チュートリアル1
──真皇路 十理は異世界の魔王だった。
これは断じて重度の中二病を患っているわけではない。
厳然とした事実である。
ではなぜ魔王である十理が地球にいるのか。
時はさかのぼること数百年も前になる……
◇◆◇◆◇
ある日ある時ある世界で、1人の魔王が1人の勇者と対決していた。
お互いにもういっぱいいっぱいで、正直に言えば一度も互いの武器を振るう気概などなく。
だから魔王は提案した。たった1つの、それはもう簡単な勝負をしてそれで勝敗を決めようと。
その勝負名は──
「じゃ、コイントスで」
「はぁ……」
勇者である少女はがっくりとうなだれた。
この勇者な少女がいっぱいいっぱいである理由は別に戦闘についてでは無い。
体力なんて全く減ってないし、むしろ有り余っている。
では何に疲れているかといえば、体力的な問題でなければあとは精神的な問題だ。
実は勇者な少女はこの魔王城に入ってから、一度も戦闘することなく四天王がいた部屋を突破して魔王の部屋へとやってきていた。
ちなみに玉座とかは無い。というか魔王城がそもそもどこぞの貴族の別荘程度広さしか無いのだ。
勇者が最初の四天王と会った時にそのことについて聞いたら経費削減と言っていたのを聞いたときはきっちり1分ほど口をあんぐりと開けて固まってしまった。
さらに言えば四天王がいる部屋には一つ前の四天王が道案内してくれていた。ついでに言えば部屋には『第◯の四天王の部屋』みたいに書かれていた。まるでネームプレートみたいだった。
さらにもっと付け加えると、四天王たちにはそれぞれのやり方で歓迎されただけだった。
そして最後にやってきた魔王の部屋は今まで案内されたどの部屋よりも質素で、挙句勝負はコイントス。
もはやどうでも良くなってきた勇者な少女はジト目で魔王を見ながら尋ねる。
「それで? その魔王のコイントスのルールは?」
「……そうだな。
コインをトスする前に君が裏か表かどっちかを宣言して、俺がその逆を選ぶ。
そんで君が勝ったらその聖剣で俺をぶっ刺して良い。
ただし負ければ君は必ずその聖剣を俺に刺さなきゃいけない。
これでどうだ?」
「どうもこうもすでにあなたが聖剣で刺されることに変わりないじゃ無い!
何したいの? 死ぬのよ? 勇者の聖剣は魔王を殺しちゃうのよ? あなた死にたいの? バカなの? バカなんでしょ? もう何がしたいのよぉ!」
勇者がここにきてずっと溜め込んでいたこの異常事態に対してのストレスを爆発させた。
「おお? 大丈夫か? 壊れたか?」
「壊れてないわよ!」
「そうか、じゃあ一応君の質問に答えるけど、俺は死にたい」
「…………へ?」
「まあ理解してもらえないけどさ?
俺、これまでずっと死んでは生き返り死んでは生き返りってそんなことを繰り返したんだわ」
「え、ええ魔王は転生するというのはこの世界の常識だもの、誰もが知っていることだわ」
それがどうしたのと勇者な少女は怪訝な顔をする。
それにかなり苦い顔をした魔王。
その顔はものすごく苦労してきたんだぞというのが滲み出ていた。
ゴクリと、どんな話が出て来るか想像もできないため勇者の少女は喉を鳴らす。
それはまるで、勇者が魔王の次の一手に緊張しているかのような空気感。
対して魔王はもったいぶるかのようにためにためて言い放った。
「飽きた」
「…………へ?」
硬直する勇者。まるで魔王の石化の魔眼にでもかかったかのような見事な硬直だ。
もちろん魔王は相手が石化しようが、気絶しようが魅了されていようが御構い無しに口撃を放つ。
「だってさ? 3000年だよ? それだけの期間をずっと転生し続けたらそりゃ飽きるよ。というかこれでも頑張った方なんだぜ?
例えば『アル』って名前で剣術の門戸を開いている場所を渡り歩いて全ての剣技を身につけてみたりとか。
たしかその次が『リード』って名前で魔法研究にその時のほぼ全ての生涯を費やしたりとか。
あとは『バルト』って名前で武術道場へひたすら道場破りに言ったりとか。
うーん、『ダスラ』って名前で竜たちに喧嘩売ったりだとかもしたかな?
……まあ他にも色々やったけど全部が全部この世界で出来そうなことはやってきたんだよ……どうした?」
「────」
魔王の言葉に勇者は本日二度目の口あんぐりを繰り出して硬直していた。今度は麻痺の魔法にかかってしまったのだろうか?
