チュートリアル3
この《エアライズ・オンライン》でデスゲームが始まって以降、すでに4万人もの人間が死んでしまっている。
これはモンスターに敗北したものや迷宮内にある悪質な罠にやられてしまったものなどが多数を占めるのであるが、それ以外の死因というのが二つ存在する。
一つは自殺。
これは仲間、あるいは恋人がこのデスゲームで死んでしまったときに、精神の均衡を崩して起こしてしまう自体が数多く存在しているために、おそらくこれ以降も発生していくだろうことが予想される、なんとも言えない死因だ。
そしてもう一つが──殺人。
このゲームのクリア方法が出たときにあった文言である、『PS:プレイヤーを殺すと莫大な経験値及び殺したプレイヤーのスキルをスキルスロットを拡張した形で熟練度を維持したまま獲得できます。』というものの影響で、一部の人間が殺された。
しかしこの殺人は最近ではほぼゼロに近い形で行われていない。
なぜなら──
「な、なぁ? べ、別に俺は人を殺してねぇじゃねえかよ! それでなんで俺が殺されなきゃならねえんだ!」
「…………」
一人のプレイヤーが、黒を基調として、真紅の十字架などの独特な、中二心の溢れる模様がついたロングコートを着たプレイヤーに必死に訴えかけるも、ロングコートのプレイヤーはひたすらに無言で慌てているプレイヤーに詰め寄る。
その慌てているプレイヤーのアイコンには犯罪を犯したマークが付いており、事実としてそのプレイヤーはここ一ヶ月以上窃盗を繰り返してきた。
だが、このデスゲームが開始されて以降誰かを殺めた経験というものはこの泥棒プレイヤーにはない。
「おい何か言えよ! 《断罪者》!」
泥棒プレイヤーが目の前のプレイヤー、《断罪者》と呼ばれるその存在に訴えかける。
この《断罪者》と呼ばれるプレイヤーはこのデスゲームが始まったあとに多数生まれた殺人者たちをすべて一刀のもとに斬り伏せたという逸話がある人物で、犯罪行為を起こしたプレイヤーには慈悲容赦なく手にかけるという完全なダークヒーローのような存在だ。
今でも《断罪者》は狂っているとか頭がおかしいなどと言われてもいるが、同時に犯罪行為を抑制する大きな要因になっており、ここ6カ月ほどはほとんど犯罪が起きていなかった。
それゆえ《断罪者》に目立った動きがなかったため犯罪行為をプレイヤーが起こした結果が、現在の状況というわけだ。
その後もそのプレイヤーは何かをのたまっていたが、《断罪者》と呼ばれたプレイヤーはすべてを無視。 あっさりと右手に持っていた武器を相手がまるで反応できないスピードで斬り裂いた。
そして、また、その場に一つの命の光が舞い散る。
その光の中心にいながら、一撃でその現象をもたらした《断罪者》はぼそりと呟いた。
「俺は『犯罪者は経験値の足しになる』と言ったんだ。それに人殺しも人殺しでないことも関係ない。
──そこに、例外など生み出してはいけないのだから」
そのプレイヤーの声を聞くものはすでにその場には誰一人としていないのだった。
◇◆◇◆◇
「……《短剣装備》に《窃盗》……それから《調合》か。毒でも作れたのだろうか?」
この《エアライズ・オンライン》が始まって以降《断罪者》と呼ばれるようになったプレイヤーであるテンリは先ほど自らの手で殺したプレイヤーから得た経験値や獲得したスキルなどを見ていた。
テンリはあのファーストイベントをクリアした後に言い放った言葉を有言実行していた。
悪の所業であるという認識はある。
このゲームにはわざわざ脱出不可能の牢屋まで用意されていたのだ。
捕縛してそこに閉じ込めるという選択肢も本来であれば存在するだろう。
テンリ自身も自分が殺人者であることを否定しようなんて思わない。
だが、それでもこれでいいという認識があった。
これはこの一年で培ってきたテンリの経験からきているのだが、このゲームではだんだんと窃盗も強盗も、そして殺人も、どんな罪も罪としての意識が小さくなっていくような印象があるのだ。
特に殺人などは特に血が流れるようなことはなく、ただ光の粒子として散っていくだけ、種類は違えど他のゲームの死亡時のエフェクトのような感じなのだから、ある意味で言えば本当に殺人をしている感覚というのはあまりないというのはあるだろう。
だからこそ、自分が全ての罪を背負ってでも犯罪を予防する必要があった。
特に殺人者を野放しにしている場合はかなりまずいことになることが目に見えている。
最大幸福の考えとは正確には意味が違うかもしれないが、そのような考え方。
