チュートリアル8
テンリとトーカによる対階層ボス戦が始まった。
「二つ首の竜には羽があるから──」
「エアステップも確実に必要だね」
二人はトッププレイヤーでさえもなかなか到達できないような速度で走りながら、ボスの外見を観察してその攻撃パターンを読んでいた。
「あとまず間違いなくブレス攻撃ありだろう」
「そうだね」
「あとは硬さだけど……」
テンリはそこまで言ってそこからさらに加速。手に持つ《イーター》で加速して背後に回り、尻尾を斬り裂く。
「「グギャァァ!」」
ツイン・ヘル・ドラゴンが声を出すのを確認しながらテンリはすぐに後ろへと飛ぶ。
ボス戦での必要な戦術は数が少ない場合ヒットアンドアウェイだ。
テンリはレベルは高いもののどちらかと言えば攻撃力にステータスを振っているので、その状況で重い一発を食らえば死ぬ可能性もある。
トーカも似たようなタイプであるので一度斬りつけてすぐに下がる。
そしてできる限り相手の死角に入るようにして二人は並ぶと打ち合わせをする。
「どうだ?」
「うん、斬れないことはないよ。この剣のおかげかな?」
トーカが《エンジェルピナ》に触れてそう言う。
「そうか、なら基本的にはそっちはそれを繰り返してくれ。俺が弱点を探すから」
「……わかった」
「じゃ、よろしく」
お互いに短い言葉で会話を終えると再度動き出す。
これは互いに互いの力を信頼しているからこそできることだ。
だがトーカには疑問があった。
(いったいどうやって弱点なんて発見するんだろう?)
この迷宮のモンスターたちは、25階層まではすべてにHPが表示されており、どこに攻撃すればどれくらいダメージを減らすことができるのかというのが分かっていたのだが、これが26層以降、すべてのモンスターのHP表示がなくなってしまったのだ。
そのせいで一時期現れた《セカンドリヴゾンビ》という一度完全に行動停止した後に、もう一度動き出して敵を襲うというモンスターが現れて、HP表示が見えないせいで死んでいるのかわからず不用意に近づいたプレイヤーが被害にあって死ぬということがあったのだ。
もちろんそれもひどい事件ではあったが、もう一つあったのは派手に痛がるそぶりを見せておきながら実はそこが一番硬くて倒すのが難しいという《ゴーレム800》だ。
このゴーレムは中心に宝石部分があって、そこを攻撃すると大声で痛がるそぶりを見せるのだが、字はそれこそがHPが見えないことを利用した罠で、そこをどんなに攻撃してもHPは1ずつしか減らないという最悪っぷりなのだ。
そういうこともあってHPが見えない現状で相手の弱点を探すというのはこのゲームの悪質とも呼べるような性質上非常に困難と言える。
そんな中でテンリは弱点を見つけると言ったのだから、トーカとしては疑問しかない。
だが、テンリというプレイヤーはトーカがこの仮想世界の住人になってからこれまで出会ってきたどんな人物よりも速く、強い存在だ。
(だからきっと大丈夫なんだろうなぁ)
そんなことを思いながらトーカは相手の死角に入るながら徹底的に攻撃していくのだった。
対してトーカからかなりの評価を受けている当のテンリはというと──
「……チッ」
テンリは赤い竜の方の首を切ってみるものの、特に効果はないと判断して次の場所に移る。
トーカが言っていた弱点は見つけるのが難しいという話は事実なのだが、実はこれには続きがあることをテンリは知っている。それは──
(──敵は弱点を攻撃されたり、攻撃されそうになったりすると必ず防御姿勢に入るってこと)
これは初めてVRMMORPGというゲームを作った製作者が、その後に各ゲーム会社に渡したVRMMORPGのフィールドを創り出すためのプログラムパッケージが存在し、それを使っているゲームならすべてがその通りにプログラムされるようになっていることから言えることだ。
他にも目線から攻撃位置を予測できたり、変に体に力を加えると硬直して動けなくなる時があったりといった部分なども他のゲームと共通している部分は多い。
特に最後の変に身体に力を加えようとして硬直するものに関しては、プレイヤースキルを試す部分ではあるものの、このデスゲーム中では最悪の要素であったとテンリは思う。
人間は逃げようとするときにそう簡単に自分の身体を正しく扱えないものだ。
そんななかで身体の動かし方の不手際で硬直を強いられるというのはまさに凶悪で、すでに何人もがこれで犠牲になっているという。
ともあれこのような様々な共通点がVRMMOには存在し、そしてそれは《エアライズ・オンライン》も同様だ。
