54話
《 コウガ VS カブトムシ 》
「ガルゥッ!?ガウッ!!」
カブトムシが羽を大きく広げ、頭の角をコウガへ向け突撃して行く。その予想外の速さにコウガは完全には避けきれず、避けた拍子に敵の攻撃が足に触れ傷を負った。
アイリはすぐにポーションを取り出し、使おうとしたがコウガはそれを唸る事で拒否した。なぜなら今そんな隙を見せてしまえば目の前のカブトムシがどんな攻撃をしてくるか分かったものではないから。
そう、カブトムシがポーションを取り出したアイリに視線を向けていたのをコウガは見逃さなかったのだ。
コウガは距離を保ちながら【空烈破】を使用し、カブトムシを牽制しようとするが、それもカブトムシにとっては、自分の装甲は硬い事は重々承知であるからして当たったとしてもあまり意味を成さない攻撃だと分かっていた。
カブトムシはコウガに対して【ビッグホーン】というスキルを発動させた。このスキルは名前どおり自分の角をさらに巨大化させ攻撃範囲を広げるもの。
仮に相手に逃げられても、自分の羽なら避けた相手に追いつき追撃することも可能だという自負からこのスキルを選んだ。
スキルの効果によりカブトムシの角がカブトムシ本体寄りも大きくなったのを見て、アイリは重くないの?とか首とか間接がイかれないか心配してしまいそうになった。
……まあカブトムシには関節はあれど首っぽい場所は見あたらないが……。
カブトムシの巨大化した角がコウガを襲う。ここでコウガは今まで出していなかったスキル【空蹴り】を発動し、カブトムシの角の上を走り抜けた。
カブトムシは方向転換も考えたがそれは体の向きを変える間、無防備な自分をさらけ出してしまうことに思い至り、ならば……!と考えなおし、そのまま進行方向の奥にいたアイリに目を付けた。
コウガもしまった!?と言う感じの声を出しすぐに反転。地を駆け、アイリの元へ向かおうとした。
「えぇっ!次は私ぃっ?」
少々慌てた様子のアイリの声が聞こえる。だがコウガにはまだなんとなく余裕があるように見えている。事実アイリからは既にあの光が洩れ始めているのだから。
「【覇気】っ!!」
アイリが言葉を出すと同時にアイリの体から放たれた光が、カブトムシの【ビッグホーン】の効果を打ち消し、元の細い角へと変わる。
コウガはそれを見てこの細さの角ならば、ご主人は避けるだろうと思ったがそこでまた予想外の行動を取ったアイリに驚くことになった。
アイリは鞭を取り出すとそれを振るい見事に角に巻きつかせた。そしてそのままジャンプしたかと思うとカブトムシの上に反動を利用して飛び乗ると言う技を見せた。
「……あ、あれ?上に乗れちゃった……?」
アイリにとっても上に乗ったのは予想外だったらしい。角の直撃を避けようと鞭を巻きつけたはいいが、アイリの能力でその状態から鞭を解くような真似などできるはずもなく、そのまま振り回されカブトムシの上に着地してしまっただけなのだ。
分裂しているとは言え、相手は1メートルほどの巨大なカブトムシだし、背中の羽をしまっている甲殻の部分は硬いからアイリ一人程度なら余裕で乗せられた。
ここでカブトムシは短いとは言え初めて動揺を見せた。まさか攻撃を避けられただけでなく、偶然とは言え自分の上を取る相手がいるとは思っていなかったのである。
動揺から立ち直ったカブトムシは、このまま空へ飛び上がり背中に乗っているアイリを落とせばこの戦いは終わりだと気付きすぐにその行動を起こす。
ギューン!!という音が聞こえんばかりにカブトムシは飛び上がり、地面目掛けて突っ込んでいく。
カブトムシの硬さなら地面にぶつかっても大したダメージにはならないからだ。
「えっ!?うそぉ!ちょ、ちょっとストップ、ストーップ!!」
背中でアイリが叫ぶがカブトムシはお構い無しに、地面へ近づいていく。そして……
ドゴーンという落下音が起こり土煙がたち、やがて静まっていく。
土煙の中から出てきたのはカブトムシのみ。その背中には乗っていたはずのアイリの姿は無かった。地面にぶつかった衝撃で投げ出され体力を奪い去れたのかというとそうでもなかった。
