親友
願っただけで叶うのなら、人は神なんて望まないし、悪魔すらも望まないであろう。それは悪魔だったヨウがよく知っていることだ。
日々は恙無く進んでいく。自分を置き去りに。──キヌこと木原亜希に思い出してもらえない日々が続くが、それでも日は昇り、沈む。残酷なことだと思う。
そんな鬱屈とした陽斗の日々の中で、唯一、憂鬱が取り払われる時間が存在した。
「よう、田島。今日もしみったれた顔してんな」
「余計なお世話だ」
隣人となってから久しく付き合いの続いている衣川との時間だ。どういう巡り合わせなのか、席替えをしても、隣を見ると衣川がいる。これが三回ほど続いたのだから、もはや腐れ縁でもあるとしか言い様がないだろう。
衣川はずけずけとした物言いが最初は気になったものだが、慣れとは恐ろしいもので、慣れてしまうとなんてことはないような気がしてくるもので、陽斗は衣川を善き隣人として心の中で受け入れていた。
亜希の一向に思い出さない様子について悩むばかりの日々だが、衣川と話していると、そのときばかりは心の支えが取れたような気がするのだ。
人間は親友という交友関係の中でも特別な存在を持つことがあるらしいがもしかしたら陽斗にとっては、衣川がそれに該当するのかもしれない。
元々、病弱である故、友人などできるとも思っていなかったのだ。だから、衣川の存在はちょっと嬉しい。
だから、少しだけれど、悪魔のヨウとしての「キヌ」への執着心を忘れることができるのだ。
そんな、ある日のこと。
「たーじま!」
後ろから抱きついてきた体温にちょっと不機嫌気味に応じる。
「なんだよ? 衣川」
「お前さあ、いつになったら木原先生に告白すんの?」
「こくっ──!?」
衣川の言葉に身体中の熱が顔に集中するのがわかった。その中には羞恥と、少しの憤怒が含まれていた。
「ちょ、おま、お前が『教師と生徒の恋愛なんて〜』とか言い出したくせになんだよ一体?」
「だってよ、いつまで経っても、お前、諦めないじゃん」
ぐぬ、と言葉に詰まった。返す言葉がない。陽斗は気がつくと亜希の一挙手一投足を追い、その裏側でこちらを向いてくれはしないだろうか、などと考えているのである。
入学してから数ヶ月が経つが、「キヌと黄昏の約束を果たす」ことへの執着が途切れることはなかった。生まれ変わったキヌ──亜希も愛しいのだ。キヌのときより年齢が上であるから、大人びた雰囲気を纏っていて美しいと感じる。一纏めに上で括った髪から時折覗く項もあの頃と変わらぬ絹肌を感じさせる。
「っておい、項とか変態じみてるぞ」
「え、衣川がなんでそんなことを」
「全部口に出てたぜ? 恥ずかしいやつ」
「な、な!?」
恥ずかしいとかもうそういうレベルじゃない。明治の少し前なら「腹切り」レベルのものだ。
「いや、腹切りって大袈裟だな」
「それくらい恥じ入っているんだよ!」
「まあ、存分に伝わっているが……」
そういえば、衣川は抱きついたままだった。陽斗が慌てて振り払おうとわちゃわちゃする。だが、衣川の力は強い。病弱な陽斗では敵いっこないのだ。
「離せってば、恥ずかしい。いつまで抱きついてんだよ」
「釣れないなあ、友達同士のスキンシップってやつじゃあないか」
「過剰だ」
「うわ、意外とばっさり斬られた」
と、ショボくれつつ、陽斗から離れない。陽斗は呆れつつ、引き剥がそうとすると、衣川は何やらぶつくさとはっきり聞こえないくらいの声で何やら呟いていた。
「おい、なんだよ?」
「……別に、気にすんな!」
そう朗らかに笑う衣川だったが、陽斗は気になった。
なんだか衣川、無理して笑っているように見える。
いつもの底抜けの明るさが、丁度夜の街灯くらいの仄暗さになったようで、不安になった。
そこで陽斗は思う。衣川も自分のように──前世がどうのというレベルではないだろうが──何か抱えているんじゃないか、と。
それなら、そういうのを受け止めてこそ、親友というやつじゃないのか。
「本当に大丈夫か?」
そう問うと、衣川はいつものようにけらけらと笑った。
「大丈夫だよ。お前の方が心配だっつの」