それ故にテンリはそこを突いて弱点を探ろうとしているのだ。
(……まあ、弱点がないモンスターもいるから。確実に見つけられるわけじゃないけど)
それでもゲームを攻略するためにはなんだってやるべきだろうと思って行動する。
それに──
(──トーカが協力してくれるおかげで敵のヘイトが完全にこちらによって来ていない分かなり楽に戦えるなぁ)
テンリは改めてトーカの存在の大きさを感じていた。
というのも、テンリが一人でボスと戦っていた時はいつもボスモンスターの攻撃の的になっているために、それを回避するだけでもかなりの時間を要してしまうのだ。
それが今、トーカが加わったことによってダメージを与える人間が二人になり、二つ首の竜がどちらをターゲットにするかやや混乱している。
(まあそれも、トーカの実力が抜きんでているからなんだけど)
普通のプレイヤーならあっさりと攻撃を食らうであろうところで見事に回避しているトーカを見ながら思わず笑みがこぼれるテンリ。
(俺も負けないように頑張らないとな)
自分が笑っているということにテンリは気がつかないまま、しかしそれでも高い集中力のギアをさらに一段上げて、もう一度目の前に立ちはだかる敵に意識を向けるのだった。
◇◆◇◆◇
そこからの展開はほぼ一定だった。
トーカができる限り相手の死角から攻撃を繰り出してダメージを与え、テンリがモンスターの様々な場所を攻撃してその一挙手一投足を逃さないようにつぶさに観察する。
それだけでもかなりの時間をかけており、その間に与えたダメージは確実に相手を削っている。
また、時間をかければかけるほど集中力というのは減少していくものだが、同時にメリットもあって。
赤い首の竜が口を大きく開けて一時的にのけぞるモーションをすると、
「赤、ブレス!」
「おっけ!」
トーカが背後からテンリに指示を出して、青い首の竜の近くにいて赤い首の動きが良く見えなかったテンリがすぐさまその場から退避する。──と同時に広範囲に火炎放射を朱い首の竜が放つ。
「さんきゅ。尻尾薙ぎ払い来るぞ」
「分かってるよ!」
火炎放射をトーカの知らせによって躱したテンリが今度はトーカに相手の攻撃モーションを伝えることによって、トーカが今度は危機を脱する。
このように長時間戦えばプログラムで構成されているためにどうしても行動に統一性のあるモンスターの情報は時間をかけるほどに手に入れることができるようになるのだ。
さらに、やはりというべきか二人のプレイヤースキルが非常に高いからだろうが、その指示を受けた瞬間にどこに動けばいいかというのをすぐに理解、行動しているおかげか、最初に広範囲攻撃を出されて以降まるでダメージを受けることなく行動することができている。
だが、もちろんうまくいっていないこともある。
テンリはそのうまくいかないことについて内心いらだちをもっていた。
というのも──
(──弱点が未だに確認できないなんて、ホント厄介だな……)
ここまでテンリはひたすらにあらゆる箇所を攻撃しているのだが、どれもがあまり効果がないのだ。
(あと攻撃していない場所と言えばあの二又の首のちょうど付け根部分だけど……)
もちろんそんな場所に簡単に行けるわけもない。
ならば弱点がないと判断して攻撃した方がいいのだろうかというとそうでもない。
テンリにはここまでの戦闘で違和感があるのだ。
それは、実はここまでツイン・ヘル・ドラゴンはその大きな翼を持ちながらあまり高く飛んでいないということ。
(このバトルフィールドはかなり天井が高く設定されているから確実に空高く飛ぶタイミングがやってくる)
そうなったときに、もしもより大きな広範囲技が発動されて、それがエアステップで回避するのが困難であった場合を考えると……
テンリはその後の最悪な展開を予想して苦笑して思う。
──ホント、このゲームは悪質だ。
プレイヤーを騙し、欺き、陥れるための要素が多分に含まれていて、仮想でありながら現実で生活しているかのような世の中の理不尽さや悪辣さを感じさせる。
もしかすればこれこそがデスゲームの神髄なのかもしれないと最近のテンリは思っているくらいだ。
でも、とテンリはそのネガティブな思考の中に否定を打ち込む。
テンリは長時間戦闘によって低下し始めた集中を再度ネジを締めるように引き締めると、チラリと今も思わず感嘆の声が出てしまうほどの動きで相手に肉薄して一気に四つの斬撃をお見舞いしたトーカに視線を送る。
その藤色の女騎士はこんな世界を楽しんでいた。
その証拠にいまこのギリギリの戦いを演じながらトーカは笑っている。
