チュートリアル5
決闘終了後、テンリとトーカはテンリの家の奥にある鍛冶部屋にやって来ていた。
「……どういうこと?」
「ん?」
トーカの質問にテンリは首を傾げる。
それにトーカは冷たい口調で言った。
「なんでボクが負けたのにキミがパーティーを組んでくれって言ったのかってことだよ」
テンリのことを決闘中は《断罪者》と呼んでいたが、ここでは初めて会った時のように”キミ”と呼んでいる。しかしその声音からはいらだちを含んでいるのがテンリにはわかった。なぜなら目の前にいる騎士の心情がよく理解できるからだ。
おそらくトーカはテンリに情けをかけられたとおもっているのだろう。
トーカはテンリにパーティーを組んでほしいがために決闘で勝とうとしたものの敗北してしまったので、本来ならパーティーは組めなかったはずなのにテンリからパーティーの申し込みが入ったのだから当然そう言う判断になるだろう。
しかし、それは見当違いだ。
「なんでと言われれば、あんたほどの剣士と一緒に旅をするのも悪くないと思ったからな。まあ簡単に言えばあんたの剣に惚れこんだともいえる」
「そ、そう、ですか……」
「キミに興味を持ったからって感じかな?」
ニヤリと先ほど言われたことをそのまま返すと、すぐにパーティー申請をテンリはした。
戸惑うトーカにそのままニヤニヤとした笑みを続けたまま話す。
「そもそも、キミは俺に負けたら何でもするんだろ? なら、拒否権はないはずだ」
「…………」
微妙に納得できないというトーカに肩をすくめてさっさとやってくれという意思を示すと、トーカははぁとため息一つ。
「分かったよ」
そう言ってパーティー承諾ボタンを押した。
「じゃあまずキミに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「トーカでいいよ。それで何かな?」
「そうか、じゃあこっちもテンリでいいぞトーカ」
テンリは内心プレイヤーネームの呼び方があっていてよかったと思いながら話を続ける。
「それで聞きたいんだけどトーカは男なの女なの?」
「は?」
「いや、トーカのアバターは紛らわしいからさ、確認したくて」
「…………テンリくんはどっちだと思う?」
テンリは「うっ」と詰まると、恐る恐る言った。
「お、女の子?」
「…………」
帰ってきたのは無言だった。
──な、何か言ってくれ!
思わずそんな言葉が出そうになったところでクスッとトーカは笑って言った。
「ボクは女の子だよ。もし男だって言ってたら《リサージゼファー》をもう一度お見舞いしていたところだったよ……」
テンリはその言葉にほっとした。
実は今のはどっちか分からなかったので「とりあえず女の子が男って間違われるのは嫌だろうなぁ。男は……間違われても大丈夫かな?」という判断のもとに女の子と言った方がいいだろうと思ってそう言ったのだ。
だから、予想が当たっていたことに内心ほっとする。
そして変な緊張感を抜け出すと、すぐに気になるワードがあった。
「その《リサージゼファー》ってなんなんだ? 聞いたことないアビリティだな」
とそこまで言ってから思い出す。
あの決闘の最後に目の前の騎士が放った見たことのない空色のアビリティ。
それに気がついてトーカを見てみると、テンリの目の中にあるひらめきを感じたのか、トーカはうんと頷いて答えた。
「あれはボクの《オリジナルアビリティ》だよ」
──《オリジナルアビリティ》。
それはテンリたちがやっているVRゲームの中でも本当にごくごく限られたプレイヤーしか作り出せない境地の技だ。
作り方は簡単だが、それをアビリティに昇華させるのは至難の業だ。
やり方はどれかの武器装備スキルを熟練度600以上にすることによって派生で出てくる《オリジナルアビリティ作成》のスキルを選択して、その場で剣技を選択する。
