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チュートリアル10

「…………どういうことかな?」


 テンリの言葉にアルトリアが戸惑う。

 かくいうこの話を第三者的な視点で聞いていたトーカにもテンリの発言の意味が分からなかった。


 というのも、トーカは実はこれまでアルトリアから今回の計画について聞いていて、それ故に時には協力したりしながら行動してきたのだ。

 だからテンリがこの話を聞けばどんなアクションを起こすのか気になっていたし、いきなり反りが合わないようだったけれど、出来れば自分がうまくとりなしていきたいと思っていたところなのだ。

 それ故にいきなり相容れない状態になってしまったことに、トーカもどうしていいのかさっぱりわからない。


 しかし、テンリはアルトリアの発言とトーカの困惑を無視して話し始めた。


「俺、実は疑問に思っていたんだよな。最初のイベント以降、モンスターの悪質さとかそういう類で多くの人間が死んでいくっていう展開がよくあったわけなんだけどさ。本当にそれ以外にこのゲームをデスゲームに変えたくそ野郎どもは何もしていないのかって」

「ど、どういうことテンリくん!?」


 テンリの発言にトーカは思わず質問してしまう。

 その質問に答えているのか、実際に言葉を紡ぎながら自分の考えを整理しているのかわからないが、ともかくテンリは続ける。


「で、まあこのくそ野郎どもが行うとして考えられることと言ったら、例えば今住んでいる街とかそういう類を安全地帯じゃなくしてモンスターを襲わせるとか、他にはクリアしていけばクリアしていくほど下の階層が崩壊していくとか、そんな感じかなぁと思ってたんだよ」

「──なっ!?」


 トーカとしてもあの嫌になるようなファーストイベントの記憶は今でも残っている。

 あの時もテンリが必死になって道を切り開くことによって、多くの人間が助かったのだ。

 ──多くの人間が助かったのであって、すべての人間が助かったわけではなかったのだが……

 あの時からどことなくテンリのことが気になっていたトーカとしてはとても印象に残る出来事だったのだ。


 そういうこともあって、トーカとしてはそれがどれだけ多くの人間の人生を台無しにしてきたのか理解できるから、そんなイベントをもっと多数用意しようとしているというのは恐ろしいとかそういう次元ではない。狂気ともいえるようなものだ。

