152話
「アイリ様。吸血王ラキュリア伯爵より、不可侵条約を求められておりますが?」
砂漠の領地で四魂王やら龍王などの情報を整理しているとトリビアがこういう話もあったんでした的な感じで話しかけてきた。ちなみに情報の収集の結果は芳しくなかった。
「ん……?不可侵も何も私、そっち方面に手を出してないよね?ヴェルガムの街には近づいてもないしさ」
「おそらく吸血王は永らく自分と敵対していた魔人王を一方的に撃ち破り、かつその後も幾多の王種を倒していくアイリ様に恐れをなしたのでしょう。……私としては吸血王も打ち破り、さらに領地を拡大していただきたいのですけど。このままでは領内にいる有能な文官の仕事が足りなくなってしまいます」
ヴェルガムの街があるのはレベル50~70までのプレイヤーに推奨されているドラニコフ草原地帯。出現するモンスターは動物・植物系が多いと聞いてる。当然ながらダンジョンの数もそれなりにあり、人数過多の為に砂漠の領地で旨味を見いだせないと判断したプレイヤーは大体こっち方面に戻っていく。
私がヴェルガム方面に行かないのはすでに旨味がないから。そりゃ吸血王という存在だけを見ればそれだけで旨味だけど、もともと吸血王も魔人王と敵対していたとはいえ、自分から積極的に手を出したわけじゃない。
むしろ私と同様、魔人王側から手を出されていたため、その火の子を振り払うため戦闘状態にならざるを得なかっただけとイザベラ達暗殺ギルドの面々が言っていた。ちなみに前のギルドマスター生存時にアサシンギルドとして吸血王からの仕事を受けたことがあるらしい。守秘義務とかで内容は教えて貰えなかったけど。
「敵対しないって言ってるなら良いんじゃない?ちゃんと話し合おうとする態度は気に入ったもの……前魔人王と違ってね」
前魔人王バルムンクはアイリを従えようと問答無用で砂漠に攻め入り返り討ちにあった。しかもアイリ本人が手をほとんど出すことなく。今の魔人王はアイリの家族であるパーシヴァルだ。
その彼はアイリが冒険や探索に出ないときは護衛の必要がないので、ユールやヘリオストスの街に派遣し、砂漠の集落を見ているトリビアと同じような働きをしている。もともとパーシヴァルはユールの領主だったこともあり、諍いなどは起きてない……どころか大歓迎されているみたい。
そう言う訳でさらに日数が経過したある日の事。私はヴェルガムの吸血王の居城にコウガ達を引きつれやって来た。
「お待ちしておりました……魔人王を破った新たな王種様」
私を出迎えたのは金髪で黒いドレスを纏った美女。メイド服を着てるわけじゃないけど、所作を見る限りこの城のメイドさんとかだったりするのかな?
「どうも、アイリです。吸血王ラキュリア伯爵様と条約についての話し合いに伺いました」
「えぇ、話を受けてくださり感激しておりますわ。さあさあ、こちらへいらしてくださいませ」
挨拶もそこそこに美女に案内されたのはあちらこちらに蜘蛛の巣が張られている廊下の先にある今まで通った場所とは全く雰囲気の違う綺麗な空間。途中何度か話しかけながら進む。
「アイリ様。道中の荒れように文句もございましょうけどあれは、配下達の住処ですのでご容赦くださいませ」
あっ、なるほど。吸血王は主にコウモリ系が居る魔鳥種とか魔蟲種とか魂種の配下を従えているってトリビアがいってたっけ。
あの蜘蛛の巣に居た蜘蛛は吸血王の配下だったんだね。配下を普通に城に住まわせてるって配下想い、もしくはとことん警戒してるかだよね~。まあ警戒してるならこんな長い間放置してました的な感じにはならないだろうから普通に配下想いという線なのだろうけどさ。
綺麗な空間の中には高そうなテーブルやシャンデリア等貴族っぽいものを連想させるものが多くあった。
黒いドレスの美女はそのままツカツカと部屋の奥に歩いていき、テーブルの向こうに立ち言った。
「それでは改めて私がこの城の主、吸血王ラキュリアでございます。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「えぇっ、貴女が吸血王だったんですか。そうとは知らず適当な話をしてごめんなさい」
「うふふっ、お気になさらずに。この城には私以外の人型は居りませんのよ。ですから久しぶりにアイリ様のような方をご招待できてうれしいのですわ」
先ほどからラキュリア伯爵はその美しい目を光らせながら口に手をやり、うふふ、オホホと微笑んでいる。
……て言うか向かい合ってからなんだけどログがやけにうるさい。
《吸血王ラキュリアの隷属の魔眼をレジストしました》
