92話
巨獣と私たちが睨みあう。今更だけど八対一が卑怯だなんて言わないでね?
こっちの準備が整うまで待ってたのは巨獣の方なんだから。まあ私たちの中の内の二人は役に立たないから実質六対一なんだけどね。こっそり自分も外してみたけど事実なんだもーん。
「グワオオォォ!!」
巨獣は大きく吠え、こちらへ猛ダッシュ。その速さと質量は十トントラック並!(よくわからない)
巨獣がまず最初にターゲットにしたのはカエデ。カエデは進化して動けるようになったとはいえ、お世辞にも素早いとは言えないから狙われたのだろう。
「ルドラっ!カエデを守って!」
「ギルルッ!」
ルドラが素早く飛び出し【鉄壁】スキルを発動させる。しかし、巨獣がルドラに接触する寸前でブレーキをかけずに力技で進行方向を変え、油断していたイリスに矛先を向けた。
「くっ、クポォッ~!」
文字通り油断していたイリスは巨獣の体当たりをまともに食らい吹き飛ばされていく。一撃でやられたりはしなかったものの瀕死の重傷だ。ただの体当たりにしては威力が高い気がする。
これは何かあるかもしれない。とりあえずカエデの枝を伸ばしてポーションをイリスに使っておかないとね。
それにしても先日、氷窟ダンジョンでセツナと戦ってた時とは動きや攻撃力の高さが桁違いだよ。きっと氷窟ではお腹が減りすぎて100%の力が出せなかった、もしくは手を抜いていたんだろうね……。前者の場合なら今は満腹でもないけど空腹でもないから普通に力を出せるという事だし、後者の場合ならどうしよう……。とりあえず相手の行動を見ながらスキを突くくらいしか思いつかないか。
「ガオオォッン!!!」
巨獣は狙い通りこちらのメンバーに攻撃を加えることができ、雄たけびを上げる。
たった一体でも余裕そうな気配を出してたから何かしてくるとは思ってたけど、一合目から私たちの方がダメージを食らうことになるだなんて思ってもいなかった。
この大河エリアよりは強いモンスターの出現する暗闇の山でキャンプした時でもここまで大きなダメージは数えるくらいしか受けてないもん。
「その様子からして今のは挨拶だとでもいうのかな?」
「グガォッ!」
もちろんだと言うような視線を向ける巨獣。むしろその視線は予想よりお前ら弱いんじゃね?とか言ってそうで微妙に腹が立つ。
「イリス~、あんなこと言われてるけどどうする?やられたからにはやり返すよね?」
「クックポォ~!!!」
どうやらイリスのエンジンに火が付いたみたい。それじゃあこちらも様子を見る目的と戦闘パターンの解析を目的に、先ほど狙われたイリスとカエデをメインアタッカー、他の子達はサポートで行ってみようか。
「イリス、ここは氷の柱もあって飛行移動しにくいかもしれないけど、臨機応変に行くよ!
