チュートリアル13
「え~と、おっさん。こんなところで何してるんだ?」
テンリとトーカは島の中で唯一存在した建物の前にいる、この世界に不釣り合いなコックコートを着たおじさんNPCに声をかけた。
すると、おじさんNPCの頭上にあった《?》が《!》に変化して、おじさんが話し始める。
「おお、こんな辺鄙な場所によく来たな旅の人よ。ようこそ《崖の上の料理店》へ」
「あ、はい、それでおじさんは何をしてるんだ?」
そのまんまかよと内心テンリは思いながら話を聞く。
「ああ、お前さんらは知らないかもしれないが、このあたりの島は大体三日間に一度、ここにある五つの島の位置が変化するんだ。
それでだな、この場所は結構珍しい食材が手に入るんだが、その中でも今の状態の配置になっているときってのは五つのものすごくうまい食材が手に入るそうなんだ。
しかもだぞ、今の配置だとどこかにこの海の底に繋がってる洞窟がどこかにあるみたいでな。そこにある食材がそれはもううまいのなんのって話なんだ。
そういうわけでこんな場所にいるんだが、困ったことにこのあたりのモンスターどもはかなり強くてなぁ腕っぷしにもそれなりに自信があったんだがどうしても食材が取れなくて、困ってたんだよ」
「うへぇ」
明らかに面倒なクエストだとテンリは思った。
それ故に「これどうしようか?」とテンリはパーティーメンバーたるトーカに質問しようと思ったのだが……
「そうなんですか! ぜひその食材集めを手伝わせてください!」
「え? あ!」
「お、本当かい? じゃあ任せるよ」
「はい!」
「…………」
勝手にトーカがクエストを受けてしまった。
「だ、だってきっとおいしい料理を食べれるんだよ? しかも滅多にないクエストなんだから受けなきゃ損じゃん」
テンリが無言で不服の意を向けていることに気がついたのか、トーカが「あはは」と言いながら弁明してくる。
「まあ確かにそうかもしれないけど……」
テンリとしてはもう少し吟味してほしかったのだ。
「俺たちはあんまり時間がないんだぞ? それにで、デートなのになんでわざわざクエストを受ける必要があるのさ……」
言っていてなんだか恥ずかしくなってきたテンリはプイッとそっぽを向いて文句を言う。
「ボクたちなら特に問題なくクリアできると思うけどなぁ」
「そうだけどさ? 今クエスト情報が目の前にあるけど食材を六つ集めるのってそれなりに大変だと思うぞ? しかもこれ明日までの期限付きだし」
クエストを受理するとクエストの情報やクリア条件、さらに期限などが設定されるようになる。
今回の場合は各島にある食材と、この島の構成の時だけ現れるという海底へつながる階段の奥にある食材を見つけてクエストNPCであるコックのおっさんのもとに持っていくというもので、このクエストの場合は三日おきに島の構成が変わるので期限も設けられている。
「というかこれ──」
「もう受けちゃったんだから仕方ないでしょ! それに何度も言うけどテンリくんとボクなら絶対にクリアできるって」
「その自身はいったいどこからやってくるんだ」
「そりゃあボクは魔王なテンリくんなら何でも解決してくれるって思ってるからね」
ニコリと笑うトーカにまたしても見ていて恥ずかしくなったテンリは、
「……なんだよそれ」
と文句を言うしかなかった。
そんな少年のようなテンリを見てクスクスと小さく笑ったトーカは手をパンッと打つ。
「ともかく行ってみようよ」
「はあ、まあそうだな。乗り掛かった舟だし」
なんだか言葉ではまるで勝てないなぁとテンリは思うのだった。
なんとなくこの状況だけで疲れたテンリだったが、一度ため息をついたあと、思考を切り替える。
「じゃあ、この島での食材をまず探すとしますかね。ま、とりあえずおっさんにもう少し話を聞いておくけど」
「うん、そうだね」
クエストNPCはクエストを受理した後に話を聞いてみるとそれなりに情報提供してくれるものなので、それを利用しようという考えだ。これはこの世界で生きているプレイヤーたちの経験則からくる常識だ。
普通のゲームなら何の情報も収集しないというある種の縛りプレイのようなものをやる人間もいるが、この世界ではイレギュラーなテンリとトーカを除いてゲームオーバー=現実の死になってしまうのだから、そんなことをする人間はよほどの自信過剰なバカか能天気すぎる阿呆か……はたまた自殺志願者くらいだ。
