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チュートリアル4

「な、なんで俺があんたとパーティーを組まなきゃいけないんだ?」


 テンリは意味が分からずに、突然現れて突然お願いしてきた青騎士(テンリ命名)に質問した。

 そんなテンリの質問に性別不詳の青騎士は笑顔で答える。


「ボクにはちょっと行きたい場所があってね。それで出来ればこの世界で一番の実力者であるキミに協力を頼みたいんだ」


 〝ボク〟という自身の呼び名からは男のように判断できるが、声自体はどことなく女性のような印象をテンリは受けたため、よけに目の前に人物についての謎が深まる。

 それに、テンリにはそれ以外にも気になる点がある。


「なぜ俺なんだ? 別に俺じゃなくても腕の立つプレイヤーはいるはずだが……」


 青騎士にそう尋ねたのはもちろんそこが気になるところだからだ。

 テンリは確かに強い。

 あのファーストイベントで無双した光景は今でも多くの人間の目に焼き付いているだろう。

 だからこそ他のプレイヤーたちはテンリを刺激しないように過度な行動を控えるような影響力を与えているのだ。


 だが、他にも強いプレイヤーたちは存在する。


 例えば現段階でトップクラスの《ギルド》(パーティーよりも大きな集団で、様々な規律などが存在する。ある種パーティーよりもつながりが強い集団)の中にはテンリも認める人物が男女問わず幾人かいる。相手がテンリを認めているかどうかは別だが……

 ともあれテンリの場合は特殊であるから、他のプレイヤーならそういう人間に依頼すればそれなりの報酬を要求されるかもしれないがそれでもちゃんと動いてくれるはずなのだ。


(……それに、俺はこの世界では──)

「もしかして、キミがこの世界では嫌われ者だから。みたいなところを気にしていたりするのかな?」

「…………」


 完璧に言い当てられて黙り込むテンリに、青の騎士は柔らかな笑顔を浮かべて言う。


「ボクはそんなこと全く気にしないし、はっきり言えばギルドの人って堅苦しくて嫌いなんだよね。だからキミにお願いに来たんだけどダメかな?」

「……はぁ」


 テンリは諦めたように肩をすくめた。

 なんとなく目の前に立つ飄々とした騎士にはすべてを見透かされているような気がしたのだ。

 一杯食わされた感があるテンリは半眼で騎士の方を見て尋ねる。


「それで依頼内容はなんだ?」

「受けてくれるの?」

「いや、内容次第だな。わからないものだってあるだろうし」

「なるほど、まあそうだよね。依頼内容はここ44階層の奥の方にある《炎獄の山脈》って場所にいる《フレイムコッコドラゴン》の討伐だよ」

「ああ、確かものすごく素早くて倒すのに苦労するって話のドラゴンか」


 テンリはあの一見胡散臭くて、でも仕事についてはしっかりとやってくれる情報屋の独り言(・・・)を思い出しながら確認を入れる。


「そうそう」

「でもそこまで強くなかったイメージなんだが、もしかして何かあるのか?」

「うーん、何というかこれは勘なんだけど……ボクはこれまでソロでずっとやってきたわけなんだけど、今だけは一人だとダメなような気がしたんだよね」

「……そうか」

「……何それって言わないんだね」


 ここに来て初めてずっと余裕の態度を崩していなかった騎士が驚きの表情を作る。


「まあ、この世界で勘ってかなり重要だと思うからな。特に命に関することについてのことなら、用心するに越したことはないだろう……」

「そっか、じゃあ──」

「だが、遠慮しておこう」

「な、なんで!?」


 まさかの肯定的な発言からの掌返しに騎士はそれなりに大きな声を出す。

 そのことにテンリはニヤリと笑って言った。


「それは俺がやるようなことには見えないからな。そういうのは普通なら回復魔法が使える人間と盾職、あとは魔術師系統の遠距離攻撃タイプの組み合わせかな? みたいなちゃんとしたパーティーの方が安定するだろうからな」

