86話
カツーン……カツーン……
氷窟ダンジョン三層にある大広間において私はピッケルをふるっている。普通採掘ならピッケルじゃなくてツルハシなのかもしれないけど、気にしてもしょうがないよね。運営はその辺ちゃんと常識をわきまえた方がいいと思う。
氷窟ダンジョンとはその名の通り、氷の結晶が多く発生する自然ダンジョンである。
出現するモンスターも名工が手掛けたような氷などで作られているものが多く存在し、白やら青色の個体が目に付くように配置されている。
このダンジョン外で見るのであればその美しさに目を奪われるだろうけど、今の環境では寒々しい印象しか受けることは無い。
「マスター、その辺りでアイスボムやフリージングフラムの素材となる氷結石が採取できるはずです」
「そうなの?わかった、じゃあ一応集めておこうかな……」
収納の中で合成をしているはずのティアが話しかけてくる。話をできるのは知っているからいいんだけど、どうやら収納の中にいても外の状況の把握は出来ているらしい。まあ私としても話ができる相手が居るのは助かるからいいんだけど……。
んっ?……って事は時折収納に入っていた他の皆もそうだったのかな?外の様子が見えているなら景色の良い所に連れて行き、皆を呼び出してサプライズでトリミングをしようとしても無駄になるのかぁ。無念だよ。
あぁっ、でもコウガ達ならその辺ちゃんと意識してくれて喜んでくれるかな?
氷窟に連れて入った仲間はコウガ・セツナ・カエデの三人。出現モンスターの相手も皆に任せて私はひたすらティアの言う素材を取れる場所にピッケルをふるっている。
先ほど氷の結晶が発生しているといったけどまさにその通りの事が起きている。素材採取のためにピッケルで破壊した氷の結晶がしばらくするとニョキニョキと生えてくるのだから。目の前で生えられたら初見だと何事か!と驚くこと間違いなしだよ。
ちなみにいうまでも無いでしょうけど私のSTR値は初期値。装備による補正を合わせても20程度なのです。ちなみにこの辺りの戦闘もしくは採掘を行う推奨STR値は40~だそうです。
要求値の半分程度しかないので自然とピッケルを振るう回数が多くなり、振るっている本人としては、体は疲れないけど同じ動作の繰り返しで飽きてきてしまう。このエリアで使える専用アイテムっていう位だからもうちょっと楽になるのかと思ったら大間違いだったよ。
「……うん、私に生産職は無理かもしれない」
ピッケルをふるいながら冷静にそう考える私が居た。一般的な攻撃スキルといい、生産スキルといい、私が習得できていないのはこの辺に理由があるのかもしれない。
単位を落とさないための最低限の勉強とか、お化粧に関する事なら続けられるんだけど、ゲームにはほとんど関係しないし……。むしろそういうもので所持しているのは勝手に効果が発生してるパッシブスキルばっかりよね。そういう意味ではクエスト報酬でもらう予定のレアスキルの種でどういうスキルが手に入るのか楽しみだったりする。
飽き飽きしつつもピッケルをふるい続ける。後ろの方では戦闘音が聞こえているけど気にしない。それがたとえ氷でできた五メートルを超える巨人の像と戦っている音だとしても……。
「GOAAA……!」
氷結石、その他多数の氷系の素材や触媒を採取した私が振り返ると、ちょうどコウガ達がモンスターを倒したところだった。ちなみにクエストアイテムである冬血の結晶はこの三層ではまだ未発見である。
もっと深くまで潜らないといけないのだけど、すでに採掘に飽きている私には苦行になるだろう事が今からきっぱりと断言できる。
「三人ともお疲れ様。ダメージ負ったのなら回復するよ?えぇっ、無傷?すごいねっ。さすがコウガ達!」
どうやら崩れ落ちていく巨大モンスターを相手にして完封勝利したようだ。そりゃコウガもセツナもつい先日の猛特訓でレベル50を超えちゃってたもん。ランクも3あるから、そもそもの能力の差も大きいのだろうけど。
「ねぇ?他の皆もかなり強くなってきたんだし、二人もそろそろ進化しない?キャンプの時に新しい進化先が増えてたよ?」
「……グルルッ」「……ガウゥッ!」
コウガとセツナはお互いに顔を見合わせ頷く。どうやら進化する決心がついたみたい。そもそもなんで進化したがらなかったのか不明だよ。
「そっか。とはいえここでいきなり二人が進化したら私も困るし、まずはどっちかが進化するってことでどうかな?」
「ガルゥッ!」
「うんうん……そう、セツナからでいいんだね?コウガはダンジョンクリア後になるけどいいのね?」
「グルッ!」
二人が納得したところで進化してもらおうと思う。ティア情報により、収納の中にいても外の様子がわかると知ったので収納の中にいるクルスたちに向けてお祝いしてあげてねと囁いた。