まあしかしそれも無理のないことなのかもしれない。
なぜなら『アル』や『リード』、『バルト』に『ダスラ』はそれぞれ《剣聖》、《賢者》、《武神》、《竜敵》という二つ名を持つ英雄たちだ。
それが実は魔王だったなどとうてい信じられるようなものでは無い。
まあしかし彼らは絶対に「魔王とは戦わない、というか俺じゃ殺せない」と言って勇者との旅にも誘われながら全て断った経歴の持ち主たちであり、事実その通りとして自殺という行為を魔王は行えないのだからそれは仕方のないことかもしれないのだが。
あまりにショックが大きかったのか、はたまた混乱状態に陥る呪いにでもかかったのか、勇者はブツブツと「まさか、そんなことが」などなど信じられないといった内容の言葉を繰り返す。
しかしそんなこと魔王が気にするはずもない。
「というわけで殺してくれ」
「いきなりね! というかコイントスはどうした!?」
「だってどっちも結果は同じなんだからやる意味なくね?」
「あんたが提示したものでしょうが!!」
「めんどくせえな、とっととやってくれよ」
「あんたの方がめんどくさいわよ!!」
全くもってその通りである。
そのことを自覚しているのか魔王はすぐに押し黙って、頭を下げた。
「頼む! もう俺にはこの世界で暴れまわる理由なんてないし、この世界にいる理由も無いんだよ!
四天王のやつらはこのあとどうするか知らんけど俺の意見を尊重して俺が死ぬことを許可してくれた!
だからあとはあんただけなんだ!
唯一俺を殺せる聖剣を持った勇者のあんたにしか頼めないんだよ!
頼む! 救うと思ってひと思いにやってくれ!」
その懇願はとてつもなく真剣なもので、勇者の少女は目の前の魔王が自分よりもよっぽどいっぱいいっぱいであることに気がついた。
「……死んでもまた生き返るのよ?」
「大丈夫だ! 対策は打ってある!」
「……はぁ、まあ私の仕事は魔王討伐だし? こんだけ楽に倒せるなら願っても無いことだから? さっさと殺して帰ることにするわ」
「感謝する!」
「……ほんと、なんでこんな奴が魔王なのかしら」
そんな風に最後に愚痴をこぼしながら、勇者の少女は魔王に聖剣を突き刺した。
「何か言い残すことはある?」
「じゃあ最後にいいか?」
「なに?」
「他の勇者たちはいつも仲間を連れてきたのに今回は一人とか……友達いなかったのか?」
「死ねぇ!」
「ちょ、それ、どっちかというと魔王のセリフだから!
まあ、あれだ! 魔王倒した後って大抵荒れるからお前も今後身の振り方に気をつけろよな!」
そんな言葉を最後にとある世界の魔王はとある勇者によって討伐された。
◇◆◇◆◇
「ここは……」
魔王は気がつくと真っ暗な場所にいた。
「どうやら無事死ねたようだな」
この真っ暗な場所に何度も来たことがある魔王はすぐに自分の現状を確認すると、現段階でも力を保持していることが確認できた。
これは本来であればありえないことなのだが、《賢者》と呼ばれるほどの魔法の達人になっていた魔王は聖剣に刺されて死ぬ時に、その聖なるオーラで全身を覆うことによって本来奪われるはずの力を保持したのだ。
なぜ勇者の聖剣で全身を覆えば力が保持されるのかは魔王も詳しくはわかっていないものの、実はここ何回かの転生で何度も検証した結果がこれだったのだ。
(多分この転生自体がなんらかの神のプロセスとか世界の意思的な部分なんだろうけど、それをその世界を守る側の力を一部奪うことによってプロセスに異常を与えているとかそんな感じかな?)