「うぐっ」


 これは正論だ。

 テンリもソロで行動しているため生粋のアタッカーで、一応遠距離攻撃は多数持っているものの、基本的にそれは使わないようにしているのだ。

 もちろんこのゲームをクリアするために妥協することはないが、現段階では魔王として培ってきたあらゆる近接戦闘技術でたいていが何とかなっているため、その心持のままだ。

 そして、そんな状態で他人を支援し守ることなんてできるわけがないと確信している。


 パーティーで行動するのはただ適当に組めばいいというものではないのだ。

 青の騎士もそれを理解しているからか、強くは言ってこないようで、「むー」と言いながら頬を膨らませている。


「そんなかわいい顔してもいうことは聞かないぞ」

「か、かわっ!」


 テンリの発言に若干顔を朱くする青騎士。

 対してテンリは言いたいことは言ったとばかりに扉を閉めようとする。

 だが、青騎士も食い下がる。


「ま、待って!」

「……なんだ?」


 テンリが割と迷惑そうに声を出すと、青騎士はかなりの近距離でありながらこう言った。


「ボクは《断罪者》と決闘したい!」

「なっ!」


 この言葉によって周りにいたプレイヤーたちの注目を集めてしまった。


「お、おま、何を──」

「《エアライズ・オンライン》最強って呼ばれてる《断罪者》の力を知りたいんだ! 最強が逃げるなんてことはないですよね!」


 周りが青騎士の声によってざわざわと騒がしくなってきてやっとテンリは目の前でニヤニヤと笑い始めた人物の意図を理解した。

 そして、それをテンリが止めようとする前に青騎士が言い放つ。


「もちろん! ただで勝負してほしいなんて言いません! 私が負けたら何か一つ要求を受けましょう! ただ、もしあなたに勝てたら一度でいいのでパーティーを組んでいただけないでしょうか!」

「…………」


 テンリは内心やられたと思った。

 目の前にいる青騎士の目的は周りの人間に《断罪者》が決闘をするという情報を流して注目を集まることで、理由はこうすればまず間違いなくテンリは勝負を受けなければならないからだ。

 なぜ受けなければいけないかと言われれば、もし受けなければ最強であるからこそ犯罪者を生み出す抑止力になっている《断罪者》としての地位が傷ついてしまうからだ。


 そしてここまで注目されれば多少の賭け事を盛り込んだ方がギャラリーを盛り上げることができる。

 ここまでやれば本当に逃げ道はない。完璧な作戦と言えるだろう。


 テンリはもう速攻で扉を閉めればよかったと後悔しながら言った。


「分かった」


 こうして、謎の青騎士との決闘が開かれた。


 ◇◆◇◆◇


 《断罪者》対《謎の騎士》の決闘の噂はいつの間にやらどんどんと大きくなっており、気がつけば軽く50人以上のギャラリーが周りにいた。


 そしてその自然と出来上がった円の中にいるのは片や漆黒に血のように紅い十字架などの模様がついたロングコートを羽織った剣士である、通称《断罪者》のテンリ。

 プレイヤーネームを名乗ることはほとんどないために《断罪者》という呼ばれ方が多数であるが、それでも1~13階層、25層、32層、43層のボスを単独撃破したことや、複数あった殺人ギルドの殲滅などなど……その狂っているとしか思えない経歴から多くの人間に畏怖されている存在だ。


 もう片方はこれまでほとんどの人間がその存在を知らない《謎の騎士》。

 その青を基調としたきらびやかな騎士服に身を包む性別不詳の騎士は、不遜にも《エアライズ・オンライン》最強ではと言われている《断罪者》に決闘を挑んだとして、いい意味でも悪い意味でも注目を集めている。


 これでも《断罪者》は一部からダークヒーローのような扱いを受けており、本人は気がついていないがそれなりに好意的……とまではいかないまでもそれなりの評価を受けている存在なのだ。