だが基本的な動きは大抵すでにアビリティとして扱われているから、やれるとしたら三連撃以上は必要で、これを流れるように行うのは難しい。
そもそもアビリティは必殺技なのだから、そんなに簡単に必殺技をポンポンつくられた製作者側はたまったものではないだろうし当然ともいえる。
「あれは十連撃以上だったよな……」
テンリはオリジナルアビリティのライトエフェクトが五連撃ごとに趣向を凝らしたものになって言っているのを思い出して、それで該当しているものを割り出した。当然八連撃の《ブラッドムーン》では到底足りない。
だからこそテンリは”試合に勝って勝負に負けた”などという言葉を思い出してしまったわけだが、何より注目すべきはそれを生み出した目の前の女性プレイヤーのことだ。
「まああれは十連撃だったよ」
「そうか、すごいなトーカは」
「そ、そんなことないよ」
テンリが無邪気に、ただただ純粋に賞賛の言葉を贈ると、トーカは慌てたように否定する。
「そんなことはないんだ……ボクは……」
ほんの一瞬、トーカの瞳に影を感じたような気がした。
「それよりもテンリくん! 早速フレイムコッコドラゴンを狩りに行こうよ!」
が、それもすぐに消え去ってすぐに部屋を出て行こうとする。
「おい、待て」
「な、なに?」
「何をそんなに慌てているのか知らないがトーカは武器をどうするつもりなんだ?」
「──あっ」
本当に忘れていたことにテンリはすごいのだか抜けているのかわからなくなりながら、とりあえず座れと促してトーカを座らせる。
「武器を破壊してしまったのは俺の責任だからな。俺が作ってやるよ」
「え? テンリくんは武器も作れるの?」
「…………ああ」
思わず声音が冷たくなるが、幸いにもトーカは気づく様子もなく「ほえ~」と純粋に尊敬するような表情を作ってきたので、テンリはチクリと心に痛みを感じながらも話を進める。
「それで、何か要求はあったりするか?」
「あ、うーん。出来れば両手片手汎用タイプで、その中でもできるだけ軽くしてほしいかな」
「それって、結構難易度高いよな」
両手剣というのはそれなりの重さがあることが威力向上につながるために普通なら重さを優先するはずだ。それを軽くという要求はかなり珍しい。
「まあ、トーカの場合は基本片手剣といった扱いをしているようだからな。それでいてスピード重視のようにも思うし……」
「すごいね。もうボクの戦闘スタイルが把握されてる。こっちは正直テンリくんの実力のちょっとも見せてもらってないように感じるのに」
「……これでも真剣にやってたと思うんだけど?」
「”真剣”と”全力”は違うものだよね?」
「…………手を抜いた覚えはないが?」
「まあ、そうなんだけどね~」
なんだか不服そうに見られていることに慌てながらテンリは視線をそらして作業に入ることにする。
(……軽さ重視ならとりあえずは《エアリアルウインドストーン》をインゴットにするか……いやでもそれだけじゃ軽くてもろい武器になってしまう可能性もあるから同時に硬さを合わせないとダメだよな)
テンリはトーカの選択にあったものを作り出すために脳内ネットワークにある鉱石の組み合わせをリストアップする。
この世界の合金はかなり厳密で、加える鉱石の種類や数、それに全体の何パーセントなのかなどなどによってだいぶ違いが生まれてくるのだ。
テンリがトーカがやってくる前に生み出したレインボージュエリーメタルはエメラルドメタルなどなどをすべて等量加えて生み出していたが、比率を変えれば違うものが生まれていただろう。
もちろんこの合金は全部が全部うまくいくようなものではないため、様々な考察が必要な分野だが、あの一見お調子者な印象を受ける情報屋の独り言や自身が行ってきた研究によって大体のところは理解している。
(……うん、これだな)
テンリはどうするか決めるとすぐに合金の作成に入る。
やり方は一緒で、まず炉に入れて加熱し、《錬金術》スキルを用いて合金の作成。