 そんあトーカの驚きなどテンリは気にもせずに続ける。


「まあ、この二つはたぶんだけどあんまりやらないんじゃないかなと思ってたんだよな。──だってそれだとたぶんだけど製作者側としては面白くないだろうから」


 何が面白くないというのだろうか? そもそもこれだけの非人道的な行為を行っていて、基準は面白いとか面白くないとかそう言うものなのだろうか。

 ──だとすれば、そんなことを考える人間はもう、《人間》というくくりでありながら、それこそ別種の《何か》としか形容できないほど狂っている……


 そこまで思考が一気に加速したトーカだったが、


「たぶんだけど製作者側が一番やりたいイベントは《犯罪者プレイヤーvs一般プレイヤーの殺し合い》だろうな」

「────」


 続くテンリの言葉にトーカは完全に思考停止してしまった。

 プレイヤーとプレイヤーの殺し合いをイベント化する。

 しかも今現在このゲーム内での殺人は現実世界での殺人とイコールである状況でのイベント化だ。

 そんなことをしてしまえば……


「そんなことをすれば人殺しに関しての忌避感みたいものが薄れてきてもっと人殺しが増えるかもしれないな」


 トーカが予測した答えをテンリが言葉として発する。

 そう、人間というものは一度やってしまうとすでに一度やっているんだし二度目も大して変わらないと思ってしまう生き物なのだ。

 例えば学校を一度サボってしまうと、それ以降サボる回数というのは結構増えてしまったりするものだ。

 さらに言えばこのゲーム内での殺人は別に血が出るわけでもないし、死体が残るわけでもない。死ねば完全にすべてが消滅してしまうような世界なのだ。


 ほとんどの人間が意志の力でそれを維持しているが、一度やってしまえばもっと殺人が増えてしまう可能性がある。

 なぜならファーストイベントが終了した後のメッセージには他人を殺すことによって強くなれるという情報までご丁寧に書かれていたのだから。


「まあ、そう言う理由もあって俺は全力で犯罪者どもを抹殺してきたわけなんだよね。絶対にそんなイベントを起こさせないために」


 それがテンリが過剰ともいえるほど厳格に犯罪者を断罪してきた理由。


「まあ、それでも俺は人殺しは人殺しであることに変わりはないから、その点については言い訳する気はないわけなんだけど……」


 そんなことない、とトーカは言いたかった。

 確かにこれはあくまで憶測の段階であり、ある意味で言えば「もしかしたらそうなるかもしれない」というのを免罪符として殺してもいいと言っているようにも判断されかねない。

 だがトーカには分かる。


 初めてテンリの家を訪ねたとき、テンリはなんてことのないように振る舞っていたが、その目は驚くほどに生気がなかった。

 その目を見ただけで分かった。


 テンリだってそんなことはしたくなかったのだ。

 それでももっと多くの命が奪われる可能性があったから、自分が全てを背負おうとしたのだ。

 それによって自分の心が壊れてしまっても、それでも多くの命を救うために自らを傷つけてきのだ。


 だから強引にでも一人にしたくないと願ったし、パーティーを組んでからはそう行動してきた。

 そして行動してきてなおさら気づかされたのだ。

 テンリというプレイヤーは確かに超越的な強さを持っているが、その本質はただの一個人であり、そんな一個人が全てを背負おうとするなど到底無理なのだと。


 だからトーカにはわかる。

 テンリは確かにプレイヤーたちを多く殺した。

 だがそれは、このデスゲームが優しい彼にそうさせたのだ。


 そう思ったトーカはすぐにそんなことはないと言おうとしたが、そこでテンリが先に話し始めた。


「そう、俺が人殺しの件はのちに解決するとしても、今問題なのはそっちが犯罪者をかばおうとしている事実だ」


 その発言に、トーカはここまでのテンリの話の流れから結論を導き出す。


「つ、つまり、アルトリアさんはこのゲームを作った側で、テンリくんに犯罪者殺しをやめてほしいのはその人殺しイベントを発生させたいから……」


 そう思ってアルトリアを見ると、ここまでは無言だったアルトリアが動いた。


「何を言っているのかな? そんなわけないじゃないか、なぜ私たちがそんなことをしなければならない」

「さあな? でも、俺に犯罪者を殺されたくないのなら、今いいところまでいっているというそのログアウト不能解除プロジェクトを後ろにいる人間も含めて総出で行うべきなんじゃないか?」

「だが、その間に犯罪者が現れた場合はどうするつもりなんだ」

「もちろん殺すよ。そこに例外はない」

「だからそれでは助けられる命というものが減るから──」

「そもそもあんたがそんなことをしているのかというのが信じられないからな。何を言っても俺は変えないぜ? というか、俺から見たらあんたらはグレーじゃなくて真っ黒だ。まるで信用に値しない」


 何度か弁明を試みたアルトリアだったがテンリはまるで相手にしない。

 それどころかびっくりするくらいの憎悪の目をアルトリアに向けている。


「……はぁ」


 その様子にアルトリアはこれ以上の交渉が不可能であると悟ったようで、ため息をつくと立ち上がった。


 仕方なく帰るのだろうか? とトーカはこの時思ったが、現実というのはもっと残酷だった。


「……全く、ただのゲーマーが調子に乗りやがって」

「え?」


 アルトリアのそのあまりにも濁った感情が込められた言葉にトーカは驚くが、直後もっと驚くべきことが起こった。

 不意にウインドウを操作し始めたアルトリアが、何かのボタンを押した瞬間に、トーカと、そしてテンリが力が抜けたように倒れてしまったのだ。


 何が起こったの!? と混乱するが、トーカは今までゲームをやっていたゆえの癖が発動したのか、すぐに自分の視界の隅にあるカーソルを見ると、自分が麻痺状態になっているのが分かった。

