76話
これは非常にマズい状況ではないでしょうか?いや、考えるまでもなくやばい状況だよね。
エルドニアワームを倒された後に領地持ちの魔王が誕生したことを知らせるワールドアナウンスが流れたんだし。
まさか王の資格を持ったプレイヤーが領地を得ると、このような扱いになるとは思ってもいなかった。
「アイリ様。もう主を倒したことですし、他の場所へ移動された方がよろしいかと。
エルドニアワームがこの辺りを根城としているのは周辺に住む誰もが知っています。もし、確認しに来た者がこの場所にいるアイリ様を発見してしまうということはそれ即ち……」
そ、そうだよ!ここにいるのを他の誰かに見られでもしたら、新しい魔王の正体が私だとバレちゃうよね!は、はやく逃げないと!……別に悪いことした訳じゃないけど!
「ト、トリビア!遺跡っ、あなたが居たという遺跡に案内して!早くっ!」
「承りましたアイリ様。こちらへどうぞ」
トリビアはちょうど砂丘になっている方向を物知り顔で見ていたけど、焦りに焦っている私はそれに気づかない。この時に気配察知を発動してればこの後にあんな目に合わなくて済んだかもしれないのに。
トリビアが案内してくれた遺跡は流砂地帯から10分ほど離れた場所にあり、入り口のほとんどが砂で埋もれていた。ぶっちゃけトリビアじゃないとここが遺跡入り口だって気づかないんじゃないかな?
その入り口を埋めていた砂はトリビアがスキルで排除してた。ふーん、そういった障害物除去のスキルもあるのかぁ。
こんな風に入り口が隠されてるダンジョンとかありそうだよねぇー。特に砂漠エリアってそういうのが多そう。他にもいろいろ詳しく聞いておこっと。
遺跡の一層部は広場があるだけだったので素通りし降りていくこと二層。
密閉された空間なのに生物型のモンスターが多いのは少々疑問があったけど、それらを倒しつつ進むと徐々に広い部屋も増えて来て戦闘には余裕が出てきた。この遺跡は全地下三層で構成されており、壁や柱に所々破壊の跡が見られ、道中の個室には生活に使えそうな施設の残骸もいくつか発見できた。
トリビアはここで一人生活してたのかな。結構広いみたいだけど……。
「いいえ、これらの部屋は私の研究を手伝っていた者たちが使っていた部屋です。この先の大きな部屋を抜けた先が私の研究所兼住居になります」
あぁ、よかった。森の賢者と呼ばれる前から一人でいたわけじゃないんだね。出会った時は一人で森にいたからその辺心配してたんだよ。
トリビアに案内された先の大きな部屋の中には白骨化した獣の骨が散乱している。
モンスターも白骨化するんだねとか、呑気なことを考えながら入ると気配察知に反応が出てくる。
「何かの気配っ!みんな気を付けなさい!」
散乱していた白骨が動き出し部屋の中央に集まり始める。一〇秒ほどで部屋中の骨が集結し、一つの姿を作り上げた。
「アイリ様。申し訳ありません。このモンスターは昔私が作成したキメラのなれの果てのようです」
ふむー。まあ大方トリビアのいた部屋の門番ってとこなんだろうね。
まあ強さはエルドニアワームを倒した私からすればそこまでじゃないかなぁ。なお、この骨のキメラはすでに自我がなくトリビアを見ても何の反応も示さないし、ただの敵と判断していいね。
「【軍勢:魔獣/獣】 目の前の骨を片付けなさい」
呼び出されたナイトドッグやウォーウルフが、飛びかかってはアンデットキメラの骨を破壊していく。
時折戦闘大好きなコウガが火纏で突っ込んでいくこともあったのでアンデットキメラは予想よりも早く崩れ去った。配下の魔獣や獣たちと一緒に行動してても、【種族連携】の効果が出ると気づけたのは収穫だった。狼になったセツナはというと我慢をしているのが目に見え、その溢れ出るんじゃないかという涎を堪えてる姿がかわいらしかった……。やっぱり犬とか狼って肉も好きだろうけど骨にも釣られるのかな?