心なしか返事があったような気がしたけどそれはきっと思い込みだろう。
セツナのステータスを見ながら進化を選択。
名前 セツナ
種族 タイフーンウルフ♀ 獣種ランク3
LV 51(15471/2283230)
スキル アクティブ【疾走】【噛み付き】【潜伏】【咆哮】【風魔法9】【風纏】【嵐風】【氷魔法8】【疾風斬】
パッシブ 【同種連携】【風系統能力強化】【氷系統能力強化】【シンパシー】
強さ
物理能力 482
魔法能力 677
装備:新月の小太刀(物理能力50+魔法能力55)
進化可能
獣 種レベル40ランク5:クリアルドウルフ
魔獣種レベル40ランク5:ナイトシーフウルフ
獣 種レベル50ランク6:風魔狼
魔獣種レベル50ランク6:レッサーフェンリル
なお、ランク4への進化もあったが、さらに上のランク5や6へ成れるのに4を選ぶ必要はないと思い除外している。
では進化先の説明をしましょう。
クリアルドウルフ:清涼なる風を扱うことに長けたウルフ。【回復する風】などを覚えることができ、その他攻撃魔法もそこそこ扱える。
ナイトシーフウルフ:魔素により強靭な体を得て、かつ隠蔽や潜伏が得意になった魔獣のウルフ。戦いの最中に相手の持ち物を盗む攻撃【かすめ取る】を取得可能。
風魔狼:ほぼすべての風を扱えると言っても過言ではない魔術師系ウルフ。物理能力が下がるが次回の魔法攻撃時に威力を超上乗せさせる【魔法威力超増強】を習得する。
一説によるとこのモンスターに会ってしまうと逃げに徹したとしても身体一部欠損は免れないと言われている伝説級のモンスター。
レッサーフェンリル:ある神を食らったといわれる神話の狼の血筋が色濃く残る種。
本来なら血の影響で体が十㍍級になるところだが、魔素に影響されているせいか体のサイズが本来よりも小さい六㍍級となっている。
得意技は相手を飲み込み、一時的に能力を強化する【吸収】と進化時の影響を減らす効果と行動時にランダム効果を持つパッシブスキル【神の血筋】。
「それじゃセツナ……進化しちゃおう!なりたい種族は決まっているの?」
「ガルルッ!」
セツナは迷わずレッサーフェンリルを選択。
「えっ、そっちなの?」
てっきり魔法系の風魔狼辺りを選ぶと思っていた私は驚いてセツナに再確認したほどである。だって、セツナの特徴は魔法だよ?最初の進化からここまで魔法系を選び続けていたあのセツナが一体どういった心境の変化を?肉体言語はコウガの役割だと思い込んでたのに……。
「本当にそれでいいの?」
「ガルルッ!」
意志は固いようだね。はぁ、これでセツナも脳筋の仲間入りかぁとショックを受けつつ、本人の意思を尊重しレッサーフェンリルを選択。セツナの体が輝き……いや、闇に包まれ現れたのは体の大きさが約二倍となり、黒い体毛がすごくゴワゴワしてそうな狼だった。
あっ、お腹の部分にはまだ緑やら白い毛が残ってる!……あれ?見える部分の毛もゴワゴワしてると思いきや意外と触り心地も良かった。あとでしっかり梳かして上げよう……。体のサイズに合うような新しいブラシを買わないとね……ふふふ。
名前 セツナ
種族 レッサーフェンリル♀ 獣種ランク6
LV 1(0/35000)
スキル アクティブ【疾走】【噛み付き】【潜伏】【咆哮】【風魔法7】【風纏】【嵐風】【氷魔法5】【疾風斬】【吸収】
パッシブ 【同種連携】【風系統能力強化】【氷系統能力強化】【シンパシー】【神の血筋】
強さ
物理能力 411
魔法能力 453
装備:新月の小太刀(物理能力50+魔法能力55)
ふむむー。 【神の血筋】のおかげで、ステータスの減少が下がってるみたい。いつもなら進化したら半分くらいまで下がるはずだし。
セツナは進化して能力値が平均的に伸びるようになるっぽい。今まで魔法能力がガンガン伸びてたセツナだけどこの進化で物理能力もかなり上がるようになったから、物理攻撃をしながら魔法を詠唱するということも出来るようになるかも。
近距離から威力の高い魔法を使われたら並大抵のモンスターじゃ相手にならないだろうなぁ。よ~し、出来るかはわからないけどセツナにはそういう方向で頑張ってもらおう!
「グルッ!」
進化したセツナにすり寄っていくコウガ。コウガが驚いてない所を見ると、すでに二人は話し合ったうえでの決定だったらしい。こうなるとコウガが進化する時に何を選ぶのかすごく気になる。
実はコウガの進化先にもレッサー付きの、ある狼種の名前があるから、なんとなくそれを選びそうな気がするんだ。
まあ私の予想はスルーするとして、しばらくはこの辺でセツナのレベル上げをしないとね。
コウガが一緒にいるし、カエデのフォローもあるから放置していても大丈夫だとは思うけど、少しだけ見守ろうと思う。