 今度はどうして街の中で麻痺状態になったのかという別種の疑問が出てくるが、その答えを提示したのは同じように麻痺状態になっているのだろうテンリだった。

 テンリは麻痺状態特有の強制的な囁き声でその答えを言う。


「やっぱり……お前は、この場ですぐに……システムに介入できるだけの力が……」


 そこでトーカは気がついた。

 確かにトーカも最初はアルトリアを疑っていたが、アルトリアの仲間がちょっと特殊なアイテムを呼び出すことができたときになってやっとゲーム制作者側だと信じたのだ。

 その製作者側ならば、他者を強制的に麻痺状態にすることなど容易にできるかもしれない。


 テンリのその囁き声にアルトリアは実に愉快そうな笑みを浮かべながら言った。


「そりゃあ当然だ。何せ、君の言う通り私たちはこのゲームをデスゲームに変えた側なんだからな。いわゆるゲームマスターというやつだ。そう言う意味では君はただのゲーマーではなく、愚かな名探偵ともいえるな」


 くつくつと気味の悪い笑いをしながらアルトリアは続ける。


「ふふふ、犯罪者プレイヤーvs一般プレイヤーのイベント……まさに私たちがやろうとしていたことを的確に把握して、尚且つこうもあっさりと妨害してくれるなんて。本当に厄介だったよ」


 その発言はテンリが言っていることが正しいのだという証明。

 これにトーカはほとんど出ないながらも必死に抗議の声を上げる。


「そん、なの! なんで、そんなこと……するんですか! あなた、それでも、人間ですか!」


 トーカが思わず発してしまったその言葉に、アルトリアはよりその顔をゆがめて反応する。


「ハハハッ、まさか人間失格者に人間性を疑われるとは……びっくりするくらい心外だよ」

「なっ、何を……」


 トーカはその発言にひどく嫌な予感を覚えながら無意識のうちに尋ねていた。

 そして、世の中嫌な予感程当たるものだ。

 事実──


「何って、全身不随の植物状態な君が、私に人間について語るなと言っているんだよ」

「────」


 ──この時も、その予感は当たるのだから。


 ◇◆◇◆◇


 藤原(フジワラ) 香菜(カナ)という人物は中学校まで地元で有名なスプリンターだった。

 常に全国大会に出場できるような人物で、高校も強豪校からの勧誘が絶えないくらい、将来を期待されていたのだ。

 さらに言えば、香菜は走ることが大好きで、ずっと真面目に練習してきたこともあったから、多くの人たちが華雫を応援してくれた。

 その期待に答えたいと思って香菜も頑張っていたのだ。


 だが、この世はやはり理不尽というべきか。


 香菜を悲劇が襲ったのだ。

 香菜は休日の日課として行っていたランニング途中でトラックにひかれるという交通事故に巻き込まれてしまい、命は何とか助かったもののその代わりに──身体を失った。

 事故の影響か全身に命令を出す神経に異常をきたし、残念なことに香菜は走ることはおろか、それ以降の日々をずっとベッドの上で過ごすことになってしまったのだ。


 その後は香菜が周りにいる人たちが優しかったこともあって何とかポジティブに生きていけるようになったし、その過程で今までほとんど触れることがなかったフルダイブ環境のおかげで仮想世界ではあれどめいっぱい身体を動かすことができたので元気に家族とも会話したりしている。


 しかしそれでもというべきか、引け目というのは感じるもので。

 仮想世界で過ごしていけば過ごしていくほどに、現実世界で動けない自分が辛くなってくることもあったりした。


 なぜならどれほど仲良くなっても現実世界で会うということはできないのだ。

 VRMMOは仮想世界で実際に会話するという性質上、仲良くなればリアルで会おうという風になることがディスプレイのチャット越しの会話しかない通常のネトゲよりも起こりやすい。

