チュートリアル7
今日から毎週ペースになりそうです
「うん、おいしかったな」
「うん、おいしかったね」
テンリとトーカはファイアコッコドラゴンを倒して得たコッコドラゴンの肉(赤)を堪能して満足そうな顔を浮かべていた。
「まさかファイアコッコドラゴンはスパイシーチキンみたいな感じだとは思わなかったよ」
「そうだね。それにドラゴンのお肉だけあったのか、さっぱるしてたけど旨味がギュッと濃縮されてる感じだったよね」
「ああ、確かに旨味は物凄かったな。それでいてあっさりというのもなかなか不思議な感じだけどな」
二人が食べたのはチキンカレーのようなものを含めた鶏肉に合う料理たちだ。もちろんトーカ作である。
どれもが美味しくて、やや食べ過ぎてしまったところが二人にはあったが、この仮想世界では実際に身体に食べ物を入れているわけでは無いので食べ過ぎても特に問題はない。
「そういえば、テンリくんは何かアイテムです欲しいなとかあるの?」
二人でしばらく料理の感想などを話し合っていたが、ふとトーカが話を変えてくる。
これは二人がパーティーを組むときにトーカが何かお礼をしたいというのでテンリが提案したことだ。
トーカの依頼がひと段落したので、じゃあ次はテンリの欲しいものという発想なのだろう。
テンリはその言葉に「あー」と考えるそぶりを見せてから、ちょっと控えめに答えた。
「……多分なんだけど、この層のボスを倒せば鉱石をゲットできる気がするんだよね」
「え?この層のボス?なんでそんなことわかるの?」
「えーと……」
テンリがものすごく気まずそうに視線を彷徨わせるので、トーカは一瞬怪訝な表情を見せるが、すぐに「あっ!」何かに気がついたように言う。
「もしかして……テンリくんはもうこの層のボスを発見してるの?」
「…………」
「し・て・る・の?」
「…………はい」
「……はぁ」
観念したように肯定するテンリにトーカは思わずため息をついてしまう。
「……そういえばテンリくんって一人で階層ボスを攻略したことがあるんだったね」
「ま、まあ、俺は余裕があるからな」
「…………」
「はい、すいません。ちょっとギリギリだったこともありますが、鉱石とかその他もろもろ欲しいものがありそうなやつはそんなこと構わずに戦ってました」
テンリはどうしてもトーカのジト目に弱いらしく、すぐに本当のことを言う。
このことにトーカは「なんだかボクがいじめてるみたいじゃん」と内心思いながらも、やや怒ったような口調で話す。
「あのね? この世界ではゲームオーバー=本当の死なんだよ? そんな状況でギリギリっていうのは命が本当に危ないってことなんだからね」
これはこのゲームに囚われた多くの人間にとっての常識だ。
だから基本的にはレベルをその階層で出てくるモンスターのレベルより10以上上になるようにして安全マージンを取って戦っているのだ。
しかも、レベル10以上であったとしてもソロプレイは非常に危険であり、ボスなんてものは基本的に一人で倒すようなものじゃ無い。
だから、テンリが単独で階層ボスを倒した時などはすごいというより狂っているという評価の方が多いし、一人でボスを倒した理由が「ボスがドロップするアイテムが欲しかった」などというのだから余計に狂っているとしか思えないだろう。
「全く……今後はちゃんとレイドを組んで行動するんだよ?」
《レイド》とはいくつかのパーティーを合体させた大きな集団であり、基本的にはボス攻略時はこのレイドを組んで行われる。
人数が多いぶん連携もやや取りづらくなるところもあるものの、人数が多いからこそ戦闘するものと回復に専念するものに分けて戦うことが出来るためメリットが大きいのだ。
トーカの目にはとてつもない心配が宿っていて、テンリもできればその忠告に従いたいし、従うべきなのだろうとも思ったが、
「いや、俺は必要だと思った時はソロで行くよ」
これだけは譲れないのだ。
自分だけ安全圏にいながら、他者の命を奪って力を得ているというのがテンリの現状で。
だからこそ、テンリは自分自身が誰よりも無理をすべきだと思っているし、それが命を奪ってきたものの責務だと思っている。