こんなある意味クソゲーともいえる死のゲームで笑える人間もいるのだという事実が、テンリに一つの確固たる意志を持たせた。
このゲームに罪はない。あるのはただこのゲームに悪辣さや本人たちの強欲な理不尽を植え付けた人間たちだ。
だから──
(だから、そんな大馬鹿野郎どもにこのゲームを愛している人間をやらせはしない)
そんな意志のもとにテンリはここに来て最大の賭けともいえる行動に出た。
◇◆◇◆◇
黒髪黒目のテンリというプレイヤーの、今もこのモンスターのブレスのうちの一つである、散弾銃のようなブレス攻撃をすべて紙一重でかわしてそのまま突き進むという神業という言葉すら生ぬるい素晴らしい動きに、トーカは畏怖などはなく、ただ純粋に感動を覚えていた。
ここまで一定の攻撃パターンをしてきているツイン・ヘル・ドラゴンを相手に時にエアステップを操りながら、まさに縦横無尽に敵を翻弄していくテンリの動きはもはやゲームになれているというよりもまるでこんな戦闘を何度も繰り返してきたかのような落ち着きがある。
なにより──
(あのすべてを見抜くかのような眼……)
普段はただの子供のような印象があるだけに、戦闘時に見せるその苛烈な黒い瞳は、その、それだけでくるものがあるのだ。
トーカの人生経験上、これほどのギャップがある人間というのもそうはいないかった。特に仮想世界では感情表現がややオーバーになるところがあるとはいえ、それでも無邪気ないたずらっ子と鬼神のごとき戦闘を行うというのはあまりにもかみ合わない。
────テンリのことが知りたい。
ここ最近、ちょっとした理由からテンリとともに行動することになって以降どんどんとこの気持ちが大きくなっていくことをトーカは感じていた。
あれだけの力を何故手に入れることができたのか。
なぜ《断罪者》としてあれほど無理をしているのか。
なぜ負けた自分を受け入れてくれたのか。
そんなことばかりがぐるぐるとめぐっていき──
(現実のキミは一体どんな人なんだろうか)
そこまでいって、トーカの思考は凍結する。
トーカにとってそこから先を知りたいと思うことはタブーだ。
なぜならトーカにとってそこには地獄しか待っていないのだから。
でも──
ここに来て、これまでヒットアンドアウェイを繰り返していたテンリの動きが変わった。
散弾銃のようなブレスを突破したテンリが、回避をするために常に一歩引いていたところからさらにもう一歩踏み込んだのだ。
そして手に持つ《断罪者》としての象徴とも呼べる剣には鮮やかなオレンジ色のライトエフェクト。
このタイミングで技後の硬直を強いられるアビリティを発動するという意図がまるで読めなかったが、あのオレンジ色の雷が刀身に走る光景はトーカも見たことがある。
その技はこのゲームではほとんど使い手のいない技であり、名前は──
(──《魔法剣》)
言葉だけでもその技がどういうものか分かるが、簡潔に述べれば《魔法剣》は魔法を武器に纏わせて攻撃するアビリティの中でも大技中の大技だ。
この《魔法剣》だが、実はゲーマーたちは誰もがこれをやろうとして、この技を発動できるようになるまでの道のりの長さに苦労してしまうものが多かったりする技だ。
というのも、この《魔法剣》は他のVRMMORPGでも取り入れられているものの、そのほとんどが条件としてまず剣や槍などの武器装備系のスキルと魔法系統のスキルを熟練度800まで上げなければいけないように設定されており、通常のプレイヤーがそこに到達することはまずないと言っていい。
なぜなら熟練度800というのは一日三時間ほど同じゲームをやって、仮にずっと熟練度が上昇し続けるものだと仮定しても、上昇させるのに一年以上かかるのだ。
さらに通常のVRMMORPGではデスペナルティとして熟練度減少を設定しているものも多く、それも合わせれば余計に難しいことがわかる。
これに加えて普通は剣や槍などの武器を扱うのと遠距離攻撃の魔法を扱うのでは戦闘スタイルもまるで異なるため、この両方を上げるとなればそれはそれは難しいのだ。
天は二物を与えずとは言うが、この《魔法剣》はその二物が必要であるというのだから恐ろしい。
そんな技をテンリは今発動しようとしている。
それはとてつもない苦労と苦痛の果てに手に入れた力であるからだろうか、とても美しく感じた。
そしておそらくそれほどの難易度をもって発動される《魔法剣》の威力は通常のアビリティなどとは比べるべくもない程の威力を秘めているのだろう。
だが一つトーカには疑問があった。
(────本当にそれだけで倒せるの?)