その後は魔力炉に合金の鉱石を入れて加熱他の作業をすることによって純度を高めていき、金属の延べ棒たるインゴットを作成する。
普通は逆ではなかろうか? とテンリはよく考えるのだが、どうにも鉱石状態で金属を混ぜ合わせるとその中にある(という設定の)不純物とうまくかみ合うことがあり、よりワンランク上のインゴットが出来上がることがあるのだ。しかもこの作成方法は単純に使える鉱石の消費量が大きくなることを除けばデメリットも少ないので、妥協しないテンリには面白い設定ということでいつもこの形を取っている。
……時々ものすごい失敗をして跡形もなく消滅という事態もあるので要注意な面もあるがテンリは特に気にしていない。
果たして今回はどうなることやらという思いを胸にインゴットを完成させると、
「おっ!」
「な、なに?」
テンリが驚いたような声を出すので黙ってみていたトーカも同じく驚きの声を上げる。
しかしテンリは無視してぶつぶつと目の前にある天色をした金属を見ながらつぶやく。
「《魔天鋼のインゴット》……聞いたことのないものだな」
テンリが作ろうとしたのは《魔空鋼のインゴット》であり、それは空色の金属だったのだが、色も違って尚且つ──
「硬度と軽度がかなり上がっている。それに風属性にかなりの補正がかかってる……ううむ、すごいなこれは」
テンリは予想以上に効果が上がっていることに唸り声をあげる。
個人的に自分用の剣を創りたいくらいの金属なのだ。
「まあ、いいか……」
こんなこと滅多にないだろうなぁと思いながらも、このゲームで情報屋の他に初めてできた”気になる人”の武器を創り出すためだと割り切って次の作業に入る。
ここからは《魔虹玉のインゴット》を作ったときにはやっていない工程だ。
あのインゴットはどうしてくれようか? などと考えながらも、テンリは流れるように別の専用魔力炉にたった今できたばかりの《魔天鋼のインゴット》を入れて加熱し、自身はストレージから光を反射してキラキラと虹のように輝く一見「ガラス細工か?」と思ってしまうような小さなハンマーを取り出した。
武器を作るときは大きく運の要素が絡んでいく。
基本的には金属を叩ければ叩けるほどより高ランクの武器を創り出すことができるわけなのだが、これが運要素大なのだ。
だが、そんな一種のギャンブルにも等しい武器作成だが、一応プレイヤースキルが要求されている面がある。
それは簡単に言えばどれだけ一定の強さ、一定のリズムで加熱されたインゴットを叩けるかということだ。
鍛冶ではこの”一定”を保つということが非常に重要になってくるのだ。
もちろんテンリはその一定を保つことくらい元魔王であるから余裕だ。
テンリは生み出したい武器の大きさなどの設定を終えたあと、迷いなくインゴットを丁寧且つリズミカルに叩く。
カーン、カーンという音を響かせながらどんどんと回数を重ねていくことにトーカは、
「……すごい」
思わず言葉がそうこぼれ落ちてしまったといった反応を見せていたが、それも当然だ。
鍛冶では叩く回数が多い程高ランクという話だが、それでも多くとも20行くか行かないかだ。
それが今──優に50を超えている。
「…………」
そんな賞賛の言葉もしかしテンリはまるで反応しない。それだけ集中しているということだ。
そして72回叩いたところでインゴットが輝き始めて──
「…………できた」
高い集中を保っていたためにそれなりに疲労を感じさせる声でテンリはかいてもいない汗をぬぐうし仕草をとった。
出来上がったのは天色にところどころ星が瞬くような印象を受ける装飾が入った細身の長剣。
「……《エンジェルピナ》」
「天使の翼ってこと?」
「ああ、そうみたいだな。剣としては要求通りのものができたし、それに風属性と光属性に大きな補正がかかってるみたいだな。しかも重量をほとんど感じない設定になってるみたいだから、余計にスピードタイプのトーカにはぴったりだろう。──試してくれ」