「えっと、ドロップアイテムはキメラの骨格ね。何かに使うのかな?」
「いいえ、それは特に大したものではありません。換金アイテムとしてはそれなりにはあるかもしれません。……アンデットではなくまともなキメラの状態であれば、もう少しいい素材が取れたのですが……」
そっかぁ。トリビア的にもすでに興味を失っているらしいし、砂漠の集落に戻った時にでも売りはらっちゃおう。
アンデットキメラを討伐した後はトリビアにより封印されている扉が解除されたので、そのまま中へ入っていった。
トリビアの使っていた研究室の中には大きなフラスコのようなオブジェクトと、それを操作できそうな端末。部屋の奥にはたぶんトリビアが言っていた私の役に立つかもしれないアイテムが置いてある部屋があるんだと思う。
「これが、資源を魔素に変えている魔道具なのね。早速だけどこれは停止させましょう」
「えっ!?」
なぜかトリビアが驚いた表情をしている。
「なんで驚いてるの?砂漠の資源を復活させるんだからこの魔道具が動いてたらダメでしょ?」
「まあそれはそうなんですけど……そうすると魔素がですね……」
トリビアは魔素が足りなくなることを懸念しているみたい。魔素も大事だけどまずは資源の再生が優先よ。
何かを言おうとするトリビアの横を抜け、私はそのまま魔道具のある台座まで赴き、魔道具の下にある停止ボタンを押す。わかりやすい装置で助かった。これでトリビアと協力して資源を増やすように開拓すれば、この砂漠も少しはマシになるはず。
しかし……
「い、いけません、アイリ様!魔道具を止めてしまっては大変なことが起きてしまうのです!」
「えっ?どういう事?」
トリビアが必死の形相で魔道具を再起動させる。さらに再び魔道具を停止されないために封印までするおまけつきで。
「説明いたします。この魔道具が資源を消費して魔素を生み出しているのは以前説明したとおりです。そして私がここで研究していた対象に、この砂漠全域の魔素を奪った存在がいることも申し上げましたね?」
「うん、それは覚えてる。それとこの装置の再起動に関係があるの?」
「はい、魔素を奪った存在自体に関しては調べても分からなかったのですが、魔素を奪った理由と目的に関しては、わかっているのです」
「どういうこと?」
「大昔に闇の領域を支配していた古代魔王種と呼ばれる存在がいました。そいつらは魔素がない土地で活性化する性質を持っています。
この砂漠にもその古代魔王種がいた痕跡がありました。魔素を奪った謎の王種の目的は土地の魔素をなくし、古代魔王種を復活させることで間違いないと思われます」
「古代魔王種……いったいどんな奴らなの?」
「古代魔王種については断片的にですが、いくつかの記録が残っておりました。古代魔王種は少なくとも7体存在し、それぞれが大きな罪科を司っているとか……」
なるほどぉ……ラノベとかでよく聞く大罪系の魔王かぁ。復活したら確かに厄介そうだよね。
「そして砂漠の西部には地下王国跡地があり、人が居なくなった地下王国にそのうちの一体が封印されております。その封印体は砂漠の調査をしていた時に偶然見つけたのですが、その魔力の高さから近づくだけで鳥肌が立ちました……」
そんなものまで見つけているなんてトリビアはすごいんだね。
トリビア曰く、その封印体は人型をしていたらしく、おそらく魔人族か妖魔族ではないかということ。
それにしても鳥肌が立つほどの魔力ね……魔力ってだけなら私なら近づけそうだけど……まあ余計な真似はしない方がいいか。
「砂漠西部に……ねぇ。もしかしてそこも領地として取っておかないとマズかったりする?」
「いえ、今現在であの地を領地にするのは非常に危険が伴います。
砂漠西部を領地として持つジャンボカクタス自体のレベルは高いのですが、この地にいたエルドニアワームと似たようなステータスなのでアイリ様達でしたら倒すのは苦労されないと思います。
ただ、現時点で西部を取ってしまうと、アイリ様の統治スキルと私の豊穣スキルで東部の魔素が豊潤になった時に同じ領地である西部にも魔素が流れ込んでしまいます。
魔素が増えすぎてしまうと、以前砂漠全土の魔素を奪った存在が再度襲ってくる可能性があるのです」
そっか。それも踏まえてトリビアの作ったこの魔道具で魔素が増えすぎないように現状維持してた訳ね。
