エリカの適応力
目を覚ますと、いつもより部屋が明るかった。窓から外を眺めたら、太陽が空高く昇っていて、そこでようやく俺は、自分が昼過ぎまで寝ていた事実を知った。どうみても寝すぎだ・・・しかし、よく寝たおかげで、魔力も体力もすっかり回復したので良しとしよう。
『おそよう!レド』
「なんだ、そのおそようって・・・」
『遅いおはようだから、おそよう。』
寝起きに、理解に苦しむ挨拶をされ、疲れが取れたはずの体に疲労が溜まった気がした。いや・・・魔女はいつもこんな感じだから、いつもどおりではあるんだが・・・
軽く身体を伸ばしたら、空腹で腹が鳴ったので、朝食・・・というか昼食を食べに食堂に向かうことにした。そういえば、今日は俺が食事当番だったような気がする・・・食事当番が寝坊か・・・また、ババアに殴られるかもしれないな。と、苦笑いを浮かべながら、そんなことを考えていたら、なにやら食堂から、おいしそうな匂いがしてきた。俺が起きなかったから、きっとイルニールが代わりに食事を作ってくれたんだろう、と思ったんだが、その匂いは、イルニールの料理でも、ましてや、ババアの料理の匂いでもなかった。
食堂に入ると、キッチンから見たことのない料理がテーブルに運ばれており、俺は驚いた。すでにテーブルに置かれている料理も知らないものばかりだったが、料理を運んでいる人物を見て、すぐに理解した。
「あ、レド、おはよう。」
「・・・もう昼だけどな。」
そう声をかけてきたのは、昨日、俺とイルニールが召喚魔法で呼び出してしまった異世界の少女、エリカだ。テーブルに並んでいる料理は、彼女の手作りらしい。つまり、異世界の料理だ。なるほど、匂いが違うわけだ。
「ようやく起きたの?食事当番が寝坊して料理を作らない、なんて困るんだからやめてほしいわね。エリカが作ってくれなきゃ、飢え死にしていたわ。」
師匠のバルムが、俺を見ることなく、テーブルに置かれた紙と睨めっこしながらそう言った。そこで、自分が作るという選択肢はないのか?と言いたそうになったが、殴られそうな気がしたのでやめておいた。なにやらそれどころでもなさそうだしな・・・
バルムは、テーブルに座ってひたすら紙に文字を書いては、握りつぶし、また別の紙に文字を書く、という不思議な作業をしていた。
なんか、この光景、以前も見たことあるような・・・あぁ、思い出した。魔女集会で使う報告書を書いてる時が、確かこんな感じだったな。ということは、途中で抜けてきた、魔女集会の報告書を書いているんだろう。
「その様子だと、無限の魔女についての話は聞けそうにないな。」
「あぁ、悪いけど、これが終わるまでは無理よ。終わったら呼ぶから、それまで自由にしてていいわ。」
顔を上げることなく、ひたすら文字を書き続けるバルムに俺は、「まぁ、がんばれ」とやる気のない応援をして、テーブルに並んだエリカの料理を見た。おいしそうだが・・・
「これ、食べていいのか?」
「うん。それはレドの分だよ。」
1人分にしては多い量の料理に、エリカは「男の人はたくさん食べるからいっぱい作ってみた。」と笑顔で答えた。・・・男の人、ねぇ・・・。さすがにこの量は、男でもきついと思うぞ。それに、俺もイルニールもそこまで大食いじゃない。そういえば・・・
「イルニールはどこに行った?」
俺は食堂を見渡し、イルニールの姿を探すが見当たらない。昼食はすでに済ませ、別の場所に行っているようだ。
「イルニールなら、バルムさんの部屋に行ってるよ。私を元の世界に帰す方法を探すんだって言ってた。そんなに気にしなくてもいいのにねー。」
「お前は少し気にしろ。危機感を持て、元の世界に未練はないのか?」
俺の言葉にエリカは、「未練かー・・・」と言いながら考え始めた。その間に俺はエリカの料理を食べる。・・・うん、うまいな。あとで作り方を聞いておこう。
「友達に借りたままのマンガとか、まだ最終回までいってないアニメとか、完結してない本とか・・・結構色々あるかも・・・」
よくわからんが、さほど重要なことには思えないんだが・・・何より、昨日の今日で馴染みすぎてないか?異世界の人間は適応力が高いのか?それとも・・・
「家族とも一生会えなくなるかもしれないんだぞ?普通はもっと悲しまないか?嘆かないか?」
「うーん・・・そこは、遠くにお嫁に行って、親に全然会えなくなったと思えば、いいんじゃないかな?」
「・・・わからん・・・」
エリカの考え方が、俺とはかなり違うようで、俺は頭を抱えてしまう。異世界に召喚されたということをすんなり受け入れ、帰る方法がなくても気にしない彼女は、楽観的・・・というより・・・
「変わり者・・・」