もっといえば、闇を背負うのは自分一人でいいということ。
自分はかつてそういう立場にいたのだから、今更それをやったって特に問題はない。
これが元魔王たるテンリが出した答えだった。
だがそれで納得できるのかと言われれば話は別だ。
(このゲームが終了したら、俺は……)
思わずその先を考えて表情を暗くするテンリ。
この世界ではテンリは普通、とは違うまでもそこにいても不思議ではない程度の人間として生活してきた。
それが他者を殺し続ける生活に逆戻りというのはなかなかに辛いものがある。
と、そんな時だ。
「ん?」
耳に小さな、しかし確かに何かが動く音が聞こえた。
テンリはすぐさま《索敵》のスキルの感知範囲を大きくしてさらに《千里眼》の遠視で視力を強化、同時に《聞耳》も使って聴覚を強化した。
テンリが今いる場所は迷宮の中でありながら森のような地形が多い場所であり、どのスキルもこの状況には適したものだ。
このゲームは基本的にはプレイヤースキル重視ではあるが、スキルも非常に大事なのだ。
今回で言えばそれぞれのスキルを用いることによって知覚を強化することができたり、他にも様々な力をスキルというのは得ることができる。
それ故に多くの人間が多数のプレイヤーを殺していき、そんな殺人プレイヤーをテンリが殺すことによってすべてのスキルが集約されている。特に《聞耳》などはテンリは持っていなかったものだ。
そのスキル欄にはテンリの罪が大きくのしかかっている。
そんな多種多様なスキルを用いて音のした方向を確認してみると、
「あれは、《エメラルドメタルスライム》?」
テンリは予想外の存在に目を丸くした。
この迷宮にはびっくりするくらい多種多様なスライムが存在する。
本来スライムとはゴブリンなどと同様に、モンスターの格で言えば最弱種なのだが、なぜかこのゲームはスライムに関してどう考えても力を入れすぎだろうというレベルなのだ。
例えば今回の《エメラルドメタルスライム》は討伐することで金属を獲得できる《メタルスライム》の中での特に希少な《エメラルドメタル》という風属性についての補助効果がついたものであり、これを使って作った武器防具はかなりの値段で売りさばくことができるし、もちろんアイテムそのもので売っても十分な価値がある。
テンリの場合は自分のスキルの中にあまり鍛冶をやっていないはずなのに高い《鍛冶》のスキルがあるため、それを使った武器を作ることになるなと判断していた。
テンリは左手を《エメラルドメタルスライム》に向けて、スペルワードを詠唱する。魔法の発動モーションだ。
これはそれぞれが独自の言葉を使っていたりするので、それぞれのゲームで《魔術師》を名乗れる人間は頭がいい人間が多く、ある程度のレベルになったら大抵重宝されるものだ。
テンリの場合は元が魔王であり、学習能力も非常に高いため、問題なく魔法を詠唱できる。
難なく相性をクリアしたテンリは今回はホーミングタイプの火魔法を放ち、あっさりとエメラルドメタルスライムを撃破してしまった。
魔法の属性などにも色々と制限があるのがこの世界の魔法だったりするが、テンリの場合は重ね続けた罪のおかげで余裕を持って相手を倒すことが出来ている。
今回も余裕があった。
(……スキルを発動するたびに罪悪感に苛まれるのも慣れてきたというものだ)
テンリはそんなことを思いながらそのまま森のような迷宮の中を歩いて街に戻っていく。
目的地は現在迷宮の最前線である34層の中心都市である《ドラギア》と呼ばれる場所で、現在いる森の迷宮22層からはだいぶ離れているものの、迷宮内にある街のいくつかに存在する《転移広場》なる場所から直接移動が可能であるため、そこまで意識して動く必要がない場所でもある。
ちなみに《ドラギア》がある44層だが、街の名前から予想できる通りにドラゴンが多く住まう階層だ。他の街も大抵が《ドラ○○》と言った名前をしている。
ドラゴンは最強種ではないのだろうか? という疑問もあるかもしれないが、ドラゴンが多数とする胃が決まっていると対策がしやすいということもあるため、そこまで問題視されているわけではない。
対ドラゴン用武器を大量に装備してそれなりに順調に攻略が進んでいるので、そこまで難しい場所でもないだろうとはテンリが実際に戦ってみた感想だ。
今回森の迷宮にある理由はもちろん犯罪者を断罪するためだ。
情報屋からのメールを得てこの場所にやってきたということなのだ。もちろん言い値で買うと言った通りにしているのだが、その情報屋は非常に仕事がいいのに一律の、それなりに良心的な値段で情報を売ってくれるのでテンリとしてもありがたく利用させてもらっている。
