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黄昏の約束  作者: 原作:水音/著:九JACK
現代絶海の孤島にて
13/20

衣川明

 保健室を出て、衣川ははあ、と溜め息を吐く。すると、戸を閉めた亜希が「お疲れですか?」と訊ねてきた。

 衣川は喉まで出かけた言葉をぐ、と飲み込んだ。

 あんたのせいだろ──

 胸に焼けつくような痛みを覚えると共に、衣川の脳裏によぎる光景がある。

「この痛みは永劫に……黄昏の約束」

 薬指の先が痛くなるのだ。それと共に瞬くのは、彼がかつて「()()」という少女であった映像。悪魔であったヨウと約束を交わしたときの記憶だ。

 衣川は物心ついてから、何度も不思議な夢を見た。夢の中で自分は「キヌ」という女の子で、病を患っていて、ある日現れた悪魔と名乗る少年ヨウに救われる。その黄昏時に契約を交わし、人間になったら会おうという約束をする、という夢だ。年を重ねるにつれて、夢は明瞭になっていき、現実だったのではないか、と衣川に錯覚させるほどにまでなった。

 そんな衣川が高校生になってから、衝撃的な出会いが二度あった。

 一度目が、副担任として紹介された、今傍らを歩く木原亜希。感覚的に衣川は「自分の見ている(きおく)はこの人のものだ」と察した。つまり、亜希こそが夢の中のキヌという少女の生まれ変わりである、と。

 もう一つは、偶然隣の席になった田島陽斗という存在。彼と出会ったときは亜希に遭遇したとき以上の衝撃を覚えた。──彼こそが夢の中で恋慕していた悪魔の「ヨウ」である、と。

 しかし、運命というのは残酷なもので、ヨウであった陽斗はキヌであった亜希に焦がれており、キヌの記憶を持つ衣川のことは友人程度にしか思っていないのだ。──衣川はこんなにも、陽斗を思っているのに。

 最初は記憶に感化されたものだろうから、すぐ消え去るはずだ、とその感情を放っておいた。なんとなく、キヌであるべき亜希が近くに来たことによって、衣川の持つ記憶が亜希に戻るのだろうとわかったからだ。

 だが、病室の窓から何度も何度も追いかけた記憶は、なかなか消えてくれない。ヨウに抱いた恋慕の感情が衣川の中から消え去ってくれないのだ。

 だから、衣川はいつの間にか陽斗の傍らに居場所を探して、陽斗に恋い焦がれるようになった。けれど、そこには大きな壁が存在した。決して相思相愛にはなれないという宿命(さだめ)。そして──

 男同士であるという、性別の隔たり。

 何故自分が少女であったキヌの記憶を持っているのかわからない。ただ、人のいないところで、衣川は密かに涙に暮れていた。なんで自分ではなく、亜希なのだ、と。

 俺はこんなにも陽斗のことが好きなのに──

 陽斗に迷惑をかけるだけだから、言わないでいるが。

 衣川は全くわかっていない当事者──亜希を睨んだ。亜希はやはり何も知らないような顔で、きょとんと衣川を見つめる。

 衣川は吐き捨てるように宣告した。

「あんたがあいつを苦しめるなら、俺はどんな罪を犯してでも、あいつをあんたから奪ってやる……!」

「え……」

 やはり、亜希は意味がわからないようだったが、衣川はそれ以上は語らなかった。

 きっと、記憶があろうとなかろうと、陽斗が選ぶのは衣川だと知っているから。

 むしゃくしゃした気分のまま、教室に辿り着く。すると一変、険しい表情などなかったかのように、衣川はへらりと笑って、「先生連れてきたぜー」とクラスメイトに呼び掛けた。

 亜希はそんな衣川の変化を不思議に思いながら、教壇に上がった。更に不思議なことに、黒板には地図がセットされていた。陽斗の様子がおかしくなってから資料室に放っておいたはずなのに……

 もしかして、衣川がやったのだろうか、と思って衣川の席を見ると、衣川は窓の向こうを見つめて、目を合わせようとしなかった。

 目の敵にしているような発言をしていたのに、気難しい子だなぁ、と思いつつ、亜希は授業を始めた。



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