情報こそが命というのはこの世界も同様なのである。
そんなわけで二人が情報収集してみると、結構面倒くさいことが分かった。
「まさか各島々で必ずモンスター一体と戦わなきゃいけないってどんなクエストだよ。めんどくさいにも程があるだろ」
テンリが実に乗り気じゃない感じで文句を言うと、「まあまあ」とトーカがなだめる。
「確かに面倒だけど、それでもレベル的に見れば安全マージンも十分とれているだろうし大丈夫じゃないかな?」
「いや、こういうクエストの場合はどう考えても中ボスクラスが出てくるだろ。中ボスクラスならそれなりに時間を取られるぞ。だいたいどこに目当てもモンスターがいるのかもわからない状況なんだからな」
「あ~確かにそれはちょっと大変かもね」
どうやらトーカはクエストを積極的に受けるタイプではないのだなと内心で思いながら、テンリはこの後の展開がどうなるかというのを予想する。
「まあ島にある食材はたぶんたいていが島の中心あたりに行けばあるだろうな。で残りの海底に繋がる階段ってやつは正直どうなるか分かんないけど、たぶんヒントがどこかに散りばめられてるはずだ」
「そうか~。結構大変だね」
今回の場合はそれなりに大きなクエストの類に入るので、テンリとしては避けたいところだったりしたのだが、パーティーメンバーが乗り気であるためにテンリはもう一度つきそうになったため息を飲み込むと言った。
「じゃあ行こうか」
──三時間後。
「はぁ~」
「もう今日はため息ばっかりだねテンリくん」
「いや、ため息もつきたくなるさ」
苦笑するトーカにテンリはうんざりしたような顔になりながら言う。
「この歳になって《スタンプラリーもどき》をやるってどういうことさ?」
ここまでテンリたちはかなりあっさりと四つの食材を獲得し、最後の島にやって来ていたのだが、そこにテンリが文句を言いたくなるような状況が待っていたのだ。
それが《スタンプラリーもどき》。
このイベントはそれぞれの島の中央にある扉で閉ざされた遺跡の入り口付近に、カードのようなものが用意されていた。それらに書かれた場所を回ることによって、スタンプラリーカードに言った場所が記載されたのだが、それが鍵となることで遺跡内に入ることが出来るようになっているのだ。
さらにそれぞれの島で食材を獲得したときにも同様の、今度は島ごとであろうスタンプラリーカードが出てきたときはなんで二重にやらなきゃいけないんだとテンリは思わず地面に叩き付けてしまった。
「別に不思議じゃないと思うけど?」
トーカが文句を言う弟をなだめるように言うが、テンリとしてはまるで納得がいかない。
「いや、別にスタンプラリー事態には文句はないんだよ。でもさ? スタンプラリーってのは謎解きとかあるいは電車とか、あるいは名所とかそういうちゃんと場所が分かっているところへ行くだろ? それがこのゲームは頭がおかしいのかどこに行けばいいのか全く分からなかったじゃないか」
スタンプラリーカードはただのカードで何も書かれておらず、どこに行けばいいかまるで見当がつかなかった。だから、テンリはこれはスタンプラリーなどではなく《スタンプラリーもどき》と言っているのだ。
「でも行けばいい場所が東西南北ってちゃんとハッキリした場所でよかったじゃん」
トーカがなおもテンリをなだめる。
トーカの言った通り、スタンプラリーで行けばいい場所は各島々の東西南北の端にある場所だった、そこにはいろいろと景色がいい場所だったり謎の像が存在したりとなんとなく名所っぽいものがあったりしたのだが、それ自体も「まあ名所かな?」と思う程度という微妙な感じで全然凝っていない。
つまりテンリは何もかもが中途半端であることに怒っているのだった。
「しかもまだどこに海底に繋がる道があるのかもわかってないし……っと遺跡についたな」
「うん、他のボスもそれなりに強かったから、警戒しないとね」
二人は第六の遺跡の中へと入っていく。その表情は真剣だ。
実はトーカの言った通り、ここまで戦ったボスたちはそこそこ強くて、尚且つ厄介な効果を生み出す存在だったのだ。
まあそれでもレベルというのはあるものなので、二人にとってみればゲームオーバーする可能性は皆無に近いのだが、それでも多少の警戒はいる。この死なないけど多少警戒した方がいいというのも、微妙なところも実はテンリが苛立っている部分なのだが……