と、この階層の大きな街の一つに戻ったタイミングでその情報屋をテンリは入り口付近で発見した。
灰色のフード付きパーカーを着てホットパンツを履いた足がすらっとした女性プレイヤーである情報屋の方もテンリに気がついたようで、他のプレイヤーは黒と紅のコートを見た瞬間に避けていくなかフラフラと寄ってくる。
フードを目深に被っているために顔がわからない不思議な存在である情報屋はテンリのそばまでやって来るとややハスキーな声で話しかけて来る。
「どーも、首尾はどうでした?」
「ああ、問題ない」
「…………」
「……なんだ?」
「いや、あんたは本当に容赦ないなぁと思いましてね。例外を作りたくないのはわかりますけど」
「……別にそんなんではない。俺にとって犯罪者はただの経験値に過ぎないから狩るそれだけの話だ」
「……素直じゃないっすね」
「何か言ったか?」
「なんでもないですよ」
「そうか、じゃあ俺は最前線に戻る。俺が窃盗犯を殺したという宣伝をよろしく頼むぞ」
「了解しました」
情報屋の女性プレイヤーはそれだけ話すといなくなってしまった。
「……相変わらず読めないな」
普通なら《断罪者》という狂った人間に近づこうという発想はないはずだ。
それを平然と会話して来るというのは珍しいことこの上ない。
それが商売のためというならまあわからなくもないが、それだけでは無いようにも思うテンリは余計にあの情報屋の考えがわからなかった。
「……まあ、仕事はキッチリしてくれているからかにする必要もないかな」
テンリはすぐにその情報屋について考えるのを打ち切ってそのまま転移広場に行きドラギアへと転移した。
転移の光がやむと、そこには和のテイストが西洋ファンタジーの中に散りばめれた独特な光景が見えてきた。
この44層はなぜか和のテイストがあるのだ。
残念なことに味噌や醤油のような調味料の類はなくこの世界独自の食事ばかりなのだが、それでも鳥居や木造瓦屋根などは見ているだけで、特にそこに住んでいるわけでもないのに落ち着きを感じる。
魔王でも日本人だからなのかな? などと思いながらこの階層に来てようやっとと買ったマイホームへと向かう。
これまでテンリはひたすら強くなるために食事も睡眠も一切せずに攻略に力を入れてきたのだ。
魔王だからこそこんなふざけたパワーレベリングとも呼べる行為を行ったが、この世界では食事と睡眠くらいが心を休めるものがないため、多くの人間が日中に冒険して、夜になると帰ってくるというのが普通だ。
この昼や夜などの概念だが、どういう仕組みかこの迷宮は階層の天井に空と似た役割を果たすものがあって、昼や夜がちゃんと存在している。
それによってモンスターの分布が変わったりするために、そういった設定を盛り込むためにも作られているのだろうというのがプレイヤーたちの見解となっていて、これにはテンリも同意している。
この関係か天候についても変化があるのがこの迷宮の不思議なところである。
テンリとしては今後も飲まず食わず、寝ず休まずのままでもよかったのだが、ちょっとやりたいことができたので家を買うことにしたのだ。
そんなわけで家に行くのは実はこれで三回目と買ったばかりとは言えあまりにも少ない形だ。
そんなことなど気にしないテンリは街の中を堂々と歩く。多くのプレイヤーたちがテンリを見た瞬間にギョッとしていたそんなものは無視だ。
気にしているだけ無駄だし、そもそも恐れられるというのはテンリの狙い通りなのだから何も問題ない。
恐怖や畏怖の視線を一身に感じながらテンリは自分がかった一人で住むには幾分か大きい印象を受ける部屋の中に入る。
すぐに自分の装備をパパッとラフな、しかしそれでいて確実に現段階では高ランクのものであろうことがうかがえる服装に着替えると、すぐに部屋の奥に入っていく。
部屋の奥の、いくつかの部屋につながった通路を通って一つの部屋に入ると、そこには複数の炉や他にも様々な鍛冶のための道具が置かれていた。
テンリがやってきた場所はそのまま鍛冶部屋だ。
他にも薬などを作るために調合部屋やこの迷宮を攻略するためにはこの世界のことにつてい書物を読まなければいけなかったりすることもあるため書庫となっている場所があるなど、この家は簡単に言えば生産兼研究部屋ということだ。
多くのスキルの熟練度が高くなって以降、そのレベルに合わせたアイテムを生産するためにはそれ相応の道具が必要になってくるため、必要に駆られて街で一番大きな家を買ったのだ。