ボスというのはえてしてHPの数値が非常なレベルで大きいものだ。だからこそソロなどでは無茶、無謀なのである。
そんな相手に、今だ攻撃パターンがまるで変っていない状態で一つのアビリティを発動した程度で勝つことなのできるのだろうかと言えば疑問が残る。
そんな一抹の不安を心に残しながらトーカはテンリの《魔法剣》を見つめる。
橙色に輝く雷の剣が、流れるように敵を斬り裂いていく、その連撃の数は八。
稲妻のごとくその八つの斬撃がツイン・ヘル・ドラゴンを襲い、のけぞらせることに成功した。
しかし──
(たお、れない……)
HPが表示されなくなって以降、モンスターたちは倒れるときにそれぞれがそれぞれに特徴的な行動を伴って倒れて、最終的に光のかけらとなって消え去るようになった。
だからこそ一度倒れたふりをしてもう一度起き上がるというセカンドリブゾンビのだまし討ちがプレイヤーに被害をもたらしたわけで、ここにもこのゲームの悪辣さが垣間見える。
が、それでも倒れるときはだいぶわかりやすいものが多く、例としてはゴーレム系統は倒れる瞬間に身体を構成する鉱物が崩壊していくような見た目になる。
今回の竜であれば、おそらくは肉を立たれて倒れるような光景が映るだろうが、今はそれがない。
つまりは体力を削り切れなかったということだ。
そしてそれは大きなピンチを生む。
アビリティの中でも超高火力な《魔法剣》は威力が高い分その後の硬直時間が長いのだ。
このままではテンリがまず間違いなく攻撃をもろに食らってしまう。
そう思ったトーカは急いで自分にヘイトがたまるように行動しようとして──固まった。
「…………え?」
剣を振り切ってやや斜め前傾姿勢になっているテンリの脚が淡く水色に光っているのだ。
そして次の瞬間、その淡く光る脚から放たれた蹴りがツイン・ヘル・ドラゴンを襲った。
────ああ、やっぱり、テンリくんのことが知りたいよ……
◇◆◇◆◇
テンリはこのVRMMORPGにおいて最も習得するのが難しい《魔法剣》のスキルの中でも熟練度750にならないと発動できない雷属性の八連続攻撃──《デュアルカルテット・ライトニング》を発動し、そしてその最後の攻撃が終了するタイミングに合わせて左足に意識を向けていた。
通常のアビリティだけでも八連撃というのは大きな硬直状態を強いられるわけだが、今回の技はそれ以上の大技であるために、通常よりも大きな隙を生んでしまう。
だが、ゲームというのはどうしても人間が作り出したプログラムによって成り立っているために、その穴を突けばそれだけで状況を一変させるようなものがある。
例えば──
(──この技の最後は左足を後ろにする形で剣を振り切る。そして、アビリティというのは概して体全てを使ってモーションを取らせているわけではない)
例えば剣によるアビリティを発動するときに、そのモーションが肩に剣を担ぐという形であるならば、下半身は特に指定がないということだ。蟹股でもいいし、内またでもいいし、何なら正座した状態でも発動自体は可能だ。
時々そんな阿呆な光景の動画がインターネットに投稿されたりしてそれで笑いを呼ぶことがあるが、今はそんなアホ画像のことなどどうでもよく、そのモーションの自由度というのが注目すべきポイントだ。
モーションが上半身、下半身に多少の自由度があるのなら、上半身での攻撃終わりに下半身をうまくアビリティ発動のモーションに切り替えることができれば、アビリティをつなげることができるということだ。
だがこの《アビリティをつなげる技術》というのはかなり難しいもので、言ってしまえば左手で”撃”という漢字を書くと同時に右手で”襲”とかくような難易度だ。
右と左でまるで違うものを命令する感覚と言えばいいそれは、出来る人間が限られているだけに非常に価値が高く、もしそんな技を発動できる人間がいるならそれぞれのVRMMOの大手ギルドに引く手あまたとなっているだろう。
それほど必殺技の連続というのは恐ろしい強さを秘めているのだ。
まあテンリ自身もこれをやってみようと思った理由はこの世界に来るきっかけとなったものから影響を多大に受けているからであり、魔王のスペックを使って何とかして作り出した技だったりする。おかげで知らずのうちに《並列思考》という異世界ファンタジーでは定番のスキルをリアルに獲得してしまったのは別の話だ。
