チュートリアル2
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
「な、なんだ!?」
「きゃああ!」
「じ、地面が揺れてる!」
テンリが不吉な言葉を行ったからだろうか、 突然地面が揺れ始めた。
すぐさま状況を確認するテンリは状況を正しく理解する。
(……この広場自体が沈んで行ってる)
未だ気がついていないものが多いが、だんだんと広場と広場の外の地面に差が出ていた。それも広場が下になる方向でだ。
これはこの場から出ないとマズイという認識があったものの、身体はまるで固定されたように動かない。
(アバターを強制的に固定されているのか?)
そんな考えが頭をよぎったテンリは仕方なくこの状況を受け入れることにした。
多分だが、テンリが魔王としての力を使えばなんとかなる可能性がある。
しかし、この仮想世界で本物の魔法を使ったことは未だになかったのだ。
(そんな中で魔法を使って、もしもゲーム自体が誤作動を起こして全員脳をチンされるなんて状況ははっきり言って……)
──笑えない。
思わずそのような状況を想像してテンリは他の人間とは別の意味で頰を引きつらせていると、地面の沈下がどんどん加速していっているのか、どんどんどんどんと空から遠ざかって行く。もちろん体は動かない。
もうこの状況全てが面倒くさくなってきたテンリは仕方ないので人間観察をすることにした。
テンリが暇な時に行なっていることだ。
……まあ「人間観察をする」という認識をするのは大抵がぼっち特有のものであったりなかったりするのだが、本人が楽しいならそれでいいのだろう。
周りを見てみると、恐怖で立ち上がれないも者、呆然として動けない者、怒鳴り散らしている者、冷静に状況を確認している者、そして笑っている者。
周りを確認すれば実に様々な人間がいるのがわかった。
(この状況で笑える人間がいるのか……)
ただ周りに当たり散らす人間よりはいいかもしれないが、なんとなくテンリは不気味に思った。
(……どうせなら、この場にいる全員を見える範囲で覚えておくか)
こんな異常事態である。
何が起こるかわからないこの状況で、何が必要になるかもわかっていないのなら、今この場にいるプレイヤーたちという要素は確実に今後につながって来るだろうとテンリは判断したのだ。
そうして実に冷静にこの現状をテンリが受け入れた段階で、ようやっと広場の下降が終了する。
もう一度空を見上げると、今その空が閉じようとしていた。
そして、仮想の空が完全に閉じてしまった瞬間、メールが届いた。
「……またメールか」
テンリはメールを読む前に周りを確認することにした。
今いる場所は地下の、どこか迷路、迷宮然とした雰囲気のある場所だった。
ただ、自分たちがいる場所からの出口らしきものは一度のジャンプではまるで届かないような場所にある。
(……あそこに行く必要があるみたいだな)
テンリはある程度のあたりをつけてメールを開く。
『オープングイベント《始まりの試練》
クリア条件:現在いる場所から脱出せよ!
注意点:このイベント開始後からモンスターが大量に出現するので注意せよ。
イベント開始10秒前』
モンスター。
それはこのデスゲームにおいて自分の命を真っ先に奪いにかかってくる相手。
そんなモンスターが大量に出現するなど、現段階では恐怖以外の何者でもない。
しかも──
(未だ《エアステップ》技術がまともに出来る人間なんてかなり限定されているんだぞ……)
そう、この《エアライズ・オンライン》の代名詞である《エアステップ》は非常に難易度が高い。
否、正確にいえばやろうと思えば誰でもできるが、自由自在に操るのが非常に難しいのだ。
この《エアステップ》という技術は空中にいる時に足裏に感じる違和感を踏み抜けばそれだけで二段ジャンプが可能になるため、一見容易に見えるのだが、実は方向転換がかなり難しいのだ。
素直に踏み切れば真っ直ぐにしか跳べず、下手に斜めに動こうとすると足に感じる違和感、ある意味で言えば薄い踏み込み板とでも呼べばいいソレそのものが消えてしまう。
βテストに参加できたメンバーも途中で陸での戦闘メインになってしまったりするほどの力加減が難しいのが《エアステップ》なのだ。
(そんなものをこの場でやらなきゃならないなんて……)
さらに言えば唯一の出口である場所はこのゲームにおいてトップクラスに《エアステップ》が上手なテンリでもそれなりに力を入れて飛ばなければならいような高さだ。
(しかも大量にモンスターが現れるというがもしそれが高レベルで、しかも対空型だった場合……)
待っているのは100パーセント──全員死亡だ。
テンリは思わず歯を食いしばった。
(……何を考えていやがるんだこのゲームの製作者は!!)