 そんな《断罪者》に喧嘩を売るというのは一部からは生意気であるという目で見られるのである。

 それに、テンリがなぜ《断罪者》と呼ばれる存在を創り出しているのかという意図を知っている人間からしてみれば余計に好意的ではない。


 そんな、双方いい意味でも悪い意味でも注目を集めている二人は互いに向かい合って会話を始めた。


「全く、してやられたよ……」

「ははっ、申し訳ない。あの状況ではこれしか思い浮かばなかったんだ」

「どうしてそこまで俺と組みたいと思ったんだ?」

「まあ、いろいろ建前を言っていたけど、本音としてはずっと気になっていた存在だからっていうのが一番なんだよね」

「気になる、ねぇ……。というかここで本音を言っちゃうのね」

「そりゃここまでくれば特に建前を言う必要はないでしょ? キミはどんなものであれやるといったことは例外なくやってきたプレイヤーなんだから」


 人懐っこい笑顔でなかなか計算高いことを言いながら、騎士はウインドウを操作する。

 すると、心地よい電子音とともに目の前に決闘申し込みのウインドウが現れる。


(プレイヤーネームはトカ……〝トーカ〟か? 名前だけだとネットゲームだけに性別が判断できないな……)


 自分の名前もテンリと女性にもいるような名前だけにやはり性別が分からないプレイヤーネームが《Toka》と書かれたプレイヤーからの決闘を受諾し、決闘の種類を選択する。


 この決闘の種類はたいていが一緒で《ファーストヒット》《ライフハーフ》《ライフゼロ》の三種類となっていている。

 《ファーストヒット》は相手に一撃まともなダメージを与えた方の勝利で、それがなくても先にHPが半分になった方が敗北する。

 《ライフハーフ》はHPが半分になったら敗北して、《ライフゼロ》はHPがゼロになったら敗北という形だが、このデスゲームにおいてこの二つは基本的に行われない。

 なぜなら、《ライフゼロ》はもはやそのまま死んでしまうし、《ライフハーフ》も互いのHPがギリギリのところで大きな技が互いに当たってしまいどちらも死亡したという事故があったらしいのだ。


 そう言う理由から、基本的には《ファーストヒット》を選ぶ場合が多い。

 流れるように《ファーストヒット》を選択しようとしたところで、ふと確認し忘れがあったことを思い出す。


「ルールはどうする? これでも最強と言われているプレイヤーだから、出来ればそっちが決めた土俵で戦いたいんだが」


 この質問はフルダイブゲームの世界での決闘にはいろいろな縛りがあるからこそのものだ。

 例えば魔法がある世界は詠唱が速ければ回復魔法なども詠唱が上手な人なら使ってくるし、アイテムに関してもずるいもので言えば、例えば一度だけクリーンヒット性のあたりを防いでくれるものなどもある。

 それがある無しではかなり違いが生まれるのでそういう面での質問だ。


「ああ、そうですね。魔法あり、アイテムありで行きましょう」


 それを思い出したトーカはすぐにそう言う。基本的には縛りがないタイプが決闘では望ましいのでこれが普通だ。──しかし、このゲームはそれだけが基準ではない。


「空中戦はどうする? なくてもいいが」


 テンリはさらに質問を重ねた。

 そう、この世界にはエアステップによる空中戦があり、これがあるのとないのとでは大きく変わってくる。

 今回で言えば魔法が使えるので相手がエアステップが苦手なら空中から一方的に魔法で狙い撃つなんて言うのもザラじゃない。


 テンリはもちろんエアステップも余裕で扱えるのでむしろ得意としている分野だが、果たして相手はどうだろうかという思いをもとにした質問だったが──


「あ、それもありで行きましょう」


 迷いなく言い切った。


「そうか、ならそうするか」


 確認したテンリは《ファーストヒット》を選択して、決闘開始前の10秒間のカウントダウンが始まってすぐにストレージから剣を取り出した。


 テンリが使うのは濡れ羽色の刃をしたバスターソードだ。片手剣アビリティや両手剣アビリティどちらも使える万能タイプであり、ボス戦でも基本的にはこれを使っていた。

 特にこの剣の持ち手から鍔、そして刀身に走る紅い十字架が《断罪》をイメージさせることから《断罪者》と呼ばれるようになった有名な剣だ。


「へえ、それが《断罪者》の剣か」

「……」


 剣の名前は《ブラックイーター》と非常にシンプルであり、決して《断罪者》に関係はないのだが、答える義理はないのでテンリは無視。

 そのことに気にした様子もないトーカは自分も背中にある紺青色の鞘から剣を抜き去ると、透き通った瑠璃色の長剣が出てきた。こちらはテンリの《ブラックイーター》のやや幅広な剣と異なり細身の剣ではあるが、同じように片手両手のどちらでも行けるだろうとテンリは予想した。