カブトムシは辺りを見回し対象を探す。なぜならアイリは地面にぶつかる寸前に自分の背中からいなくなったから。それを行った相手はすぐそこにいた。
コウガはカブトムシが地面にぶつかる瞬間に【空蹴り】を使用、間一髪の所でアイリを口にくわえ込み、アイリが即死することを防いだ。
その当のアイリはというとコウガに咥えられながらプラーンと揺れている。
「コウガァァ。助かったよぉぉ!ありがとおぉ!」
アイリはよっぽど空中からの地面への急降下ダイブが怖かったらしい。その目には涙が浮かんでいて恐怖を物語っていた。
「ガルルッ」
コウガはそっけなく返事を返すと、怒りの目をカブトムシに向ける。その体からは赤いオーラが噴出している。アイリの涙を見てスキル【狂乱】を発動したのだ。まるで野生化したようにカブトムシを見て唸り続けるコウガ。
アイリもコウガが狂乱を発動した辺りで、少し離れた位置へ退避する。このままここに居ても戦いに巻き込まれるだけだし、戦闘中に狂乱から混乱に戻ったコウガがこちらに来てしまった場合に備えて。
カブトムシは赤いオーラを放つコウガを見てかなり危険な相手と認識したらしく、既にアイリを目の隅にも移していない。この相手には集中しないと自分が危険かもしれないと本能でわかったからだろうか。
そのまま両者の攻撃が繰り出された。コウガは爪による斬撃、カブトムシは自慢の硬い角による突進からの弾き飛ばし攻撃。
二体はぶつかり合い、お互いにダメージを食らう。コウガは角が当たった事による裂傷、カブトムシはその角ほどではないとは言え、自慢の甲殻に深い傷を付けられ、流血ダメージを受けた。
実際にダメージを受けていてもなお、カブトムシは自分の体に傷が付けられた事を信じられなかった。
自分の甲殻は最高だ!俺が討ち負けるはずが無い、俺はここのボスなのだからと。
そんな考えに染まってしまったせいで、カブトムシは一時的に視野狭窄に陥り、コウガの次の攻撃をよけることができなかった。コウガの左右の鉄牙爪、そして毒撃による追撃。
少々毒を受けてしまったがこのくらいであればすぐに治る。むしろ負わされた甲殻の傷も今すぐに回復できる。カブトムシが次に取った行動は自分のスキル【樹液再生】。
フィールド内いたる所にある木のギミックに齧り付きそこから自分の体力や状態異常などを回復させることが出来るスキル。
だがそう何度も使えるものではなく、一度使うとクールタイムが長く、一度の戦いのうちに何度も使用できるような技ではないのが厄介な点だ。
本来このスキルはコーカサス形態で追い詰められた時の為に、とっておきたいものだったがこの際仕方がない。それほどまでに目の前の犬が強い存在だったのだ。
回復を終え、コウガと向かい合うカブトムシ。
そして両者がにらみ合ったそのとき、ジジジッとセミの鳴き声が響く。カブトムシは邪魔をするなと返事したくなったがセミからの報告は信じがたいものだったのだ。
自分の次くらいには強いクワガタ達が瀕死に追い詰められたというモノだったからだ。
カブトムシは思い返していく。
確かにクワガタの選んだ鳥は、コーカサス状態の自分たちと良い勝負を出来ていたが、あの時に大体やつの動きは同化していたトンボが見切って情報共有している。
個別能力で戦っても勝てると判断したからこそ今のように分離したのだ。それがなぜだ?
一撃の威力も高く、手数も多い蟷螂が一緒についていたというのに負けただと?本当に一体何の冗談だ?
セミの報告は続く。
自分とカブトムシ以外は全滅だと。トドメをさされる前にスキルで回収を行ったが、コーカサスに戻らなければ自分たちの負ける可能性があると示唆した。コーカサスに戻る事で戦闘不能になったクワガタ達の得たクルス達の戦闘情報を共有できる為、回収は正しい事だとカブトムシは思う。
とは言え、カブトムシは目の前のコウガとの戦いが面白くなってきた所でこう言った報告が来たのは残念に思ったが、これもまた運命かと受け入れセミの【臨戦召集】に応じる事にした。
カブトムシ達が向かっていったのはフィールド中央にある大木の前。
アイリたちがその場にたどり着くと同時に6体の虫系モンスターがコーカサスへと変化していった。
その姿は最初に戦った時と部位の比重が変わっていた。