カエデは、ナチュラルメイクで物理系の爆発する果実を作っておいて(あと植物強化も忘れないようにね!)私の指示で連射よ、わかった?」
「クポッ!」
ザワワワ~……
二人がわかったと返事をしたところで、サポート要員に回したコウガ達に指示を出す。
コウガには地上から、クルスにもイリスと同じような注意をして空から攪乱をしてもらい、セツナは風魔法で味方の補助と敵へのけん制を指示。ルドラは私の指示次第でいつでも防御に回れるように待機させた。
その後のイリス達をメインとした攻撃の流れはこうだった。
指示通りにコウガ達がけん制に動くが巨獣はそれをものともせず立ち回り、隙ができたところを突こうとしたイリスとカエデを返り討ちにする。
しかし返り討ちと言ってもやられたわけじゃなく、ボロボロにされた程度で済んでる。今のイリス達の能力で巨獣の相手をするのは無理があるみたい。うーん、これでもイリス達はキャンプで鍛えられた方だと思うんだけどなぁ。むしろ鍛えてたからこの程度で済んだといった方がいいのかもしれない。
これは予想以上に巨獣が強すぎたんだね。
私は離れた所から見てたから気づいたんだけど、巨獣はけん制されてる中で態と隙を作ってイリス達を誘導したように思えた。
こうしてみると巨獣は戦略家なのかな?こちらもそれを上回る作戦を練らないと巨獣に勝てないかもしれないね。
「イリス、カエデ、お疲れさま。次はあなたたちがサポート、本来の役割に戻すだけだから大丈夫よね?そして攻撃役だけど……そうねコウガとクルスにしようか」
「グルルッ!」
「クワァアァ!クワァ!」
二人がやる気に満ちた声をあげる。クルスにいたっては、なんとなくイリスを慰めてくれてるように見えなくもないけど羽で叩いてるようにも見えるから気のせいかもしれない。
「クッポォ……」
イリスが自分の力不足を嘆きテンションが下がってしまったけど、イリスもカエデもランク3にしては善処してた方だと思う。そもそも敵とのレベル差が三十近くあるんだから殺されてないだけすごいんだもんね。
氷窟でも言ったけど、私自身はこの巨獣のランクは4もしくは5と睨んでいる。そのうえでレベルが54もあるんだから……てあれ?巨獣のレベルが57になってる……。
この短期間で三つもレベルが上がったんだ……すごいなぁ巨獣。
ってそうじゃなくて、そのくらいの強さを持ってるんだからそもそもレベルが30に到達していないイリス達では荷が重いのは当然だった。
一方コウガとクルスの一応私の方の主戦力たちはというとこの数日の肉集めとレベル上げを兼ねた結果コウガはランク3でレベルが57に、クルスはランク4なのに他の進化メンバーを抜いてレベル33となっている。まあ育ってるということはそれだけキャンプがハードだったって事なんだけどね。
こうしてみると一人だけランク6になってるセツナが一層おかしく見えるけどまあいいや。
かなり育ったと言える二人で挑むとして……うん、レベルだけで見るとこの二人でも厳しいかもしれない。でもそれを覆すだけの力はついているはず。
「コウガは豪炎連撃、クルスは岩石乱舞で攻撃、身体強化系の出し惜しみはしなくていいから思いっきりやってきて」
私が指示を出したのはただのスキルではない。ブートキャンプで身につけた戦術だ。まあスキルの組み合わせによるコンボボーナスに名前を付けただけなんだけどね。
ほら、氷窟でFSの人達が驚いてた火と風の魔法融合もこれの一種だよ。
これを自由に扱えるようになったら自然と魔法融合も出来るようになってたってだけなんだけど。
あっ、全然関係ないけど、私が試しにクルスとセツナ(進化前ね)の魔法融合を受ける実験台になったんだけど、通常の属性より強化されているにも係わらず、やはりレジスト出来ちゃいました。相変らず私って魔法耐性最強だった……。
とにかく、コウガに指示をした豪炎連撃は【火纏】【空烈破】【鉄牙爪】の組み合わせで、クルスの岩石乱舞は【土魔法】【雷撃衝】【翼闘技】の組み合わせにより発動される。
もちろんこれ以外の組み合わせもあるけど、まあそれは追々で。
「ガルァァッ!」
「クォワァァッ!!」
正面から巨獣にへ向かうコウガとクルス。巨獣もその様子を見て迎え撃つべく体に力をためる素振りを見せた。
「ガオオオォォッ!!!」
巨獣が吠えると同時にその体から蒼い氷の刃が何本も生えてくる。あぁ、そういえば巨獣の名前って蒼剣獣だったっけ……。なるほど、確かに名は体を現すを地で行っている。