 そんな剣を片手で剣を中段にかまえてリラックスした体勢になるトーカ。


 その構えに、テンリは心の中で称賛を送った。


(────隙がない)


 自然体で一見隙だらけに見えるその構えはしかし、目の前にいるプレイヤーの剣の間合いに不用意に侵入した瞬間に斬り裂かれてしまうだろうという印象を受ける。


(これだけの存在がこれまで目立ってこなかったというのは不思議な話だな)


 そんなことを思いながらも、相対しただけで相手の力量が前世も含めた長年の経験からわかるテンリは目の前の相手は自分が真剣に相対するに値する相手だと認識して思わず笑みを作っていた。


 そして、宙に《GO!》の文字が刻まれると同時に、決闘が開始された。


 先に動いたのはトーカだった。


 最短距離を一直線で向かってくるそのスピードは今まで戦ってきたすべてのVRMMOプレイヤーの中でダントツだった。

 速い、ただただ速いとテンリが少しの驚きを感じている間に一気に10メートルの距離をあっさりと潰してしまったトーカはそのままの勢いで突きを繰り出す。それも、流れるような四連付きで四度目の攻撃で相手にクリーンヒットさせるように誘導された見事なものだ。


 テンリは多彩な戦闘経験からその攻撃の意図を読み取って、そのすべてをかわし切ってこちらは水平にやや幅広な剣を振り抜く。

 それをトーカは大きくバク宙して躱したあと、すぐに宙返りの最高到達点からエアステップで急降下して再度アタックを仕掛けてくる。


(さすがにそれは無防備すぎるだろう)


 すでに剣を引き戻しているテンリはすでに迎撃態勢にあり、真正面から向かってくるトーカに思わず内心で注意してしまうものの、次の瞬間に驚愕の現象が起こる。

 わずかに直進姿勢から身体を傾けたトーカはこちらに向かってきながら一、二……六回のエアステップを流れるように高速で右側から半円を描くように移動して背後を取ってきたのだ。


「ハァッ!」


 トーカはその無茶苦茶ともいえる方向転換から流れるように剣を垂直に振り向くも、エアステップの回数を数えられるくらい相手を認識でいたために余裕をもってこれを受け止めて、はじき返す。

 一瞬驚きの表情を浮かべたトーカだったが、すぐに表情を引き締めると弾き飛ばされた流れに身を任せて、着地を狙われないようにかすぐにエアステップを用いて地面にスタッと降り立つ。


「はは、これを受け止められたのはモンスターも含めて始めただよ」

「……それは光栄と言えばいいのかな?」


 トーカの言葉はこのゲームには時々めちゃくちゃな動きをするものがいて、それこそ「何それ!?」というような力を見せつけるモンスターでも対応できたものがいないというのは賞賛の言葉なのだろう。特にこの世界にはすでに一年以上いるのだから当然だ。

 ただ、モンスターより強いと言われてもなんだかバケモノと言われているようでテンリは苦笑するしかない。──しかもそれが割と事実だったりするから、なおさら素直に笑うことはできない。


 ちなみにここまで互いにアビリティを使わなかった理由は決闘ではアビリティの使用はどうしても技のあとに大きな隙ができてしまうからだ。

 だからアビリティを発動するときはここだというタイミング以外ではむしろ悪手になりがちなのだ。


(……まあもっとも、このプレイヤーの場合は通常攻撃も十分速いけどな)


 このVR世界でもなかなか体験できないようなスピードを自在に操ってくるトーカというプレイヤー。

 おそらくテンリを除けばプレイヤー中最速であろうそのプレイヤーと戦っているという現状。

 そのことにテンリはこの世界に来て久しぶりの高揚感と興奮、それから心地よいと感じるヒリヒリとした緊張感を感じて、同時にだんだんと意識が高い集中状態へと入っていく。


(──次に似たような攻撃が来たら今度は仕留める。でも、受け身だけじゃつまらないよな?)

「──っ」


 空気が変わったことを認識したのか、トーカも意識を研ぎ澄ましていく気配を感じた。


 ──まだ上がるのか、じゃあ俺を楽しませてくれよ!


