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~ENDLESS ~  作者: イースト5世
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プロローグ

一人の少年が学内の廊下を歩いていた。

 少年とは言っても、その容貌から少年と呼べる特徴は一つもない。

 長く、真っ直ぐ伸びた黒髪に、可憐な瞳、華奢な体躯に巫女装束。その外見は少年と言うよりも少女と呼ぶにふさわしい。

 少年は「A」というプレートが張られた教室の前で立ち止まり、教室のドアを勢いよく開ける。


「あ、先生。おはよう。」

「お早うございます。」


 生徒達が挨拶をしてくるので、少年はそれに適当に返事を返す。そして壇上に上がり、


「よし、朝のホームルームを始めるぞ。」


 そう言い、生徒達は皆着席をする。

 それを確認して出席確認をしようとしたその時だった。


「先生。」


 一人の男子が何を命じたわけでもないのに、起立する。

 髪をツンツン立たせた、ひときわ目立った少年である。


「何だ、何か用か?相沢」

「はい、それはもう。重要なことです。」


 相沢と呼ばれた少年の眼差しは真剣そのものだった。重要な話、ということは重要な話なのだろう。一応訊くことにする。


「今日の下着の色は何色――――――がっ!?」


 相沢少年の言葉は最後まで紡がれることはなかった。パァンと弾けるような音を立て何かが飛来してきた。そして、それは相沢少年の額を直撃する。

 衝撃に耐えられず、相沢少年はぐったり倒れる。


「えー。重々理解してるとは思うがオレを女と勘違いし、下着の色を訊くような愚か者は相沢みたいになる。一応忠告はしておいたぞ。じゃあ、出席とるぞー。」


 もちろん、教員に向かって堂々とこんな発言をするのは恐らく相沢少年くらいのものだろう。相沢少年の態度は今に始まったことではないので、皆素知らぬ態度である。

 しかし、相沢少年には男として同情するものがある。こんな可憐な容姿で男と言われても容易に納得出来るものではない。

 事実、相沢少年みたいに堂々と下着の色を訊くような真似をせずとも、女と勘違いをし、告白する者は多々いた。

 いずれも鉄拳で制裁されたのだが…。

 また、女子の方にも人気があり、男女問わず人気は絶大らしい。

 しかし、当の本人はそんなことには何の興味もないらしいが…。


 出席を取り終え、簡単に連絡事項を説明し、教室を退出する。すると、20代後半であろう女性教師が教室の前に立っていた。


「桜川先生。学院長先生がお呼びです。」

「学院長?一体何の用だ?」

「分かりません。会って直接会ってみては如何でしょうか。」


 どうやら女性教員も詳細は知らないらしい。どうやら会って直接話を訊いた方が良さそうだ。


「了解だ。」

「では。」


 そう言って女性教員は去って行く。


「さて、学院長の呼び出しね…。」


 一体何の話だろう。

 学院長の呼び出しをくらう時は必ずと言って良いほど任務がほとんどだ。それは重要な任務から雑用に近いものまで様々だ。

 重要な任務ならば遂行すべきと考え、受任するが、雑用関係に関しては丁重に断っている。

 ともあれ、行ってみなければ、分からないことである。取りあえず学院長室に向かわなければいけない。



 *



 この世には異能者と呼ばれる者達が居る。

 彼らは常にこの世界の影に潜み、世間の人々には知られず、知られたとしても非難、罵声を浴びる対象となるだけだった。

 特に彼らが罪を犯した、という訳ではない。無論、そうした者達もいたが、罪もなく弾圧され、命を落とす者は少なくなかった。

 一般の社会の中で生きていくことは、異能者にとっては生きづらいものであった。

 そんな彼らの為に創られた世界があった。

 それは雲の上を浮遊する巨大建造物。その規模は東京都がまるまる入る程のもので、その中には異能者によって作られた社会や文化があった。

 そこはあらゆる国や政府の干渉も受けない孤立した場で、異能者の為の場所であり、一般人からの場性も当然届くことはない。

 その都市を人々は『天空都市』と呼んだ。



  *


 『天空都市』には成人だけでなく、年若い少年少女達もいた。

 世間の学生と同じく、彼らも学校に通い、国語や数学、日本史といった一般教科から異能関係や武術に関連するものまで学んでいた。唯一つ異なるのは正確な学年といったものが存在しないことである。