魔王は静かに怒りを溜めながら、このデスゲーム最初のイベントが始まった。
◇◆◇◆◇
メールの秒数がゼロになった瞬間に自分の身体を動かすことができるようになったと感じる。
そのことを確認したテンリはすぐに上空を見上げると、どんどんと光に包まれて現れたのは、蝙蝠のような翼を生やして醜悪な顔と禍々しい装備を身にまとった
その数はざっと見ただけでもゆうに10万を超えているのだろう。どう考えても、この場にいるプレイヤーの数より多いからだ。
「チッ!」
普段はただただ攻略難易度地獄級とでも呼ぶべき目の前の敵に対して、おもわず笑ってしまうような性格をしているテンリであったが、今はその光景がひたすら不愉快なものに感じて仕方がない。
だが、そんな怒りを内に秘めながらも頭はビックリするほど冷え切っているテンリはすぐにモンスターの固有名及びそのレベルを確認する。
(レベルは15で出てきているのは大抵がデビルソルジャークラスか……本当に巫山戯ているなこのゲームの製作者は)
通常このゲームにおいて対モンスターの適正となるレベルはモンスターに書かれているレベルプラス5。
それが今はレベル1で相手が10以上もレベルが上などほぼ無謀にも等しい。
それがプレイヤーの数より多いなど、もはや殺しにきているとしか思えない。
本当に腹立たしい気持ちでいっぱいのテンリはおそらくは相手のレベルにビビって動けないであろうプレイヤーたちを置き去りにして一直線にモンスター群に突っ込んで行った。
その一見無謀とも取れる様子に他のプレイヤーたちは同様の声を出す。
しかし、テンリ自身は状況を冷静に把握していた。
(確かに相手は高レベルで、しかもモンスターの格も高い。デビル系だしな……)
モンスターの格とは簡単に言えば固体による差だ。
例えばゴブリンよりもオークの方が同じレベルであったしても強いといったように、そのモンスターの種類によってもレベル以外の強さというのがある。特にデビル系は物理および魔法どちらも非常に強い力を持っており、モンスターの格で評価するならバランスが良く非常に厄介なタイプである。
しかし、それでもテンリは勝てると確信していた。
その理由はレベルの差とこのゲームの性質だ。
普通に考えれば目の前にいるレベルのモンスターはレベル1の俺たちにはかなり荷が重い相手ではある。攻撃はほとんどダメージを与えられないし、攻撃を食らえばそれこそ一撃でHPが危険域、あるいは一撃死もあり得る。
(でもそれはダメージが全く通らないわけでないし、そもそも攻撃が当たらなければいいだけの話だ!)