 そんなことを心のどこかで思いながらテンリは動き出した。


 テンリはまずここまでずっと行ってきた基本ともいえる水平斬りを行うも、トーカはそれをバックステップで回避する。

 そんなことは予想通りとばかりにテンリはそのまま水平斬りの勢いのまま身体を一回転させて、その流れで一歩大きく踏み込みながら下段から上段への垂直斬り上げ。

 さすがにこれは対応できなかったのか剣で受け止めようとするも、テンリの方が物理攻撃力が上なようで思いきり宙に吹き飛ばされる。


 それを確認したテンリはエアステップでトーカを追う。

 一直線にテンリが突っ込んでくるのを確認したトーカは何とか空中で態勢を整えるとテンリを迎撃しようとするが、もちろん元魔王なテンリが素直にまっすぐ進むわけがない。

 テンリは相手が迎撃の態勢に入ったのを確認するとエアステップをトーカの視界から斜め下に移動するように蹴り抜く。


「──っ!?」


 人間は縦横の動きには視界がある程度対応できるが、斜めへの対応は下手なのだ。

 それを利用して斜めに移動すれば、テンリのスピードと合わさって消えたように感じるだろう。

 そしてテンリはそこから数度のエアステップで先ほどのトーカと同じように背後を取るが。


「ほぅ」


 エアステップによる空気を蹴る音をかんじたのか、はたまた別の直感に似た何かを感じたのだろうか、トーカはテンリが剣を振る前にトーカがその場所をエアステップで離れたのだ。

 テンリはそのことに今度は思わず感嘆の声を上げるも、流れるよう動きを止めることはなくトーカを追撃する。


 そこからはほとんどのプレイヤー達にはまるでついてこれるレベルの動きではなかった。


 互いが互いの攻撃をギリギリで防御しながら、しかしごくわずかずつダメージを追っていく。

 戦闘場所が空中になったが、そこでも多くのエアステップを繰り広げながら、まさしく互いに《空を疾る》を体現している。


 テンリはこの戦闘の中でただただ純粋にトーカのことを尊敬していた。

 はっきり言ってテンリはその存在事態がチートである。

 近接戦闘というのはほとんど成り立たない時代が来ているこの世界において、このVR世界だけが唯一と言ってもいいほどごく限られた近接戦を楽しめる舞台なのだ。


 それゆえ初めてVRでのプレイをしたときなどは誰もがチャンバラごっこと言っていい動きしかできない。

 でもそこからさまざまな経験を培っていくことでだんだんと上手なプレイヤーが現れて、今ではVRゲームの決闘大会などがネット世界で放映されたりするような人気を見せるほどになっている。

 テンリは未だにそれに参加したことはないが、それはそこまで強いプレイヤーというのがいなかったからという面が強い。


 だが今、目の前にテンリが今まで出したことのないレベルでの動きについて来てくれる存在が現れた。


 ──この時をどれくらい待っただろうか……


 テンリは心の中でそんな風に無意識に感じていた。

 未だテンリは限界から見れば6割程度しか出していないが、それでも多くの人間が強くても4割程度でとどまっていたのだから十分にすごいし、さらに──


(……さっきより、速くなってる)


 どんどんとその動きが洗練されていくトーカは笑顔だった。

 その笑顔を見た瞬間、テンリも笑っているのに気がついた。


 ──これまでこのゲームでこれほど純粋に笑ったことがあっただろうか?


 そんなことを思いながら一度、地面に降り立つ。

 周りは大きな声を出して盛り上がりを見せていたが、そんなことはテンリには関係なかった。

 トーカのHPゲージがもう少しで七割を切ろうかというところまで来ているのを確認すると、テンリは相手に最大限の敬意を払って言った。


「次で決める」

「──っ! ……じゃあこっちも全力で行くよ」


 その言葉に周りがより大きな声を出すが、今のテンリと、そしておそらくはトーカにもその声援などは聞こえていなかっただろう。


 互いに今意識の中にあるのは互いだけ。


 その二人が互いにまばゆいライトエフェクトを放ちながらまっすぐにぶつかり合った。


 テンリの《ブラックイーター》は真紅の月の光のような静かに輝くライトエフェクトを放ってトーカを襲った。

 この技は片手剣アビリティの中でも熟練度が800ないと発動できない《ブラッドムーン》八連撃。

 いくつもの斬撃を流れるように放つこの技は威力速度ともにこのゲーム規定(・・・・・・・)の技の中では(・・・・・・)最高クラスに入る攻撃だ。


 対するトーカは快晴の時の空ののような色の光が水滴のように飛び散るようなライトエフェクトとともに放たれる技であったが──


(──その技は、見たことがないぞ!)