魔素がない状態で放置してたら古代魔王種が復活してしまうからそこそこの魔素量で調整してると言う事か。
トリビアが言いたいのは得体の知れない奴に、魔王としてまだまだ能力が低い私が攻められたら、一瞬でやられておしまい。再度魔素を奪いつくされて、さらには砂漠に封印されてる古代魔王種が復活してしまうかもしれないってことだね。
確かにそれは危険すぎる。そして心配されていることも理解できた。
「ですので、しばらくは領地となったこの砂漠東部の資源をスキルで復活させつつ魔素を増やし、砂漠西部の周りの土地を奪っていくのがよろしいかと思います。
砂漠西部の周りをすべて魔素で満たすことで、再侵攻してくるだろう謎の王種も砂漠西部に来る前に他の土地を通らないといけなくなり、王種自身の目撃証言や、抜けてくるまでに使用されたスキルなどを知るチャンスとなるのです。
それに周りの土地を魔素で満たしておけば、周囲に魔素があると不都合な古代魔王種は、どの程度かは想像がつきませんが間違いなく弱体化するでしょう。
まとめますと謎の王種が周囲の土地の魔素を荒らしているうちに、弱体化している古代魔王種を倒してしまえばアイリ様自身も今とは比べ物にならないほどの強さを得ることができ、その後襲ってくるであろう謎の王種を相手にしても戦えるのは間違いありません」
な、なるほど~。さすがトリビア、森の賢者様と呼ばれるだけのことはある。
どっちにしろそれを実践するなら、やはり当面は私自身の強化は装備で何とかするとして、進化組と配下の強化をしておかないとダメって事だね。
というか、今のを聞く限り封印されてる古代魔王種よりも魔素を奪う謎の王種の方が厄介そうに思える。トリビア的には封印中の古代魔王種は私にとってのボーナスモンスターと同じ扱いなのかな?
少し前にユールの酒場でエレノアと話す機会があったんだけど、その時に樹齢王という王種がいる場所をきくことができた。エレノアはその樹齢王にも挑んだらしいけど、死霊王とはまた違った意味で強く、相手にすらならなかったと悔しそうに言ってた。
詳しく聞けば樹齢王は魔樹系統の王種で、うちのカエデと同じように実と魔法の同時使用で攻撃してくるらしい。だから私が前に出るだけで何とかなる相手ではないから、ルドラのコンビネーションを練習しないといけない。
とはいえ目標が樹齢王だけじゃ少し不安だから他の王種の情報も集めておかないといけないし。
たしか他の王種の種類で魔人王と吸血王を除けば、龍王、地壊王、水帝王の3種類が闇の領域のどこかにいるという話がある。
光の領域の王種も狙いたいところだけど、パーシヴァルさんから聞いた話によると、光の領域へは先日の私たちの襲撃のせいで、侵入するための経路がほとんど潰されたらしく当面は行くことは無理らしい。
そのパーシヴァルさんは私のために光の領域に行くための転送系アイテムの入手に忙しくしているとか。だからこういう余計な仕事が入ると迷惑を掛けちゃうかもしれないなぁ。
なんてことを言ったら、「はははっ、命を救われた対価としてはまだまだ釣り合いませんとも!気になることがあればボクに任せてくれて構いません!」と、意気込んでいた。
そういう事で王種関連や光の領域に関することはパーシヴァルさんに丸投げしておけばいい。
魔王として人を使うという事の練習になるらしいし!その相手も今のとこ、トリビアとパーシヴァルさんだけですけどね。
「さて、アイリ様に納得していただけたところで、本来の目的であるアイテム倉庫の方へ参りましょうか」
トリビアについて魔道具の裏に回りその通路を進む。突き当りには、いかにもー的な宝箱が3つもありました。
「これらは私が心よりお仕えしたいと思える主に出会うことがあればお渡ししようと思っていた品々でございます。さあどうぞ、お受け取りください」
「ありがとう。遠慮なくいただくわ」
少しばかり魔王的に魅了効果の覇気を出しつつお礼を述べる。その瞬間トリビアの顔は真っ赤になった。
「い、いえ、もったいないお言葉ですぅ~」
あっ、トリビアのキャラが崩壊した……。
宝箱の中に入っていたのは、ユニークスキルの種、すごそうな装飾品、すごいけど変な道具セット。
種はまあ理解できるからいいけど後者の二つは、これが正式名称……と言う訳ではないですよ?