それでも、彼女を元の世界に帰すのは、召喚してしまった俺たちが取る責任でもある。彼女が気にしていないにしても、方法は探さなくてはいけない。俺たちが出来ることなんて、たかがしれてるがな。
もしも・・・俺に宿った無限の魔女が、記憶を失っていなかったら、なにか方法があったかもしれない・・・いや、よそう。記憶がないからこそ、魔女は友好的なんだ。それに、記憶があったとしても、彼女の時代に、召喚魔法があった保障もない。知らない、わからない可能性のほうがずっと高い。
「あ、そうだ、レド。」
「なんだ?」
「ここって森に囲まれてるけど、買い物とかはどうしてるの?というか、どうしてこんな森の中で暮らしてるの?」
まぁ、それは当然の疑問だよな。見渡す限りの森の中で、街もなく、行商人も来ないこんな屋敷に、新鮮な食材が置いてあれば不思議だろう。
しかし・・・前者はいいとして、後者については俺も知らないんだが・・・。とりあえず、前者のことだけでも説明しようと口を開いたが、俺が声を出す前に、バルムが手を止めて話し出した。・・・報告書が完成している様子はない。
「買い物に行くときは、地下にある門を使うのよ。西の最大都市ドルファーと繋がってるから、一瞬で行けるわ。それと、森の中で暮らしてるのは、その方が魔女って感じがするでしょ?」
そんな理由かよ!と、俺は心の中でつっこんだ。そんなくだらない理由でバルムは、こんな森の中に住んでたようだ・・・
「一瞬で移動できるの?すごい!それも魔法なの?」
「もちろん魔法よ。この屋敷とドルファーには、同じ門が設置されていて、自由に行き来ができるの。もちろん、誰でも使えるわけじゃないわ。私が門に登録した人間だけが利用できるのよ。」
「へぇー。セキュリティはバッチリですね!」
「あなたのことも登録しておくから、よかったら行ってらしゃい。」
「はい!ありがとうございます。」
エリカはとても嬉しそうにバルムにお礼を言った。ドルファーは中央都市と比べると小さいが、それでも広い方だ。初めて来た人間は大体が迷うだろう。それに、魔女がいるから治安はいい方だが、それでも絶対に安全とは言いきれない・・・もしも、ということもありうる。
「一人で行かせるのは危険じゃないか?」
「なに言ってるの。レド、あなたも一緒に行くのよ。」
「なんで俺が?」
「あなた・・・なにもわかってないのね」
突然のバルムの言葉に俺は一瞬戸惑った。なにも、わかっていない?
「無限の魔女の魔力でエリカの魔力を抑えたって言ってたけど、そんなものは一時的なものよ。時間と共に効果は薄れて、また魔力の放出が始まるわ。もし、街中で魔力の放出が始まっても、あなたが傍いれば、すぐに抑えることができるでしょ?」
『あれ?もしかして、レド・・・気づいてなかったとか?』
魔女はわかっていたらしい。ちゃんと聞かなかった俺も悪いかもしれないが・・・こんな大事なことをなぜ最初に言わなかったんだ!
つまり、効果が切れたらまた、魔力を抑えるためにキスをしろってことか?なんだよそれ・・・あれで解決したと俺は思ってたぞ。いや、俺よりもエリカの方がショックが大きいか・・・?
「だ、大丈夫だよ、レド。もう初めてじゃないし、二回も三回も一緒だよ、大丈夫だよ・・・」
落ち込んでいる俺を慰めようとしているのか、エリカは困ったような表情を浮かべながら俺にそう言ってきた。どう見てもショックを隠しきれてないだろ。むしろ気を使うな、逆に気まずいわ。
はぁー。と大きなため息をつくと、エリカの頭をぽんぽんと叩いた。
「とりあえず、お前は魔力のコントロールを覚えろ。さすがに俺も、何度もキスをしたくはない。」
「うーん、わかった・・・」
あまり乗り気じゃなさそうだ。いや、面倒くさそう、という感じだな。
しかし、やる気になってもらわないと困る。なにか・・・エリカがやる気になりそうな起爆剤はないものか・・・あ。
「・・・コントロールできるようになれば、魔法が使えるようになるかもしれないぞ。」
「先生!私、がんばります!」
魔法が使えるようになる。という起爆剤で、俄然やる気になったエリカを見て、やっぱり変わり者だと思った。
『レドが先生?あはは、面白そう。』
「まぁ、がんばりなさい。あと、食べ終わったなら出てってくれる?」
気が散るから、と付け足して、バルムはまた報告書を書き始めた。あれ?なんで俺が教えることになってるんだ?・・・まぁ、いいか。魔力のコントロールなんて、難しいものじゃないし、エリカだってすぐ、出来るようになるだろう。
そう思っていたのだが・・・その考えは、甘かったようだ・・・
「おそよう」は昔、姉と使ってました。
*10月13日に少し修正しました。