テンリは最初の大ジャンプからまるで速度を落とすことなく、それどころかさらなる加速を《エアステップ》という高等技術の中で行って飛翔。
そのまま下卑た顔浮かべる悪魔たちのど真ん中へと入っていくと、目の前にいた悪魔たちを斬り裂いていった。
そしてその場で一度止まってしまったテンリはさらにもう一度、斜め跳びの《エアステップ》を敢行。
悪魔たちが密集してる場所へとバスターソードを両手に持って右やや斜め下段に構えると、このフルダイブVRゲーム世界特有の《アビリティ》が発動される光を剣が放つ。
その色は鮮やかな薄緑色をしており、テンリはどことなくかつて戦った勇者の一人を思い出した。
(……そういえば、あいつは強かったなぁ)
そんなことを感慨深げに思いながら、両手剣アビリティの一つである《ツイスト》を発動。
身体をグルんと一回転させることによって悪魔たちを剣が起こす突風で一時で気に吹き飛ばした。
両手剣アビリティ《ツイスト》は簡単に言えば相手を吹き飛ばすくらいの威力がある回転切りだ。
あまりにも密集されいる状況はテンリにとっても望ましくないので一度吹き飛ばしたのだ。
そしてその目論見は成功し、密集していた悪魔たちの中央に球形に空間が出来上がった。
その一角にアビリティ発動後の強制的な硬直から早急に立ち直ったテンリはすぐに三度目の《エアステップ》でツッコんで純粋な剣技で攻撃する。
そして攻撃した相手が怯んでいるのをいいことに、その相手を踏みつけて反対側へと思いきり蹴って飛ぶ。
レベル1では三回しかない《エアステップ》という技術だが、実は空中でその回数制限を迎えても回復する手段がある。
それは敵モンスターなどを踏みつけて、とにかく何かに足を付けるということだ。
テンリは今それを行うことができたので、また回数が三回に戻っている。
そして、《エアステップ》ができるようになったテンリはすでに《ツイスト》による吹き飛ばし効果が切れている悪魔たちの隙をつくために三度の《エアステップ》で不規則な動きを展開し、相手を斬りつけながら踏んで、さらに別のモンスターたちのもとへと跳躍する。
ここからは圧巻だった。
わずか三回しかない《エアステップ》を自在に操って相手の攻撃を一切受けないように敵を斬り裂き、さらに相手が近づいてきたと思ったら《ツイスト》を使って牽制を入れる。
下手に個体数が多いせいでテンリから一番近い敵が吹き飛ばされると、その後ろにいる固体も近づけず、ただひたすらに近くにいる者たちの傷が増えていく。
テンリが与えるダメージなど一割にも満たない程度だが、それでもダメージを与えていることに変わりはない。
それはテンリの技量も関係しているのだが、そんなことは関係なく今厳然たる事実として存在するのは──
このままダメージを与え続ければいずれモンスターが倒されるということ。
そして次の瞬間、それが実現したときに──状況が一変した。
◇◆◇◆◇
多くのプレイヤーたちは唖然と蓋がされた空を見上げていた。
そこには万の軍勢と呼ぶのも生ぬるい数の、自分たちではほとんど太刀打ちできないレベルの相手に、限られた《エアステップ》と圧倒的な技量、アビリティの使うタイミングのうまさなどの経験に裏打ちされた動きによって、モンスターの格ではトップクラスと言っていいデビル系の中の、さらに中位くらいの個体に囲まれていながらも平然と戦うプレイヤーが一人いた。
それは恐るべきプレイヤーセンスだ。
長くこのフルダイブゲームをやってきたプレイヤーだからこそ、その力に見入っていた。
そしてどれほどその均衡が続いたのだろうかと思いながら、タイミングよく《ツイスト》で相手を牽制した後、プレイヤーが何かしらウインドウを操作したと思った次の瞬間から状況が一変した。
何と先ほどまではほとんどダメージを与えることができていなかったモンスターたちに、明らかに大きくHPが減っているであろうことが分かったからだ。
──レベルアップ。
その文字がプレイヤーたちの頭の中に思い浮かんだ。
このゲームではレベルアップしたときにはHPとMPの全回復及び最大値の上昇と、合わせてステータスポイントを割り振ることによって物理攻撃力、物理防御力、魔法攻撃力、魔法防御力のどれかを上昇させることができる。
それ故に攻撃力が上がったのは理解できた。
しかしとプレイヤーたちは考える。
──あれほどのダメージを与えることができるほどに強くなれるのだろうか?