そんなちょっと怒りっぽい感じになっているテンリだったからだろうか。
次の戦闘はかなり残念なものになるのだった。
◇◆◇◆◇
二人が最後に入った遺跡のボス部屋は真っ青な部屋だった。
実は他の部屋もこの部屋とは違う色ではあるが、単一のもの一色という部屋ばかりで、なんとなくそれにちなんだ色のモンスターたちが出てきたのだが……
「なんで真っ青な部屋に真っ赤なエビが出てくるんだよ!」
テンリは出てきたモンスターに思わず文句を言ってしまった。
「しかも名前だけど、どう考えても伊勢海老だよね……」
基本的にはおおらかなトーカも目の前の相手には苦笑を隠せない。
二人の前にいるのはテンリが言ったように真っ赤なエビで、モンスターの名前は《エルダーラージシザーハンズシュリンプ・ISE》だ。確かにどう考えても伊勢海老である。最後の《ISE》がなんとなくウザい。
ここまでの展開も非常にグダグダだったために、この展開はあまりにも残念過ぎる者だったのだが、テンリもさすがにいらだちがピークに達してきていた。
「もう面倒だからさっさと倒すぞ!」
そう言ってテンリは思いきり速度を上げてエルダー……伊勢海老に近づく。
──と、伊勢海老が大きく息を吸い込んだ。
「──っ!」
それを感知したテンリはいったん下がる。同時に後ろから追ってきていたトーカもテンリの動きと連動して回避行動に入っていた。
そして伊勢海老が思いきり吸い込んだ息を吐きだすと、毒々しい色をした泡が多数発生した。
「泡を吹くのはカニだろ! しかも毒かよ! お前食材じゃないのか!」
普段のテンリなら絶対にこんなツッコミは入れないであろうが、今日はなんだかいろいろと不満がたまっているのか全てに文句を言ってしまっている傾向がある。
その様子をトーカはどこか弟でも見るかのように優しく見つめながら微笑むと、一気に泡をかいくぐって駆け抜けた。
(なんだかテンリくんが予想以上に冷静じゃなさそうだから、ここはボクが頑張らないとね。もともと付き合ってもらっれいる立場なんだし)
そんな心持ちで一気に伊勢海老の近くまでやってくると、とりあえずということで先制の一撃を入れた。
「あだっ!?」
──が、なぜか苦悶の表情を浮かべたのは攻撃を加えた側であるトーカで、すぐに後ろへ戻ってくる。すでにエビが放った毒の泡は消失しているため、それなりに安全だ。
「どうしたんだ? 今のは完璧に技が決まったはずだよな?」
「いや、なんかめっちゃ硬かった」
エンジェルピナを持っていた右手をプラプラとさせながら「痛いぃ」と言っているトーカ。
その様子に今度はテンリが苦笑しながら聞く。
「つまりは斬撃耐性でもあるのか?」
「うん、それもかなり高いレベルだと思うよ。ほぼ無効化レベルじゃないかな?」
「そうか、それはまた面倒だな」
「そうだね」
かの弱点と見せかけてそこが一番防御力が高いという嫌がれせのようなゴーレムの時のように、モンスターによっては通りにくい攻撃があったりする。
それが今回の伊勢海老では斬撃のようで、剣士である二人にとってみれば天敵のような存在だ。──普通であれば。
「なら打撃系の攻撃にするか」
平然とそんなことをのたまうのはテンリだ。
テンリは伊勢海老のハサミ攻撃を躱すとすぐにウインドウを開いて武器を取り換える。
「たらららったら~《雷撃の戦槌》~」
「テンリくん、どうしたの?」
「いや、なんかもう真面目にやるのが馬鹿らしくなってきたので、適当にやろうかと」
「…………」
黄色と青で彩られた大きなハンマーをどこかの青い猫型ロボットさんのように取り出したテンリのふざけた様子に、なぜか伊勢海老さんがかわいそうなことになるのではなかろうかという不安に駆られたトーカ。
そしてそれはすぐに現実のものになった。
伊勢海老が大きく息を吸い込むモーションに入ったところでテンリは動き出す。
普通今回の伊勢海老の泡攻撃のようなブレス攻撃は回避行動をとるものだが、テンリレベルであれば余裕で相手がブレスを発動する前に攻撃ができる。
テンリは一瞬で大きな伊勢海老のわきのあたりに入り込むと、大きなハンマーが黄緑色のライトエフェクトを纏った。
「よっと」
