽斗なのだから、陽斗の記憶が存在していた。

 陽斗は幼少より、この孤島に暮らしている。こんな絶海の孤島といっても過言ではない僻地にいる理由は確か、そうだ、父親の都合だ。父は本土の昔は江戸と呼ばれた場所で会社に奉公していたのだが、あるとき、会社の運営費の横領というあらぬ疑いをかけられ、首をいつ飛ばされてもおかしくない状況に至った。しかしただでは転ばないのが知らぬとはいえ元悪魔の子どもを持つことになる定めの星の下に生まれたからか、陽斗の父は自分に降りかかった疑念を晴らすついでに、真犯人を暴き出し、大衆の目、日の下に晒したのだ。

 本来ならその功績は称えられるべきなのだが、父は管理の行き届いていない自分の会社に愛想を尽かし、ほとんど何もないような孤島に妻を連れてやってきたのだとか。

 最初は働き口の宛てなんてなく、困っていた両親は貯金を切り崩しながら、陽斗を産んだという。ただ、思いもかけず、ふと父が島民にこぼした会社での活劇のような語りが面白いと評判になったらしく、その話をイベントで子どもたちにも面白おかしく語って聞かせてほしい、と依頼され、イベントのたびに出る謝礼金とそこから打ち解けたご近所付き合いにより、生活が成り立つようになった。父は話上手なのか、同じ話ばかりなのに、聞いていて飽きが来ず、島民の子どもから一躍人気者になった。ピンチから大逆転をしたそのさまがヒーローのようにも見えたのだろう、と陽斗は考えている。

 そんな強かな父と堅実な母に育てられた陽斗は、確かこの春──本土から見ると一年中夏にしか思えない──に高校生になった。

 といっても、まだ入学式は行われていないため、新しい高校は目にしていない。といっても狭い島内、どこにあるかはわかっている。

 島にある唯一の高校に陽斗は進学することを決めていた。母には島の外に出てもいい、と言われたが、島の外で自分が生きている姿というのがいまいちぴんと来なかったのだ。

 陽斗は元々あまり体が強くないため、男仕事には向かない、とは感じていた。だが、昔の父のように本土の会社に奉公しようとは思わなかった。父のように有象無象に絡まれるのは勘弁願いたい。

 そこで陽斗がなんとなく思いついたのが、小説を書く、という仕事だ。まあ、それも本土のどこどこ社とかいうところにお世話になることになるのだろうが、あまり生活に干渉がなく、良いのではないか、と考えていた。無意識のうちに、話し上手の父に憧れていたのかもしれない。

 と、前世の次は人間となってからの生を振り返り、陽斗は寝っ転がっていたベッドから起き上がり、一つ伸びをした。傍らのカーテンを開けると、近くの白い砂浜で子どもたちが元気に走り回っているのが見えた。実に健康的だ、と些か子どもじみていない感想を抱きながら、陽斗はベッドから降りた。外の子どもたちは半袖を着ているが陽斗はベッドの傍らに畳まれたカーディガンを丁寧に開いて羽織った。体の弱い陽斗は、あまり寒暖の感覚がない。どちらかというと、寒いと思っている時間が長い。故に、いつもカーディガンを羽織っていた。

 電子時計を見ると、表示は十時にほど近い。寝過ごしてしまったな、と思いつつ、遅い朝食のために、陽斗は居間に向かった。



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