 『天空都市』内の学校は複数存在していたがその中でも、優秀な異能者達を集めているのが、『(てん)御簾(みす)学院』だった。

 そこに集められる者達は異能に才ある者であれば、一切の国、経歴学歴を不問にし、入学を許可するという学校だった。

 無理難題、と思わなくもないが、事実そうしたことで他校よりも優秀な異能者が生まれたと言っても良い。


 『天の御簾学院』は傍から見ると巨大な城塞と形容したくなるほど荘厳に立ち、内部構造も城内を歩いているのでは、と疑いたくなるほどだった。

 そんな学院内をとある少年は歩いていた。少年とはいえ、外見はそう呼ぶに似つかわしくないものだった。形容するならば少女と言った方が通用する。

 暫く廊下を真っ直ぐに歩いていたが、やがて「学院長室」とプレートの張られた部屋を見つけ、立ち止まる。

 ノックをし、ドアノブに触れようとする。

 すると、音もなくドアが開き、目の前に白髪の老人男性が立っていた。


「おお、よく来たな。桜川出(さくらがわ・いずる)。入れ入れ。」


 老人の姿はまるで妖怪みたいな姿で、夜などに出てこられると、少し怖い。

 彼がこの『天の御簾(みす)学院』の学院長を務める老人だった。皆、学院長と呼ぶが、本名は不明というミステリアスな老人だった。


「んで、用があると言われて来たんだ。要件をさっさと言え。妖怪ジジイ。」

「お主、もう少し言葉を選んだらどうなのだ?いや、主の態度が今更変わるとも思わんが…。」


 妖怪ジジイと呼ばれた学院長は顔を顰める。学院長に限らず、「妖怪ジジイ」という言葉は老人からしてみれば辛辣な一言であろう。

 学院長は咳払いで気を取り直しつつ、少年を呼んだ理由を述べる。


「そう。主に頼みたいことがある。」


 それを聞いた少年、桜川出(さくらがわ・いずる)は溜め息をつき、「やっぱりそうか」とでも言いたげな表情をする。


「なんじゃ、不満でもあるのか。」

「ああ。不満だらけだ。」


 学院長は(いずる)の不満そうな表情を不思議そうに見つめる。対して出は学院長のその態度に苛立っていた。

 学院長は確かに重要な任務を依頼する時もある。あるのだが、同時に買い物や掃除と言った自身で解決出来るものまで押し付ける時がある。

 逆にこれに不満を抱かないものなどいるのだろうか?と出は思うのだが、学院長はそれに気づいている素振りは一切ない。


「今回の任務は勧誘じゃ。」

「勧誘?」


 出は怪訝そうな表情で訊き返す。


「うむ。優秀な金髪美少女でな。取りあえずだな、上から……。」

「誰もスリーサイズ言えとは言ってねーだろ。」


 すると、学院長は目を瞬かせ、


「主こそ、ワシは『上から…』しか言っておらんのに、スリーサイズというワードが出てくるとは驚きじゃ。」

「やかましい。お前の話は脱線しすぎなんだよ。良いから重要なことだけ言え。」


 学院長は「チッ、つまらん奴じゃ。」と舌打ちしながら書類を放ってくる。


「えーと。天切叶(あまぎり・かなえ)、17歳。国籍は日本、東京都新宿区に住んでいる学生。……一般人じゃねぇか。こんなの連れてきてどうすんだよ?」


 出は怪訝そうに言う。特に異能者として目立った経歴はない。というより、一つもない。そんな者を、この異能空間に連れてくるのはどうなのだろう?