なんと未鑑定アイテムだったのです。エスにおいての宝箱から手に入る未鑑定品というのはものすごく性能がいいと書かれていたのでこれは期待できる。
だけど、鑑定をしてもらって正式なアイテムとして認識しないと装備しても効果が出ないんだよね。
「アイリ様、鑑定でしたらヘリオストスには上級鑑定の力を持つものがいるはずですので、そちらに行かれるとよろしいかと。ですがその前にこの砂漠の東部の開拓指示をいただきたいのですが……」
「んっ、了解。それで、開拓ってどういう風に指示すればいいの?」
「アイリ様から大まかな方向性を指示していただければ、それに沿うように私が住民を動かします。
この地の主が変わったのはすでに住民も存じていますので、表面に立つのは私に任せていただければ不備なく開拓を進めて見せます。アイリ様もまだ目立ちたくないとのことでしたので都合がよろしいかと。
勿論、いきなり指示を出してほしいといわれてもアイリ様はお困りでしょうから、最初は私にお任せください。後日、私の行動の結果を報告させていただきますので、変更したい点などがありましたら私に申し付け下されば、そのように動くようにいたします」
「うん、そうしてくれると助かるよ。それで私の統治スキルに関してはどう使えばいいかな?」
「そうですね……統治のスキルの効果が出るのは時間が必要になりますので、統治の基本の《土地の加護》を使っておいてくだされば住民たちは喜ぶでしょう」
ふむむ、えっと、統治スキルについて調べてみようか。ゲームを始めたときは使えないスキルだと思ってたから全然内容を把握してなかったんだよね。
統治1:自分の領地強化・または領民を導くためのスキル。このスキルを持っているだけの領民から好印象を得られる。自らが表に立って指示を出すことで領民から大きな信頼を得られる。
逆に圧政を強いた場合、信頼度が大場に下がり反乱などが起きやすくなる。反乱がおきると物価が上昇してしまい、その土地は急激に衰えていく。
《土地の加護》:使用時に消費金額を設定することで領地全域に金額に応じた加護を与える。
加護には領民の基本能力値や生産能力が上がり、人件コストが下がる効果が与えられる。加護の領域内で領民が何らかの理由で死んだとき、お金を消費することで、新たな能力を持った領民を誕生させることができる。
土地の加護とは、簡単に言うと予算を多く設定すればその分、領民は頑張って働いてくれるよってことだね!えっ?簡単に端折りすぎ?気にしなーい。
あっ、この領民の信頼についてのヘルプも見ておいたんだけどこう書かれてた。
領民の信頼が高いと、どこかの土地と戦争をする際の徴兵率が上昇する。しかも信頼度が高いと能力増加のバフも付くらしい。なるほど、私の軍勢スキルと組み合わせれば単純な兵力という意味においては戦いで有利になりそう。
「おぉ。何、このチートになりそうなスキル!?さっそく使っておこうっと!」
土地の加護に現在の最高額である50万Dを設定しておいた。あぁ、こんなにまとまったお金を使えたのは初めてだよ!私にとっても救いのスキルだね!
住民もしくは領民から割引価格でアイテムを購入してるけど、このスキルを常に使っておくことで領民には利益還元?できるし、信頼も上がると……。プラス効果しかないなんて、すっごくすばらしい!
なお金額の残高についてはスキルを選択すれば表示されるので数日に一回は見ておいた方がいいね。
「アイリ様。私は新しい集落を増やすべく、しばらくこの研究所と砂漠の集落を行き来しますので、同行できなくなります。申し訳ありません」
「わかった。聞きたいことがあったらこっちに戻ってくるから留守はよろしくね」
「はい。ですがお戻りにならなくても住民とのフレンド登録で通話が可能となりますので、是非ともこの際に登録をお願いしたく存じます」
えっ!?フレンドって住民ともなれるんだ?し、知らなかった!早速登録しておかないと!
こうして闇の領域というフレンド項目に2人目となるトリビアの名が刻まれた。
よし、とりあえず領地の事はゆっくり勉強するってことで、さっき決めた当面の目標をこなすことに集中しよう。
まずはユールに戻って死霊王ドロップの装備の処分方法と、本拠地をどうするか相談してみよう。
こうしてパーシヴァルさん宅へ戻ろうとした私の前に、思いもしない存在が現れることをこの時の私はまだ知らない。