 そのような色の技を片手剣アビリティに見たことがなかったテンリは驚愕に目を見開く。


 だがそんなテンリの驚きなど置き去りにして、その謎のアビリティとテンリの《ブラッドムーン》が激突し、あたりを閃光と爆風が吹き飛ばした。


 閃光と爆風が晴れた先に映った光景は空中に《Tenri is winner》の文字だった。


 このまさに”白熱”という言葉を体現したかの勝負の勝者は────テンリだった。


◇◆◇◆◇


 決闘の勝者がテンリだとわかったプレイヤーたちは「やっぱりか~」という声が上がっていたが、テンリの胸中は穏やかならぬ気持ちでいっぱいだった。


(……なんで俺が勝った?)


 テンリはあの見たことがない片手剣アビリティを見た瞬間に敗北を覚悟したのだ。

 それが結果はテンリが勝者。

 この理由が分からずにテンリはあたりを見回して──そして見た。


「あ~折れちゃったか~」


 トーカの剣が折れていたのだ。

 そしてテンリははっと自分の《ブラックイーター》の効果を思い出した。

 テンリが《断罪者》と呼ばれる理由になっている《ブラックイーター》の効果はぶつかった相手の数値のうちどれかを吸収して強くなっていくこと。

 例としては対モンスターなら相手の攻撃力を吸収して自分の攻撃力にブーストしたりと言った感じだ。


 もちろんこれは戦闘中だけの効果であって戦闘後は元に戻るし、吸収できるものもその時その時でランダムだから、この《ブラックイーター》自体はそこまで強くないということからもそこまで希少な武器というわけではないが、それでも時々恐ろしい力を発揮することがある。

 例えばモンスターが相手ならHPを吸収するとき、その吸収量はテンリが与えた攻撃の半分ほど。

 つまりは一撃で1,5倍の攻撃を繰り出せるようになるということだ。


 そして今回はおそらく武器の耐久値だったのだろう。

 武器の耐久値は武器を消耗すればするほど減っていき、0になれば武器が折れて消滅してしまう。

 それ故に、通常の1,5倍の勢いで耐久値が減っていけば、プレイヤーメイドや店売りの武器はテンリ自身のバカげた攻撃力と合わさって耐久値をゴリゴリ削られて消滅してしまうだろう。


(まあ、いつもならあれほど剣と剣をぶつけ合うことがなかったわけだからな……)


 これまでの戦闘はほとんどが一撃で終了してきたために気が付かなかったが、この《ブラックイーター》の利点は武器破壊にあったのだろうと今更になって理解する。

 と同時に、これはほぼ運と装備の問題だったということだ。


(〝試合に勝って勝負に負けた〟ってこういう時に使う言葉なのかな?)


 テンリはなんとなくおかしくなって笑ってしまった。


「《断罪者》さん」


 後ろから声が聞こえてきた。

 振り返るともちろんそこにはテンリをして敗北したと思わせた相手がいた。


「ん? どうかしたか?」

「いえ、負けました」

「ああ……HPの方はどうなんだ?」

「大丈夫だよ、ちゃんと全回復してる。……それで、決闘でかけたことなんだけど」

「ああ、そうだな。確か俺は好きなことを要求していいんだったな?」

「う、うん……」


 テンリの言葉にトーカは何故か頬を朱くしてうつむいた。

 そのことにテンリは首を傾げたが、特にそこを言及しようとは思わずにテンリが考えた要求を言った。


「じゃあ、要求だけど。────俺とパーティーを組んでくれ?」

「…………ふぇ?」


 今度はトーカが驚く番だった。

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