 カナも多くのプレイヤーと仮想世界で仲良くなり、リアルで会おうという話になることがあるのだが、それができない状況にあるとも言えないから余計に心が痛くなる。


 だからこの《エアライズ・オンライン》というゲーム世界にトーカ(《Toka》になっているがこれは〝h〟を忘れてしまっただけ)としてログインしてテンリと出会って以降ずっと感じてきたテンリというプレイヤーのことを知りたいという感情はずっと心に秘めてきたのだ。


 そういう心持ちから、トーカはこの世界に入って以降一度も全身不随について一度も言っていない。

 だから──


「どう、して、それを……」


 なぜそのことを知っているのかとトーカは思わずつぶやくと、アルトリアは完全に優勢な立場にあるからか饒舌に話す。


「そりゃあ君が使っているのは医療用のフルダイブ機器だろう? それも全身不随の人のためのものだ。その程度のことは把握できるようにしているのさ」


 医療用のフルダイブ機器は一般に普及されているフルダイブ機器よりもはるかに性能が良くなっており、その分値段が高くて滅多なことでは使えない。

 それ故に医療機関はそれなりの条件を設けていたわけなのだが、トーカの場合は全身不随の人のための、仮想世界での生活を彩ることができるようにできるだけ五感の情報を多くしたタイプで、これが医療用のフルダイブ機器の基本中の基本のようなものだ。

 他にも白血病や癌などの病気の場合は痛みを遮断することにかなりの力を割くことにさらに力を加えていたりするので、余計に特別なものだったりする。


 そう言う理由から、そのあたりの情報を知ることができれば確かにトーカが全身不随であることが分かるとは思うが、一つ疑問があった。


「それは……個人情報、保護の面で……不可能なはずじゃ……」


 テンリがそこでトーカの疑問を口にする。

 そう、そんなことが出来てしまえば個人情報などあっさりと特定されてしまうかもしれないのだ。

 それは法的に完全に問題がある。


 ただ今のトーカにはそんなことよりもテンリがトーカのことをどう思っているかの方が気になっていた。

 しかしテンリはトーカのそんな感情には気がつかず、さらに言葉を放つ。


「そんな、ことが……出来るのは、国の組織……くらいだろ。……お前が……国の組織の、人間とは……思えないな」


 それにアルトリアが「ほう」と感心したようにうなずく。


「どうやら《断罪者》はとんでもない名探偵なようだ。ああ、そうだよ、これは雇い主に依頼されてやっていることなんだ。役職なんかはもちろん言えないけどね?」

「ははっ、どいつもこいつも狂ってやがる」

「何とでもいいたまえ。《断罪者》はここで消滅するんだからね」

「でもトーカはどうするつもりだ? もともと医療用のフルダイブ機器には感覚を鋭敏にできるような機能がついていたはずだから俺はともかくトーカは生き残るだろう」

「それなら問題ないさ。この少女はどこか違う電脳空間にでも捕縛しておけばいい。そうすれば何の問題もないだろうさ」

「…………」


 テンリとアルトリアが会話を行っていたが、トーカはそんなことどうでもよかった。


 ──テンリくんが死んでしまう。


 そんなことになったら自分はどうすればいいのかわからなくなる。


 今まで出会った中で最も優しくて、危なっかしくて、すべてを知りたいと思うようになった人間などテンリを除いて他にはいないのだ。


 そこまでいって気がついた。


 ──ああ、そうかボクは……


 その先の言葉は今はいらない。


 ただ今は何としてでもテンリを助けたい。

 だからただ彼を助けてくれとトーカは願った。


 そして──


「なるほど、まあそれなりに情報を得ることが出来てよかったわ」


 むくりと、まるでトーカはまるで動く気配がない中で、ただ助けたいと願ったプレイヤーは立ち上がった。

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