これは前の世界で魔王として過ごしてきたテンリがだした答えだ。
だから、何人たりともテンリの歩むと決めた道を止めることは許さない。
「……はぁ」
そんな意志のこもった眼をしていたからか、トーカは諦めたように本日2回目のため息をついた。
納得してはいないようだが、それでも許容してくれたのだろうとテンリはホッと一息つくが、しかし次のトーカの発言に固まった。
「……なら、ボクもついて行くから」
「は? いや、ちょっと待て」
トーカの言葉にテンリは慌てる。
何故なら今の発言は進んでいばらの道を歩み続けるテンリと同じ行動をするということなのだ。
そんなことは、脳をチンされても死なないテンリだからこそできることであり、普通の人間には不可能だ。
そのことを説明することは出来ないが、なんとか止めようとテンリは何かを喋ろうとしたが、テンリがトーカに先ほど向けたような強い意志のこもった眼をしてトーカは言った。
「テンリくんは1人で背負いすぎるところがあって放って置けないんだよね。それに、現状キミについて行けるのはボクだけだ。だから、少しでもキミの負担を減らせるように、ボクがキミについていくよ」
トーカの眼はやはり何を言っても曲げるつもりはないという意志が込められていた。
「……ああ、わかった」
その眼にはどうしても抗えないなぁと思いながらテンリはそれを受け入れる。トーカの目は一つ一つが真摯なのだ。これを無視できるほどテンリは無慈悲にはなれない。
「じゃあ、44層ボスを倒しに行くとしますか」
気楽そうにテンリはそう発言するのだった。
◇◆◇◆◇
階層ボスとは、空を奪った50階まである迷宮それぞれの守護者であり、その守護者を倒さなければ空に近づくことは叶わない、まさに《試練の相手》とも言える。
もしもこれがゲームであるならば、本当に試練の相手として見ることも出来るくらいに強いモンスターがいるが、デスゲームとなった《エアライズ・オンライン》ではただの死の象徴でしか無い。
だが、この階層ボスをもし倒すことが出来れば、それは解放への道を一歩すするだことにも繋がるために、この階層ボスを倒すために多くのプレイヤーたちが死の象徴を前にしながらも必死に勝とうともがき、そして本当に勝つことが出来たら大いなる栄誉を得ることにもなる。
事実この《エアライズ・オンライン》を攻略するために行動して、階層ボスを倒した人たちはかなり有名になったりする。
そんな、栄誉と死を併せ持つ階層ボスの攻略に、たった二人だけで挑もうとするアホどもがいた。
「ねえ、テンリくんはどうやってこの階層のボスを見つけたのさ?」
その一人である藤色の騎士──トーカが、44層の一角を歩きながら、やや先を行く漆黒と真紅のロングコートの剣士──テンリに質問してくる。
この《エアライズ・オンライン》の迷宮は25階層までは上階に繋がる道筋が分かるような構造になっていたのだが、途中から各フロアにいる階層ボスを倒すことによって、次の階層へワープできる魔法陣が現れるという形となり、最前線で闘うプレイヤーたちはこの階層ボスを倒すのに躍起になっているのだ。
それこそ、階層ボスの位置を発見すればそれだけで前線のプレイヤーたちは軽く10万くらいのお金で売ってくれとせがんでくるような状態であるのだから、階層ボスの場所を発見するのがどれほど至難の業なのかが分かる。
──が実はこれには攻略法がちゃんと存在する。
「……この世界はゲームだ」
「?」
トーカが「何を言っているんだこの人は? 当たり前じゃないか」とテンリを憐れむように見てくるが、テンリは気にすることなく続ける。
「この世界はゲームだから、勘や当てずっぽうでボスの位置を特定するなんて言うのは本来望むべきものじゃないだろう?」
「まあ、そうだね」
「この世界はゲームだから、フラグがどこかに存在するし、それがあるからこそゲームっていうのは物語を追っているようで楽しいんだ。そうじゃなきゃイベントなんてものは存在しない」
「う、うん、でも、それがボス発見とどうつながるのさ?」
あまり気にしていないが、しかし意識すれば当たり前であることについての発言に首を傾げるトーカに、テンリは笑顔で言う。