そんな実にてきとうな声とともに放たれたるは《デュアルアッパー》二連撃。
高速で一撃ハンマーによるアッパーをお見舞いして、さらにそのまま身体をバク転させながらもう一度下段からハンマーを叩き込む。
わざわざ下から二度攻撃する意味は簡単で、相手にのけぞらせるためにある。
そして、それは甲殻類や昆虫系のモンスターなどに行うとある現象が起きるのだ。
圧倒的にレベルが高く、またほぼほぼ物理攻撃力にステータスを振っているテンリの高威力のアッパー二発に伊勢海老さんはあっさりとひっくり返ってしまった。
しかしテンリの行動はまだ終わらない。
すぐにウインドウを操作すると、紫色の宝玉がついた長杖を取り出すと、その杖を正面に掲げて詠唱を開始した。
魔法は手を正面に出すことによって発動することが出来るのだが、これは武器を持っているときも同様だ。
その中でも杖などに関しては魔法の効果を増幅するものが多いため、多くの《魔法使い》に分類するプレイヤーたちがこの杖を装備して戦っている。
時々杖を殴るという物理攻撃のために使用しているプレイヤーもいたりするのだが、それはかなりレアなケースでほとんどないと言っていい。
テンリはその詠唱を完了させると、紫色のロープが多数発生して、ひっくり返って動けなくなっている伊勢海老を縛り付けてしまった。
「うん、これでいいだろう」
テンリが満足そうにひっくり返った伊勢海老を見る。
甲殻類や昆虫系のモンスターは一度ひっくり返ると行動を大きく制限されてしまう。これは現実世界の生物を忠実に再現しているところであり、このVRゲームではかなり定番に入るところだ。
もちろん現実の生物と同じように、身体を左右に揺することで身体をひっくり返す行動をモンスターたちもとるのだが、そこにテンリが発動した相手の動きを拘束する闇のロープを発動させたために、伊勢海老は身体を揺することも出来なくなってしまった。
つまりは全く動けなくなってしまったのである。
普通であれば、闇のロープも必死に動くだけでだんだんとちぎれるものだったりするのだが、そこはテンリのレベルやスキル熟練度、そして装備のランクの高さなどが合わさって非常に強力になってしまっているので、伊勢海老からしてみれば相手が悪かったとしか言いようがない現象。
「さて、じゃああとは好き勝手に殴りますか」
もう一度黄金のハンマーを取り出したテンリはそのハンマーにライトエフェクトを発生させながら非常に悪い笑みを浮かべたのだった。
それから少しして。
「よし、討伐完了」
この階層はまだモンスターのHPゲージが見えるので、それを確認しながらひたすらにアビリティで殴り続けた結果、五分後にはあっさりと伊勢海老は消滅してしまった。
「なんだか八つ当たりしているようにしか見えなかったんですけど……」
その様子を見て満足ですと言った表情のテンリに、トーカがジト目を向ける。
「うん、だいぶ八つ当たりだね」
「そこで開き直るんかい!」
テンリの言葉にトーカがツッコミを入れる。
そんなトーカの反応にテンリは苦笑を浮かべると、ウインドウから今度は一枚のプレートを取り出した。
「さて、これで豆に、栗、卵に昆布。それから伊勢海老の五つの食材が手に入ったわけだが、その後はどうなっているのか………………」
取り出したプレートはこの島をめぐるスタンプラリーカードだったのだが、テンリはそれを見て固まってしまった。
「え? どうかしたの?」
「…………」
突然固まったテンリにトーカが質問するも、テンリは無言で佇む。
「ほ、本当にどうしたの? ────え?」
テンリが全く反応しないことに何か不味いことがあったのかと思ったトーカがスタンプラリーカードを見つめると、固まってしまった。
理由はカードに書かれていた内容だ。
カードにはこう書かれていた。
『海底に繋がる階段があると言ったな? あれは嘘だ。そんなものはない。
もう一つの食材はすでに俺が持っているので安心して帰ってくるがいい。
あれだな、君たちに最高の料理を届けるための時間稼ぎというやつさ。
君たちが五つ目の食材を獲得しているころには食事はできているだろう。
さっさと帰ってきて料理を楽しんでくれたまえ。ハッハッハッハッハッ!
by崖の上の料理店の店主』
「ふ、ふざけんじゃね~~~~~~────────!」
テンリの叫びが真っ青な洞窟にこだました。