この魔王は勇者と話しているときは基本ふざけていたが非常に頭がいいのだ。というか、そうでなければ英雄と呼ばれるような存在になどなっていない。
「っと、そんなことは後で考えればいいことか」
そう呟きながら魔王はすでに次の行動である魔法陣の軌道に移る。
今回使う魔法陣は転移の魔法陣。
向かう先はこのつまらない世界から抜け出すために手助けをしてくれた魔王にとって唯一対等な存在の場所。
そこに魔王は転移した。
◇◆◇◆◇
魔王が転移すると、草原に噴水、そして淡く光る純白の祭壇のような場所があり、そこには一人の女性が座っていた。
その女性が気がついて腕を振る。
「おっ! 来たっすね!」
「ああ、待たせてすまなかったな」
その女性は非常に綺麗な顔立ちをしているのだが、口調がなぜか魔王の配下(と本人が豪語しているだけ)のゴマスリやろうと似ているため、むしろ話しやすくて助かっていた。
「いやいやいいんすよ! あーしも今ちょっと面白い本読んでたんで、もう200年くらいなら割と余裕で待てたっすよ?」
「そうか、じゃあ申し訳なかった。かな?」
「いやいやそれは無いっすよ! というかむしろ、もう神界までやって来てるんすから、ちょっとくらいここで時間使っても大丈夫だと思うので一緒に読みませんっすか?」
神界というのはもちろん神が住まう世界、空間であり、この場所では唯一魔王と会話している人物がこの空間の住人に当たる。つまり魔王と話している存在は女神である。
「いやー、かのキ◯ト君超カッケーんすよねー」
「どれどれ? ……なんだこれは?」
「ああ、これはっすね? 本人たちが地球って呼んでる惑星の、並行世界で言うところの……まあ第何番かの地球で世界的に人気のあるライトノベルってヤツっすね。ざっくり言うなら漫画と小説をミックスした感じっす」
「ライト、ノベル……」
魔王は女神の説明を聞きながらパラパラとそのライトノベルを読んでいく。
この女神がこのようなものを持っているのにはちゃんとした理由がある。
この女神はあらゆる世界、そしてその世界で常に増え続ける並行世界を見ることが出来る数少ない神だ。
あらゆる世界と、その世界の並行世界を見ることが出来るのはそれぞれの世界でその概念が存在することが条件で、例えば大地母神などは、世界有りしところに大地ありと言っても過言ではないため、あらゆる世界を見ることが出来る上位の神だ。
そして今魔王と話している神は争神。
概念が存在するということはそこには必ず住人がいて、住人がいれば必ず「争い」は起きる。例えば魔王が住んでいた世界では戦の神として崇められているのがこの三下見たいな口調の女神だ。
そういう理由で、この世界のありとあらゆる争いを象徴するこの神はたくさんの並行世界を覗くことができるのだ。
そう、だからこの神は今、一つの世界の一つのライトノベルを手にとって時にケラケラ笑い、時にハラハラし、時にウルウルしながら読んでいるものの、それだけすごい神なのだ。
そんな一見三下のすごい女神様が言う。
「いいすか?このライトノベルは漫画とかと違って、そこまで発行部数が伸びないパターンが多いっす。そんな中でこのラノベは漫画でもたどり着ける作品がそんなに無い部数売れているくらい人気なんすよ!実際ちょー面白いっすから、まあ当然かもしれないっすけどねー」
「へぇ、あんたがそう言うなら読んでみるか」
あらゆる世界を見ることが出来る争いの神のおすすめはなかなかのものだろうと思って魔王はそれを眺めることにする。
そして10日後。
「やばい! 仮想世界に行ってみたい! フルダイブしてみたいんすけど!」
魔王も見事にハマった。
それに嬉しそうに女神が乗っかる。
「そうっすよね! マジで面白いっす! 作者様マジリスペクトっす!」
「おい神様が下手にリスペクトなんてしたら世界が軽く傾く可能性が有るから気をつけろ!」
「大丈夫っすよ! こういうのは心のうちに留めておいてるっすから! 聞いてるのはもうすでに運命の鎖を断ち切った魔王さんだけっす」
「…………」
この言葉に魔王は黙り込む。
女神が言った「運命の鎖を断ち切った」というのは、今ここにいるという状況そのものがその言葉を現していると言っていい。
そもそもこの魔王は一つの世界の、いくつかの「魔王が存在する」という並行世界において、常に同じ世界で転生を繰り返すというのが定められた運命だったのだ。
「いやーまさか運命そのものに争いを挑むなんて、そしてそれを超えられるだけの力を蓄えて実行するなんて、ほんと魅力的な魔王さんですよ」
「そりゃどうも」
そう、女神のいうとおりこの魔王は自身がずっと魔王として転生し続けることに飽きてしまったという理由だけで、その世界を飛び出すために行動し、相反する勇者と聖剣の力まで利用して、本来至れるはずのないこの争いの神が住まう神界までやって来た。
それこそ、あの世界にずっと縛られ続けるという運命を断ち切ってまでやって来たのだ。
「と言ってもあんたが協力してくれたから今俺はここにいるわけだからな。別にすごく無いと思うぞ?」
魔王は初めて争いの神に話しかけられた時のことを思い出しながらそう言う。
あれは魔王にとってまさに天啓だった。