「だから、ボス攻略にもちゃんとフラグや、ボスがいる場所への道しるべとなるものを発見できる要素というのがちりばめられているんだ」
「え? そうなの?」
「ああ」
テンリはこのデスゲームを作った人間たちは大嫌いだが、この《エアライズ・オンライン》自体は面白いゲームだったのだろうと認識している。
これまでの階層でも様々なイベントがあって、それぞれの物語もありきたりではあったが面白いストーリーラインのものが多かった。
そして、各イベントは単独のものの他にもちゃんとしたつながりがあるものもあって、それらは本当に手が込んでいたりするのがこのゲームだった。
「例えば一個前の地獄を舞台にした43層だけど、あれのボスの位置は街の中心にあった教会のような場所の地下だっただろ?」
「え、あ、うん。そうだったらしいね」
「あそこの場所を指定してる文章が、ファーストイベントを除いて初めて悪魔が出てきた階層である23階層のいかにも何かありそうで何もなかった遺跡の壁面に書かれた不思議文字に記載されてるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
トーカとしてはそのあたりの情報は少し疎いので、あまりいい反応はできないが、攻略についてテンリが嘘を言うことはないと思って頷く。
「まあその遺跡の文字を読むためには《読解》のスキルをばっちりあげなきゃいけないわけなんだけど、そのあたりはまあ俺には特に問題にはならないからな」
「…………」
「で、今回の場合は24層にあるドラゴンについての物語の中にいかにもな情報が隠されているんだよ」
そう言ってテンリは先に進んでいく。
今二人がいる場所は《炎獄の山脈》と《氷極の渓谷》のちょうど境目に当たる場所で、一見なにもないような印象をトーカは受けていた。
というか、右半身と左半身の温度差が激しすぎて気持ち悪いのでトーカがなんで場所が分かったのか聞いたのはテンリに文句を言いたかったからだったりする。
「その物語にはこう書かれてあった。《赤の世界と青の世界の狭間、そこは人の死を表す場所である。されど力と自由を欲するならばそこに行きたまえ》ってね」
そう言いながらテンリはまっすぐ真っ赤に燃える世界と真っ青に吹雪く世界の間を平然と進んでいき、そして突然トーカの視界から消えた。
「──テンリくん!?」
突然のことに驚いてトーカはすぐにテンリのあとを追うと、ある場所を境にして世界全てが変わってしまったかのような印象を受けた。
そして、次の瞬間には赤と青で構成された遺跡のような場所に来ており、テンリがトーカの目の前にいた。
「もうっ! いきなり消えたからびっくりしたじゃないか!」
「いや、前にここに来たときはソロだったからそのあたりは知らなかったんだよ」
トーカの怒りにテンリはしどろもどろになりながら弁明する。
「ホント?」
「あ、当たり前だろ。俺は《断罪者》なんだから、そもそも俺とパーティーを組みたいなんて物好きはそうそういないだろ?」
「……そうだね」
なんだか聞いてて悲しくなってくるような弁明にトーカも納得するしかなかった。
「ともあれ、ここがボスがいる場所である《赤と青の洞窟遺跡》だ。ここはダンジョンみたいにボスがいる場所までもモンスターが普通に存在するから気を付けろよ」
テンリはそのまま先に進んでいく。
「もしかして中も完全に探索してたの?」
「ああ、探索してたぞ」
「一人で?」
「……いや、途中から情報屋とな」
「ふーん……」
「なんだよ?」
「ううん。仲がいいなぁと思っただけだよ」
「仲がいい? そうなんだろうか?」
「あれ? 否定しないの?」
なぜか情報屋の話が出てきたところで不満げな反応をしていたトーカがキョトンとする。
「いや、そういうのは客観的な判断の方が正しいから。他人がそう言うならそうなのだろうかと」
「ずいぶんと柔軟な考え方だね」
トーカが感心したようにうなずく。
「まあ年の功というやつかな?」
「テンリくんは実はおっさんだったりする?」
「どうだろうな?」