ともあれ、これをやると決めたのはこの場には死なせたくない人がいるからであり、失敗は許されない。
そんな思いを秘めて《デュアルカルテット・ライトニング》を終える寸前に意識を左足に集中していき、剣を振り切ると同時に左足を《蹴闘術》という蹴り技主体の特殊なスキルのアビリティ発動モーションに切り替えた。
そして魔王のスペックフル活用で発動したのが水色の光を纏って放たれる蹴り──《嵐突》がドラゴンに思いきり決まった。
このアビリティは回し蹴りを身体をひねり続けながら計五回発動する非常に目が回る技だが、その分威力が高く、相手を大きく怯ませる効果もある。
そして事実その攻撃は見事に相手にダメージを与えて、最後のほぼかかと落としに近い上段からの回し蹴りを右足からかます。
──と同時に意識はすでに上半身に移行していく。
雷属性がかなり効いているのを確認していたテンリはすぐにそれに類する技を発動しようと意識を向ける。
足を振り下ろすと同時に下段に構えられる剣の位置を修正して次の技へつなげる。
そしてテンリの意識はこのあたりから完全に一点のみに集中していき──圧巻の攻撃が始まった。
放たれるのは様々な色の雷を纏った剣技と蹴り技の組み合わせ。
まるでそれが一つのアビリティではなかろうかというその流れるような攻撃に一切反撃の隙を相手に与えることなくどんどんとダメージを与えていく。
途中から赤い方が赤熱化、青い方は氷結化して要望さえも変わってしまったが、それすらも関係ないとばかりに攻撃し続ける。
これこそがこのVRゲームの極限の一つだと言わんばかりの攻撃に、ツイン・ヘル・ドラゴンは悲鳴にいた声を上げるも、テンリにはまるで聞こえていなかった。
そして相手の様子からこれが最後とばかりにテンリは最後の攻撃のためにもう一つ技をつなげようとする──……
「「グギャァァァァァァアアア!」」
「しまっ──」
──ところで最後の力とばかりにツイン・ヘル・ドラゴンが大きく空を飛びあがった。
一つ前の蹴り技がスキルをつなげるためのモーションの関係であまり怯ませる効果がなかったことから、そこの隙を突かれて逃げられてしまったのだ。
そして最後の悪あがきというのは存外恐ろしものだとテンリは知っている。
だからテンリは何としても止めたかったが、このアビリティをつなげる行為は一度中断してしまえばそれだけで大きな隙を生んでしまう。
それがこの行為をするときにテンリが賭けだと思ったところだ。
──このままではまずい。
テンリはここに来ての大ピンチに必死に思考を巡らせるが、その答えが出てくることはなかった。
(くそっ! 最後の最後でミスった!)
そんな思いだけがテンリの胸中をぐるぐると駆け巡り、赤と青の光を放つツイン・ヘル・ドラゴンを見上げながらその攻撃を待つことしかできないテンリは悔しそうに表情をゆがませた。
──瞬間、風が起きた。
ふと、テンリは驚く。
この風はなんだのだろうか?
こんなことは今何もできない自分には起こせない。
(……自分には、起こせない?)
そこまで言って気がついた。
そう、テンリには何もできない。
だが、ここにはテンリ以外にも頼りになる存在がいるのだ。
そしてその頼りになる存在は一直線に大技を放とうとしているツイン・ヘル・ドラゴンに接近し、あの空色のライトエフェクトが《エンジェルピナ》を包み込んでいた。
そして──
「ハアァァ!」
放たれるは十字架を創り出すように中央と端の四点への高速刺突。
そしてそこから袈裟、逆袈裟へと入って、そこで止まることなくすぐに水平切り。
さらにその水平切りの流れで身体を流しながら真下からの斬り上げ。
「ヤアァァア!」
そして最後に思いきり斬り上げた剣を振り下ろす、計十連続攻撃。
「……《リサージゼファー》」
このゲーム世界に入って未だ見たことがなかった十以上の連続攻撃を可能としたオリジナルアビリティにテンリは思わず見とれてしまった。
そしてテンリが気がついていた時には二又の竜は消滅していた。
第44層ボス──ツイン・ヘル・ドラゴン攻略完了。
だがテンリにとってはそんなことよりも、あの騎士の剣技を見れたことの方が、比べられないほどにうれしく感じられた。