だから魔王からしてみればこの目の前の人物に感謝してもしきれないし、今も友人となったくれていることに感謝している。
だが、女神からしてみれば魔王のその評価は首をかしげるしかないものだ。
なぜなら例え神の力を持ってしても運命を断ち切るなんてことは容易ではない。
そもそも神も概念に縛られており、その概念がもたらす運命から逃れることはできていないのだ。
だからこそ女神はこの魔王を評価し、対等どころかある種の尊敬さえも抱いている。
そんな女神からしてみれば魔王の発言は謙虚としか言いようがない。
「……まあ、その謙虚なところがまた魅力的なんすよねぇ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでもないっすよ?」
魔王の肩をすくめて言った言葉に小声で女神が呟くも、それは魔王には届かなかった。
首をかしげる魔王を無視して女神は言う。
「それで? どこの世界に行くことにしたんすか?」
この女神の言葉に魔王は気を引き締める。
この神界に来た理由は別の世界に、魔王としてではなく別の、もっと違う存在として生まれて、人生を謳歌して行きたいと思ったからだ。
魔王が死ぬ前勇者に言った通り「飽きた」から別の世界へ行く。
なんとも魔王らしい傲慢な考えだ。
だが欲が強いからこそ自分は今ここにいるという自信もある魔王はそのまま傲慢を貫き通す。
「ああ、そうだな。俺は是非ともこのフルダイブ技術がある程度存在している場所に行きたい。
この世界のライトノベルとやらには他にも色々なゲーム設定があるみたいだからな。その辺りを体験するなら、始まりというよりある程度その辺りが進んだ世界が望ましいかな」
「なるほどっすね。じゃあこの辺りがいい感じじゃないっすか?」
「うん、そうだなー」
女神の提案ある程度限定した世界を見て行く。
「うーむ、まあこの辺りだけど……」
魔王は少し迷う。
なぜなら限定したと言っても世界は無限に存在し、今もなお、その世界にいるたった一個体の選択で世界が分岐して行くのだ。
その中から選ぶというのはなかなか骨が折れる。
「まあ、ここまで来たらあとは直感じゃ無いっすか? 別にあーしはこのまま長いこと二人っきりで世界眺めててもいいんすけどね?」
「……そういうことは下手に男に言うもんじゃ無いぞ。男ってのは冗談であったとしてもそういう言葉には弱いんだ。例え女慣れしている野郎だろうが、綺麗な女性からの期待させる発言なんてのは猛毒に違いないわけだしな」
妖艶な顔をして女神が魔王を見つめるものの、見つめられた本人はジト目でそれに答える。
「んー割と本気なんすけどねー。まあ今は褒められたことを素直に喜んでおくすっかね?」
「そうしておけ。──で、俺ここに決めたわ」
「あれ? 決めちゃったんすか?」
魔王があっさりと行く先を決めてしまったので目をパチクリとしてその世界を見てみる。
と言っても、電脳世界、仮想世界の技術が大きく成長しているくらいしか無い世界で、特に珍しさはなかった。
「どうしてここにしたんすか?」
「いや、あんたが直感でって言ったからなんとなくな」
「なるほど、まあ無限にある世界から一つを選ぶなんて、そんなの勘ぐらしいかないっすもんね」
「ああ、あとは確認だが、能力は引き継いだまま行けるんだよな?」
「その点は大丈夫っす」
「そうか、ならいい」
魔王は頷くと、女神がパチンッと指を鳴らして、噴水の近くに特殊な光が現れた。
「そこに入れば次の世界へ転生できるっす」
「ああ、何から何までありがとうな」
「いいんすよ~。むしろ私としてもやっとなんすから」
「ん? やっとってなんだ?」
「ふふふっ、乙女の秘密っす」
「……そうか。じゃあ、また会う機会があれば、その時にな」
「はいっす!……まあすぐに会うことになるっすけどね〜」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでも無いっすよ~。いってらっしゃいっす~」
「おう行ってきます」
そんな言葉を最後にして、魔王は光の中へと入っていった。
◇◆◇◆◇
こうして魔王は十理へと転生を果たして、今、デスゲームに巻き込まれているわけである。
そんなわけで、テンリは魔王だからそもそも身体に悪影響を及ぼそうとすれば自動的にガード出来るし、たとえそれを掻い潜って脳をチンされても自動的に回復してしまう。
それは脳が破壊されるとかに関係なく、体質として、この世界で言うなら理科でいう反射のような形で無意識に行われるからまるで問題がないのである。
そんな恐怖のメール(十理にとってはただの迷惑メール)には次いでこのようにもかかれていた。
『では、このメールを開いてから五分後に最初のイベントを開始します。
イベント開始と同時にこのゲームのクリア条件が発表されますので、よく読むようにしてください。
イベント開始まで10秒』
「なんでクリア方法がイベントのあとなんだよ。まるでイベントをクリアできないやつが存在するみたいな……」
最後の秒数がどんどんと減っていくのを確認しながらテンリは思わずそうつぶやいて──固まった。
「……まさか、いきなり他人が死ぬのかこのゲームは?」
その言葉が魔王の放つ呪いの言葉となってしまったのだろうか。
事態は一気に動き始めた。