「うーん、珍しくテンリくんにはぐらかされた」
「珍しくってなんだ──っと来たみたいだな。ここからは気を引き締めていこう」
「うん」
二人は暢気な会話をしていたが、ここに来てモンスターがやってきた。
「相手は火と水系統に耐性があって、それぞれの個体も十分に硬いから気を付けろよ」
「ボクとテンリくんなら大丈夫だよ」
そうして二人は動き出した。
その後二人はテンリが探索をすでに完了していただけあって迷路のようになっていた洞窟遺跡内を迷うこともなく進みながら、そこに立ちはだかるモンスターたちを特に問題もなく進んでいった。
強いて上げるとするなら、途中で狭い通路を通るときにやや密着した形になってしまったことくらいであるが、トーカは鎧姿のでテンリがちょっと痛かったということくらいだ。
そして──
「ここがボス部屋だ」
テンリは赤と青が入り混じる大きな扉の前に止まってトーカに伝えた。
その意匠を凝らした扉を「おー」と眺めたあと、トーカが質問する。
「以前はここまで来て引き返したんだ」
「ああ、途中で出会った情報屋から犯罪者発生の報を受けてな」
声を冷たいものにしてテンリが答えるとトーカは納得したようにうなずく。
「なるほど、そっちを優先したんだ。……それにしても、本当に容赦がないんだね」
「例外を生み出すわけにはいかないし。何より、もしこの《エアライズ・オンライン》をこんなデスゲームにしやがったくそ野郎の立場だったらと考えるとちょっと気になることがあったからな」
「何それ?」
テンリの意味深な言葉にトーカが首を傾げるが、テンリはすぐに首を振る。
「……いや、今は犯罪者がいないから問題ないし、そんなことを言ったところで俺が人殺しであることに変わりはないからな」
「…………」
トーカは”人殺し”と発言したテンリのことをしばしジッと見ていたがテンリはすでに扉のすぐ近くまで移動しており、その顔は見えなかった。
「そう……ちょっと時間を頂戴。ボスを倒すならそれなりの集中力が必要でしょ?」
「ああ、ここから先の敵は生半可な状態で戦うにはかなり危険だからな」
テンリはトーカの言葉に同意する。
単独でボスを倒したときはテンリであってもHPを軽く半分は持っていかれるのだ。攻撃重視タイプにならクリーンヒットで一撃死なんてこともあるかもしれない。
二人はここまでの暢気な雰囲気を一切取り去ってその瞳に冷静さと高い戦意を宿してく。
「よし」
「行こう」
そう言ってテンリと隣までやってきたトーカは扉を押して中に入った。
「ここからは未知の領域だから気を付けてくれよ?」
「分かってるよ」
テンリの言葉にトーカが同意しながら、二人で扉の中を歩いていくと、物凄く大きな広間がそこには存在していた。
周りには何本もの燭台が等間隔に並んでおり、それらは赤と青が交互に並んでいる。
部屋の気温は熱くもなく寒くもない適温であり、もしもこれがゲームであるならこの高いデザイン性を感じさせる仮想の空間にテンリたちは感動していたかもしれない。
──しかし、今テンリたちがいるのは本当の死の領域だ。
その死を象徴する存在が、テンリたちがボス部屋に入って10メートルほど中に入ってきたところで、部屋の中央に光が出現して現れた。
そこにいたのは赤い鱗と青い鱗をした二つ首の竜。
体も赤と青の鱗が千鳥格子のように散りばめられており、もしかすればどこかの小学校八年生が描くようなその見た目は、実際に見れば十二分に恐ろしいものであるとわかる。
そんなこの部屋の主の名前は──
「──《ツイン・ヘル・ドラゴン》」
「なんか、考えた人の思考が大丈夫かな? って心配になるね」
「それは同意する」
ボスを目の前にしながらも余裕の発言をしている二人は真剣な表情で《ツイン・ヘル・ドラゴン》なる存在を睨みつけていた。
それは目の前にいる中二病患者であればだれでも思いつきそうな存在がまるで油断ならない相手であると理解しているということ。
「ボス攻略の鍵は?」
「簡単だ、ただひたすらに途切れることなく攻撃する」
それだけ確認して二人は神速でボスへと向かって行く。
こうして、たった二人だけのボス攻略が始まった。