確かにレベルアップをすれば攻撃力が上げることができるし、今回の相手はモンスターの格が高いデビル系の、レベルも10以上上の存在だから3つや4つくらいはレベルが上がるだろうが、それでも相手のHPをごっそり奪うほどのものは通常は得られない。
──それこそすべてのポイントを物理攻撃力に注ぎ込むくらいじゃなければ。
そこまでプレイヤーたちが考えたとき、さらに戦慄した。
通常はある程度バランスよくステータスというのは割り振るものだ。
特に、まるでアニメやライトノベルで出てくるような展開に陥った自分たちが死なないためには防御力をどんどんと上げておくことが大事であろう。
そんな中で物理攻撃力だけ上げるなど正気の沙汰ではない。
なぜならあの中で一度でもダメージを受ければそれだけで死んでしまう可能性が未だ消えていないということなのだ。
それがさらなる戦慄をプレイヤーたちに与えたところで、さらに《ツイスト》を発動したテンリの攻撃が多くのモンスターを吹き飛ばした。
そして──
「早くこの間を跳んでいけえええ~~~~~~~~~!!」
「「「「「────!?」」」」」
プレイヤーたちハッとした。
今のテンリの攻撃によってど真ん中に大きな空間ができたのだ。
この状況であれば、特に何も考えずに《エアステップ》で出口まで行ける可能性が高い。
そう思って多くのプレイヤーたちが動き出した。
◇◆◇◆◇
(よし、うまくいっているな……)
テンリは多くのプレイヤーたちが何とか悪魔たちの間をかいくぐりながら出口まで向かって跳んでいくのを確認しながらまたレベルアップして得た自分のステータスポイントを今度もすべて物理攻撃力につぎ込む。
これはこの場の戦力を分析しての結果だ。
この場にいる悪魔たちはすべて近接型で、尚且つ数が圧倒的に多いがために遠距離からの魔法は仲間に当たってしまう可能性があって動けないという現状があるようなので、防御に専念する必要がなかったのだ。
もしも魔法があればもう少し防御力の方にステータスを振っている。
そして、ここまでくるとむしろテンリにはかなりおいしいイベントになってきた。
なぜなら──
テンリがここまでと同じように、あるいは《エアステップ》の回数が増えたことによってより三次元的な動きをしながら相手に迫って剣で斬りつけると、それによって並んでいた三体のデビル系モンスターが消滅した。
そこからはもはや蹂躙である。
自由気ままに且つ間を通っていこうとするプレイヤーたちに危害を加えないように《エアステップ》を使って動きながら敵を一撃死させる。
ただそれを繰り返すだけでどんどんと経験値がたまっていくのだ。
さらには熟練度というスキルのレベルのようなものもこの戦闘でだいぶ上昇してきた。
序盤をかなり楽に突破できたのが、今の現状を優位性を物語っている。
ここまでくればほぼほぼレベル上げの作業に近い。
それゆえこの状況で問題があるとすればそれは──
テンリが下を見ると、残念なことに高くジャンプできずに手こずっている女性プレイヤーがいた。
それをリアルで仲間なのであろうプレイヤーの何人かが諭しているがどうにも動けそうな気配がない。
テンリはもう一度周りを見回してみると、どんどんどんどんと同じタイプのモンスターが倒せば倒すほど出てきている。
この状況はレベル上げをするためにはかなりありがたい状況ではあれど、こんなふざけたファーストイベントを開催する輩がそう簡単にこのままいかせるような気もしない。
かと言って、この《エアライズ・オンライン》の《エアステップ》は誰かを背負って行うという行為も出来ないという欠点がある。
(……こうして考えてみると、かなり不審な点が目立つよな)
強力な相手を倒すためには相応のレベルが必要だが、レベルがあっても自分で身体を動かして戦わないと敗北する可能性が大きくあり、他人を背負って《エアステップ》できないように誰かを助けるという行為がなかなかに厳しい点もある。
その分の見返りとしてテンリのように動ければもはや現在作業と化している戦闘のように実力だけでひっくり返すことも出来るが……
(……それはそれで、相手を本気で殺すつもりならそれこそレベル50オーバーでも持ってくればいいわけだし、どこか中途半端とも取れるような状態だな)
そもそもテンリのように動けるという状態がだいぶ異常ではあるが、それでも絶対強者ならこの状況を切り抜けることができたというわけである。
テンリはすぐにレベルアップでたまったポイントを自分が現状ほとんど物理攻撃を受ける可能性が低いことを考えて今度は魔法防御力に当てながら考える。
(ぎりぎりであがく姿が見たかった? その方がダメだったときの絶望はあるからな……)
だが、テンリはなんとなくそれだけではない気がした。
(何か意味があるのか?)