現在までの巨獣の攻撃パターンはサーベルタイガーらしき生えそろった二本の長い牙で相手を串刺しを狙うか、猛獣さながらの強靭そうな爪で切り裂いて来る、巨大な体の質量と見た目にそぐわない速度を活かした体当たりの三種類。
これに今生えてきた剣らしきものも加わると……。ていうかこれが本気モードだとすると、イリス達は本気すら引き出せなかったということになる。あとでしっかり慰めてあげようっと。
そのイリス達も自分たちの時には出されなかった攻撃を見てさらにテンションダウン。
「イリス、反省は終わってからでいいわ。いまはコウガ達の回復と支援に集中!」
「クッ、クポォッ!!」
なお、カエデは木だけに気にしていなかったのか、マイペースに爆発する実を作り出して巨獣に連射スキルで巨獣の足元を攻撃している。それにより巨獣は何度かコウガ達の攻撃を食らっている。
うん、カエデは今の自分の状態をよくわかってるね。あとでしっかり剪定してあげるからね。
「あの~マスター?」
「どうしたの?ティア。今戦闘中だよ」
戦況を見ている中、話しかけてきたのはティア。目を離したくないので巨獣をみつめたまま答える。
「戦闘を見ながら巨獣がどう動いて来るのかなとか考えてたら【予測】というスキルを得ました」
「なんでよっ!?」
まさかの戦闘中にスキルを得たティア。目を離したくないけど、効果は確認しておかないといけないかぁ。
「あっ、マスター。スキルを得られたのは、つい先ほど合成による生産成功で経験値が入りレベルががった為です」
いや、そんなことを聞きたいわけじゃないんだけど。
「とりあえず効果を見せてもらうわね」
「はいマスター」
【予測】:様々な出来事を予測する力。ただしあくまでも予測なので必ずそうなるとは限らない。
うん、普通だよね。調べるまでもなかったよ。
あっ、でも考え方によっては使えるのかな?例えば……この戦闘でティアを司令塔にしたら……だめだね、ティアはコウガ達と意思の疎通ができないんだもん。
じゃあやっぱり、生産で何ができるかを予測することにしか使えないのか~。と考えていると
「……次、前足を上げて踏みつけ攻撃……かな?」
ティアがつぶやく。
「ん?ティアどうしたの?」
「スキルの効果なのか、ふと頭に浮かんだのです」
「そうなんだ?」
そういいながら視線を巨獣に向けるとまさにティアがつぶやいた内容が起ころうとしていた。
巨獣は前足を両方持ち上げ、真下にいたコウガを全体重で踏み砕こうとしていたのだ。
「コ、コウガァッ!」
ズガァァンとという音とともに振り下ろされた前足。氷の床が踏み砕かれ氷片がキラキラ、モクモクと白い雪煙を上げていく。あれに踏まれたのならばコウガといえど間違いなく死んでしまうだろう。
私はあわててコウガの体力を確認するが全く減っていない。どうやら攻撃には当たらなかったみたいだけど、コウガは【悪路走行・中】があるのに洞窟の岩面に足を取られ転んでいた。あの状態から逃げ切れるとは到底思えない……ティアのスキルを見ているうちにいったい何がおきたんだろう?
雪煙がおさまると少し離れた場所にコウガの首元を咥えたセツナの姿があった。
咥えられているコウガはというと……尻尾がびろーんとのび、脱力しているように見える。
巨大な体を持つセツナにああいう風に咥えられてるとコウガが子犬のように見えて何となくかわいいと思ってしまった。
「グルルッ!!」
コウガを下ろすと、セツナは巨獣を睨みつけ唸り始めた。そりゃ相方を殺されそうになったら怒るだろう。今回は助けられてたコウガも、以前セツナが危険になった時にブチ切れしたもんね。
そのセツナだけど、私にそろそろ巨獣と戦わせてほしいという視線を向けてきた。
私は少し考えながら頷き「一切手を抜かないこと」と送り出す。
その理由はコウガは……体力はまだあるけど先ほどセツナに失態を見せ、助けられたことでイリスと同じく気落ちモードに入ってしまっている。
やっぱりコウガは常にセツナにはいいとこを見せておきたかったんだもんね。男の子なんだからそう気持ちがあって当然だよ、うん。
そしてもう一人の攻撃役だったクルスはというと、巨獣の体から生えた剣が次々と発射されクルスの攻撃行動を妨害しているのである。たぶんだけど、さっき二人の攻撃を一度ずつ食らい、このまま何度も食らうと危険だというのを理解したからこその行動なんだろうけど……本当にこの巨獣……芸達者すぎないかな?
「マッ、マスター!セツナがっ!」
ティアの焦った様子に目を向けるとそこには、巨獣の長い牙で突き刺されそうになっているセツナの姿があった。