もちろんお金はとんでもない額ではあったが、情報以外は基本的には武器も防具もその他アイテムもモンスタードロップ品などで賄うことができるため使っていなかったことから貯まりにたまっており普通に買うことができていた。
そして今回戻ってきた理由だがテンリが鍛冶部屋にやってきたことから予測できる通り、鍛冶を行うためだ。
今回使うのは《エメラルドメタル》と、これまで獲得してきたアイテム群。
それらを使って武器を作るためだ。
テンリは先ほど得た《エメラルドメタル》のほかにも《ルビーメタル》や《サファイアメタル》など七種類の特殊なメタルスライムのアイテムを取り出してそれを全て一度一番左端にある炉に入れると、その加熱された状態が終わらないうちにウインドウを開いて加熱状態のアイテムたちを選択する。
そして──
「《最上位合金》」
それらをストレージから取り出したいかにもすごいものだろうとわかる杖を持って言い放つ。
この《最高位合金》は《錬金》スキルの最も高いレベルのものであり、文字通りいくつかのメタルを合金にするものだ。加熱した理由はその方がよりランクが高いものが出来るから。
と言ってもそれほど高いものが出来るわけではないのでそこまで気にする必要はないといえばないのだが、妥協しないというのがテンリがこの世界で過ごす間に決めたことだ。
スキルが発動したことによって加熱されていたアイテムたちは一つになり、《最上位合金》が完了した。
出来たアイテムの名前は《レインボージュエリーメタル》。
「なんとも安直な名前だな……」
テンリは苦笑を浮かべながら次の行為に移ることにした。
次にやる行為は《レインボージュエリーメタル》のインゴット化だ。
武器や防具を作るにもインゴットを作らなければ始まらないため、その形に持っていくためだ。
しかもインゴットにももちろんランクは存在する。
インゴットの場合はそのインゴットの金属の種類でランクを決める他に、魔力が宿っているか否かでも決められる。
例えば《アイアンメタル》をインゴットにすると普通は《鉄のインゴット》となるのだが、魔力炉と呼ばれる特殊な炉を使えば《魔鉄のインゴット》というものに変わり、これで武器を作ると純粋な物理では攻撃できないものが攻撃できるようになったり、防具を作れば魔法に多少の耐性を生み出すことができる。
妥協しないと決めているテンリはこの魔力炉をちゃんと準備している……というより全て魔力炉であるためちゃんとした工程を行えば魔力が宿ったインゴットが出来上がるのだ。
テンリはインゴットに必要数量分の《レインボージュエリーメタル》を作り出したあと、すぐにそれを魔力炉に入れて火加減などを調整していく。
今入れているのはインゴットを作るためだけに作られた魔力炉だ。
このゲームは無駄に凝っているらしく、〇〇専用というのが多数あるのだ。
これは普通の炉よりも五倍くらい高い金額で、それをテンリは四つも用意しているのだが、これも妥協しなかった結果だ。他は武器を作らため専用、インゴット前の鉱石の加熱専用、そして武器の打ち直し専用で普通なら一つで成り立つものを四つ別々に買うのは頭が悪いとしか言えない。
そんな一見アホともとれるような魔力炉を操って鉱石をインゴットへと変えていく。
そして出来上がったのが、
「《魔虹玉のインゴット》か……」
全くどんな金属なのか想像もつかないインゴットが出来上がったので、テンリは《鑑定》スキルを用いて調べると、ほとんどすべての属性が付与された特殊な金属だということがわかった。
「これは武器にするしても剣か刀かナイフか……」
テンリは予想以上に有能な金属が出来上がったのでそれを使って何を作り出すかを考え始める。──と、
「ん? 来客か?」
ウインドウに来客があったというメッセージを受け取った。
テンリは思考を止められたことに若干の苛立ちと、いったい自分の家に何の用なのだろうかという疑問を胸に《魔虹玉のインゴット》をストレージにしまって鍛冶部屋を出る。
奥の通路を出て扉を開けると、そこには白藤色の肩にかかるくらいの髪に藤色の瞳をして、白磁色の軽鎧を着た背中に紺青色のお鞘に入った長剣を背負った騎士だった。
「……君は?」
その青を基調とした色合いの騎士に、まるで見たことがなかったテンリは首を傾げるようにして尋ねる。
すると騎士はその中性的で性別がどちらともとれるような顔を笑顔にして言った。
「ボクとパーティーを組んでくれないかな?」
「…………は?」
突然の申し出にテンリは久しぶりに驚きで固まるのだった。