そんなことを考えているうちにどうやら話がまとまったようだ。
「やっとか……」
あとは残っているメンバーを
テンリはようやっと現状を抜けられると安堵の吐息を漏らした。
──しかしそれが失敗だった。
おそらくは、たとえ過去に魔王であったとしても、ギリギリの戦いをしていたからこそ、テンリの集中が途切れてしまったのだろう。
──ぎりぎり……
「──っ!!」
何か、弦を引っ張るような音がしたと思って見た先には、先ほどは存在しなかったはずのモンスターがいた。
「《デビルアーチャー》!!」
そしてそれに気がついた時には遅かった。
最後に空中にいたプレイヤーたちはどこか安堵してしまっているのか周りに警戒を出来ていない。
そんな中で通常のものとは違う魔力を込められた矢が放たれたのだ。
回避などできるわけもなく1人が貫かれた。
そして、命の光がその場から散ってしまった。
テンリを含め、その場にいるプレイヤー全員の思考が固まる。
だがそれだけではない。
「くっ、なんであんなに!?」
気がつけば《デビルアーチャー》の数が明らかに増えていたのだ。
これはくしくもテンリが予想した、このままで終わるはずがないというのが事実になってしまった展開ではあった。
それがこの緊張感からやっと解放されるという安堵感が、テンリの判断を鈍らせてしまった形だ。
加えて仲間が貫かれ、消滅してしまった光景に動きを止めてしまったプレイヤーたちは宙に投げ出される状態になってしまった。
「くそっ!」
テンリは今ある《エアステップ》を出来るだけ行ってなんとかアーチャーとプレイヤーの射線に入ろうとしたが──間に合わなかった。
どんどんと、命が散るライトエフェクトがその場を彩っていく。
最後の1人、それまでずっと跳ぶことを躊躇っていたプレイヤーと目があった気がした。
そのプレイヤーの口が動いた気がする。
でも、その言葉は聞こえなくて。
「──あっ」
次の瞬間には、また1つ命の散る光の花が咲いていた。
◇◆◇◆◇
テンリは出口の奥にあった一つの大きな空間の端のところに座っていた。
最後の一人がゲームオーバーを迎えてしまったあと、思わず放心してそのまま宙を落ちて行ったテンリを一人のプレイヤーがテンリに呼びかけて、なんとか気がついたテンリが自力で戻ってきたのだ。
テンリが出口にたどり着いた時には現れていたモンスターたちは消滅してしまって、今は静寂がその場を包んでいた。
(……これは、俺のせいかな?)
何より先ほど鬼神の如き活躍を見せたプレイヤーが意気消沈しているのだ。
その事実がプレイヤーたちに伝播して、重苦しい空気がその場を包んでいるような印象をテンリは受けた。
──ピコンッ!