 しかし、学院長は、その思考を否定し、


「いいや、一般人などではない。彼女は正真正銘の異能者じゃ。それもかなり優秀な奴じゃ。」

「優秀?何処が?コイツは異能に関しては何も記載されていない。」


 異能とは全く関与がないのに優秀というのは何処か矛盾した話だった。

 しかし、学院長はかぶりを振り、


「たしかに現世(うつしよ)ではな。その書類を見れば、一般人であることなど明白だ。しかし、しかしだ。それが前世で名を轟かせたならば、どうかな?」

「前世だと……?」


 異なことを言う、と出は思った。いくら前世で名を轟かせたところで、前世の記憶などある筈もない。その上、前世での異能の力が現世で通用するとも到底思えない。


「フン、面白い話だが、そんなもの不可能だろ」


 そう、普通の人間ならば、異能者だろうと一般人だろうと関係なく不可能なのだ。

 それ以前に前世があるからと言って、そのとき持った力が後世に反映される筈もない。

 しかし、学院長は否と首を振り、


「いいや、そんなことはない。不思議なことかもしれんが、彼女は前世の記憶が残っている。」

「……何?」


 有り得ない。こんな異例が果たしてあるのだろうか?だが、ないと断言できる証拠がある訳でもない。

 出は黙って学院長の話を訊くことにする。


「確かに前世の異能の力が現世で反映されてはいない。が、しかしだ。記憶面では反映されている。つまり、何を意味するかと言うと、異能の面でもきっかけさえ与えれば、前世での才を発揮できるのではないかと思ったのだ。」


 出は老人の話を訊きながら一応納得する。しかし、すぐに疑問が浮かび上がる。


「けど、それは微弱ながらでも魔力、霊力が合ったらの話だ。霊力も魔力も持たないヤツは一般人と同類だ。」

「……かもしれん。」


 学院長は可笑しそうに笑う。何処か意図的な笑いだった。


「何が言いたい?」

「いや。それがだな調査員を派遣して、探知機で実際に彼女の周辺の魔力、霊力を探知させたのだよ。そうしたら見事に計測が出来たのだよ。」

「……っ」


 冷静を装っても、驚愕の表情は表に出ていただろう。

 出は色んなケースの異能者に出会ってきたが、このような異例は初めてだった。いや、この世界を長く生きた目の前の老人でさえ、同じ感情を抱いた筈である。


「そうか。じゃあ、アンタが言ったようにきっかけさえあれば、その女は覚醒する…。そういう訳か。」

「ま、そう上手くいくものでもないかもしれんがな。で、この任務を引き受けるのか否か。この場ではっきりさせてほしいのじゃが。」


 逡巡―――。

 別に断ることも可能なのだが、そのイレギュラー性には瞠目するものがあった。事実、この目で確かめてみたい。そんな気持ちが巡る。


「まあ、引き受けるか。ただ、一つ質問だ。」

「何かな?」

「ソイツはアンタが此処に連れ込むほど有益な人材なのか?」


 すると、学院長は相好を崩し、


「勿論だとも。今までワシが此処に連れてきた者達は皆、優秀じゃっただろう。」


 認めたくはなかったが、確かに、この学院で学ぶことにより、此処に来たものは皆、成長し、巣立っていった。


「そうか。ならいい。オレは行くぞ。ソイツを拉致すれば事済むんだろ?」


 すると、学院長は険しい表情で、


「人聞きの悪いこと言うな。勧誘だ。勧誘」


 しかし、出は聞き終える前には部屋を去っていた。


「……ハァ、いつになったらワシを敬ってくれるのだろうか。」


 学院長は今までもこの先も出の態度が変わるとは思わない。思わないが、やはり学院長の方が立場が上であり、出は立場が下。もう少し弁えてくれてもいい筈である。


「………ともあれ、この任務が成功し彼女を一流の異能者に育成させれば、いずれ我が学院に大きな力を及ぼす。」


 嘘ではない、確信に満ちた表情で学院長は言った。


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