「う、うん」
テンリがひょいと剣を渡すので、それを慌てて受け取ったトーカはいつものように片手でその剣を構えると、何度か刺突や袈裟掛け、他にも剣の攻撃で基本となるような動作を一通り終える。
トーカがそれきり黙り込んでしまったので、感想をテンリが求めようとしたのだが発現する前にトーカが動き出していた。
「こ、これ! すごいよ! まるでボクの手に吸い付くみたいになじむんだ!」
トーカはテンリが逃げられないような速度で一気に顔を近づけると、そんな言葉を発する。
内心「近い近い」とテンリは慌てながらも「そうか、よかったな」と言ってすぐにてきとうな鞘、それも多少耐久値を回復させる効果があるものをスキルの中にある《装飾》を使って藍色に近い濃い青色に変更してそれを渡す。
「あ、ありがとう……ふふふふふっ」
鞘を受け取ったトーカは初めて会ったときにそうしていたように背中に《エンジェルピナ》を背負うと満足そうに声を出した。はっきり言って気持ち悪いが、テンリも同じVRMMOプレイヤーとして新しい武器が手に入って、それが自分にとってぴったりだと思ったときはまず間違いなく目の前のようになるだろうと思ったので特に何も言わなかった。
ある程度満足感でおかしくなっていたのが直ったのか、トーカは思い出したように頭を下げた。
「あ、ありがとうこんな武器を!」
「いや、武器を壊したのはこっちだし、鉱石なんかはそれなりに余っているからな」
特に問題ないと手を振ると、トーカは納得できないような顔をしていた。
「せめてお金くらい出させてよ。これでも結構稼いでいる方なんだよ?」
「あ~そうだな~。じゃあお金はいいから今度鉱石なんかの採集を手伝ってくれ。いっつも一人やっていたからな」
鉱石の採集はたいていがテンリの場合モンスタードロップ品なので、一人で倒すだけだと十分な量をあるのにそれなりに時間がかかるのだ。
人数が増える、しかもそれがトップクラスの実力者ならありがたい部分が多い。
「それくらいお安い御用だよ」
「そうか、じゃあ頼む」
「それだけじゃ足りない気がするけど……」
トーカは未だ足りないような顔をしていたので、仕方なくさらに付け加えた。
「じゃあ、俺が何か要求したときに一つでいいからお願いを聞いてくれよ」
「分かった。その時は何でも言ってね?」
「ああ」
テンリはトーカの表情が先ほどより和らいだのを確認すると「さて」と話を切り替えるように手を打った。
「とりあえずトーカの依頼を完遂するために動くとしようか」
もともとは討伐が厄介なモンスターを狩りに行くという話だったので、まずはそれを達成しようということだ。
「あ、うん、そうだね」
トーカもテンリに同意する。
「……とはいえ、今日はとりあえず準備日に当てるとしようか」
「そうだね。ボクももう少し武器の確認をしていきたいし」
「まあそれは大事だよな。──じゃあちょっと泊って行けよ」
「ふぇえ!?」
顔を真っ赤にして驚くトーカ。
まあ男が女に家に泊まっていけというのはかなり意味深ではあるため、この反応は妥当だろう。
そのことにテンリは遅まきながらに気がついたが、ここで下手な反応をすると余計に悪いかもと判断してここはあえて鈍感系を装うことにした。
「ん? どうかしたか? もう外はそれなりに暗いし、何より宿代を無駄に消費する必要がないだろ? 一応寝室も用意してるし風呂もある。それに俺は基本的に布団で寝ないから気にしなくていいぞ?」
「え、あ、うん。わかった」
トーカも街の中ではそういう行為が出来ない事と、テンリが全く他意なく言っていることに気がついて同意した。
その後は二人が特に何か起きることもあるはずがなく、普通に夜が明けて、テンリとトーカはファイアコッコドラゴンを狩りに出かけるのだった。