《吸血王ラキュリアの魅了の魔眼をレジストしました》
《吸血王ラキュリアの交渉の魔眼をレジストしました》
《吸血王ラキュリアの麻痺の魔眼をレジストしました》
《吸血王ラキュリアの憂鬱の魔眼をレジストしました》
《吸血王ラキュリアの失神の魔眼をレジストしました》
……あれ?敵対しないはずじゃなかったの?秒間6行位の状態異常の魔眼が飛んできてる。
普通に隷属の魔眼とか飛んで来てるんだけど?まあどれも私のCHAの補正によりレジストしてるけど。
吸血王ってこういう手管を使う人だったのかぁ。なんかすごく残念……。
「お、おかしいですわっ!どうして私の魔眼が利かないんですのっ!」
全くそれらの影響を受けずに立っている私を見て叫ぶラキュリア伯爵。
そういわれても実力の差?というか魅力の差じゃないかな?どうやら吸血王も魅了系統のスキルでのし上がって来たみたいだけど……。
「あっ、その系統の攻撃は私には効かないからいくらやっても無駄だよ?」
「そ、そんなっ!?では私に有利になるように条約を結ぶことが出来ないではありませんかっ!ついでに貴女のように美しい王種の血を味わえると思っておりましたのにっ!」
……どうやら条約を結ぶつもりはあったけど、その手段に行くまでに私を魅了しておきたかったらしい。魅了して自分の都合のいいように条約を結んだ後は私の血(体力の事だね)を味わうつもりだったと……恐ろしい人ですねぇ。流石吸血姫(鬼)?
まあ、そっちがそういう事するなら私もやっちゃうよ!私は【麗王の覇気】を発動させる。もちろん対象は吸血王ラキュリア伯爵……って言うか彼女しかいないもんね。
「あっ、ふあぁぁっ~~!?か、快感ですわぁ~。この心地よい感覚は何なのでございましょうか……ゾクゾクして達してしまいそうですの~」
あ、あれ?なんか効きがおかしい……それに達するって何が?
私の覇気を受けた吸血王の顔は赤くなっており息が荒い。…ってちょっとどこ抑えてんのよ!
吸血王はその美麗な容姿からは想像もつかないような崩れたトロケ顔でモジモジと下半身を抑えていた。
……も、もしかして吸血王、発情しちゃってない?
麗王の覇気ってそっち方面の効果もあったの!?考えられる理由としてはスキル補正と装備補正を含めて2000を超えてしまったCHAによる副次効果とか?この位までくると王種であっても抗えないほどの威力になった等々……考えるだけで怖い。
そりゃ今までも住民に使った時は男性諸君が前かがみになってた。
その後突然意味もなく土下座された時に安心したような顔をしてた気がする。それって前かがみになるほどの状態を土下座で隠せてうれしかったという意味もあったのかもっ!
そして……あえて詳しくはいわないけど、目の前の吸血王と呼ばれている人までもが下半身を抑えている。その状態で血走った目を向けつつ私にジリジリと近寄ってくる吸血王。
このままでは血を吸われる以外の意味で私の貞操の危機じゃない?ゲームだから気にすんな、ユリユリでもいいぞって言った人怒るよっ!?
「アイリ様~。決めましたわ!私、不可侵条約などというくだらない物よりもアイリ様の配下に降る事にしますわっ!もちろんこの領地もアイリ様に割譲いたしますわ」
「な、なんで急にそうなるのさっ!?」
「そもそも私程度がアイリ様を隷属しようと考えたのがイケなかったのですわ。その報いとしてアイリ様の手足となり、求めていただけるのでしたら夜のお世話もしっかり頑張らせていただきますわー!」
「き、却下ぁぁっ!求めたりなんか絶対しないしっ、そんな事勝手に決めないでぇっ!」
怪しい笑みを浮かべ紅潮しながら、じりじりと近寄ってくる吸血王に色々な意味で恐怖した私はコウガに跨り、ヴェルガムから逃げ出した。後ろから「アイリ様ぁん、お待ちになってぇ!」という声が聞こえて来ても振り返ったりしちゃダメだ(x2)。
なんとか吸血王を撒きつつ砂漠に戻った私を待っていたのは撒いたはずの吸血王の軍勢。
ただし戦闘の意思は感じられないし、何やら布らしきものを持っている。そこに書かれていたのは……
「闇の果てまでも追いかけますわぁ。by貴女様のラキュリアより」
「や、やめてぇぇっ!?」
私はトリビアにメッセージを飛ばし、しばらく逃げ続ける事を言い残し砂漠から姿を消した。
だけど何処に逃げようにも、普通のフィールドやダンジョンでは吸血王の魔の手が伸びてくる。
逃亡先に困った私は最終的に彼女たちではレベル制限で入る事の出来ない初心者の洞窟に逃げ込んだそこで予期せぬ出会いがあった。
次話より、光の領域に話が移行していきます。多分。