そう、場違いな音がしたのはそんな時だった。
その音がメールの音だと気がついたテンリを含めたプレイヤーたちがそのページを開くと、そこにはこう書かれてあった。
『ファーストイベントをクリアした皆さんおめでとうございます。
これより《エアライズ・オンライン》のゲームクリア方法をお教えします。
クリア方法は、現在皆さんがいる地下迷宮を抜け出して、その先にある天空の島へと駆け上がり魔王を倒すことです。
また情報としては地下迷宮は50層構造で、内部にいくつもの街があり、そこが安全地帯となっていますよく考えて行動しましょう』
ここまではある程度普通だろうと言えるだろう。
迷宮から抜け出して、天空にある場所に到達などはまさに《エアライズ》と行っていいかもしれない。
プレイヤーたちはこれを見た時に、このゲームの本当の仕様はこうだったんだろうと認識した。
まさに《空を目指して登っていく》というこのゲームのタイトルそのままだと思ったからだ。
そして同時に楽しそうだとも。
だが、次の瞬間には頭が真っ白になるような言葉が出ていた。
『PS:プレイヤーを殺すと莫大な経験値及び殺したプレイヤーのスキルをスキルスロットを拡張する形で熟練度を維持したまま獲得できます。』
この言葉を多くの人間が読んだのだろうか、出口の先にあった空間には別の意味での沈黙が出来ていた。
他者を殺せば大きく強くなれる。
その言葉はまさに悪魔の囁きと言えるものだ。
互いが互いに疑心暗鬼な表情で見合う状況。
下手に動けばそれだけでも大きく怪しまれる可能性が、この場を支配していた。
しかし──
「ククッ」
テンリはそんな重苦しい空気の中で自然と笑ってしまっていた。
その様子に、気でも狂ったのかといった表情をほかのプレイヤーたちは向けてくる。
それは半分違って、半分本当だ。
「ククククク……」
テンリは奇妙な笑い声をあげながら、蹲っていたのをふらふらと立ち上がると言った。
「なるほど……つまり……もしも犯罪者がこの場にいるやつらの中に出てきたらそいつを狩るのが一番効率のいい方法ってことか」
その底冷えするような声で放たれた言葉はその場にいたプレイヤー全員の頭と身体を硬直させた。
それを見たテンリはプレイヤーたちを見てさらに狂ったような笑う。
なぜなら──
(この状況で、こいつらは一瞬自分が犯罪者を殺す光景を想像し、同時に犯罪者にもしもなってしまったらを想像した奴らが多数か……)
テンリは内心「巫山戯ている」と思った。
なぜなら、おそらくこのゲームの製作者は人が死ぬ様をどんどんと見ていきたいのだろうと思ったからだ。
今のプレイヤーたちの酷い顔を見たいがために、いきなり多くの命がなくなる可能性があったイベントを起こして、挙句に殺し合いを誘発するような設定を付け加える。
(──だが、それならそれで対策がある)
そう、テンリは考えた。
だからテンリは狂ったような笑いをしながらさらに続ける。
「犯罪者ならこのゲームは倒しても罪にはならない……それなら俺はこの場にいるやつが犯罪者になった瞬間その命を狩りに行こう。大事な経験値だ、誰にも渡さない」
テンリはそんな狂ったようなことを言いながら、しかしその目はひどく冷静で、だからこそプレイヤーたちは本気だと確信した。
さらにいえばテンリはレベル10以上も上だったモンスターの大群を相手に圧倒した強さがあり、この中で一番レベルが高い。
そんな相手が自分たちが罪を犯した瞬間に殺しにくると言うのだ、これほど恐ろしいことはない。
「情報屋が出来たら俺にコネクションを作ることをお勧めする。もしも犯罪者の情報が出たら言い値で買ってやるからな」
狂ってしまったように見えるプレイヤーはそんなことを最後に言って、このメールを読んだ後に現れた転移のための光の中に入っていった。
その後、多くのプレイヤーが迷宮内を探索し、このゲームにログインしていた10万人のプレイヤーのうち4万人が一年という年月をかけて死亡した。
しかしそれほどの命が犠牲になりながら、未だ迷宮を突破することは出来ないのだった。