魔力による魅了
「というわけで、自己紹介をしよう。」
「どういうわけだ・・・」
裏口から屋敷に入った俺たちは、安堵したせいかその場に座り込んでいた。その直後の少女のセリフには脱力せざるをえない・・・
「でも、自己紹介は大事だよね。名前も知らないままじゃ不便だし」
イルニールも少女に同意する。お前ら、この状況わかってて言ってるのか?いや、わからないから言っているんだろう・・・魔力の放出により獣たちが魅了されているなんて、魔女が教えてくれなければ俺もわからなかったし。そう考えれば、この二人の行動は普通なんだろう・・・多分。
「じゃあ、僕たちから。僕はイルニール、こっちはレド。僕たちは、魔女バルム・バッカードの弟子でこの屋敷に住んでるんだよ。」
「魔女?この世界には魔女がいるの?」
「うん。この世界は、6人の魔女によって守られているんだ。その一人が、僕たちのお師匠様でバルム・バッカードなんだ。」
「へぇー・・・」
少女の相手をイルニールに任せ、俺はひたすら考えた。少女を元の世界に返す方法、少女の魔力を抑える方法、俺が知りうる知識じゃ答えが見つからないのはわかっていた。それでも考えることを放棄したくなかった。・・・決して、あのババアが怖いわけじゃない。
「私は水崎絵里香、16歳の高校一年生です。」
「ミズサキ・・・」
「あ、水崎が苗字で、絵里香が名前です。ひょっとして、この世界じゃ逆なのかな?」
「うん、逆だね。でも苗字があるなんて、エリカはもしかして貴族なの?」
この世界で苗字を持てるのは、魔女と魔女に認められた魔法使い、そして貴族だけだ。当然、俺たちも苗字は持っていない・・・いや、以前の俺にはあったか・・・
「いやいや、うちは普通の家だよ。それに、私の世界じゃ苗字があるほうが普通だって!」
「そうなの!?」
エリカの世界は、この世界と随分違うらしい。一番驚いたのは、魔法が存在しない、というところだ。この世界では魔法が全てであり、また、魔法が使える魔女によって守られているのだから、驚くのは当然か。なんでも、魔法がない代わりにキカイというものがあって、それで生活が成り立っているとのこと。興味が尽きないな・・・
「私の世界はそんな感じなんだけど・・・こっちの世界はどうなの?」
「うーん・・・この世界のことかー・・・」
ちらっとイルニールが俺を見た。その目はどう見ても助けてくれと訴えている・・・俺に頼るな、この世界のことを説明するはそんなに難しいことじゃないだろ。あぁ・・・やめろ、捨てられた子犬のような潤んだ目をするんじゃない!罪悪感を植えつけるな!・・・はぁ・・・
「この世界の人間はみんな、魔力を持って生まれてくる。魔力の量や才能は人によるけどな」
俺は淡々と話し出す。なんだかエリカの目がキラキラしてるように見えるが、気のせいか?
「それに、魔力があるからって誰もが魔法を使えるわけじゃない。だから、魔法が使える人間は、わかりやすいように魔法使いと呼ばれる。魔法使いは、その魔法で人を助けたり支えたりするのが仕事、らしい。」
らしい、というのは、俺が実際に魔法使いを見たことがないからだ。この屋敷を出れない俺は、外の世界で魔法使いがどんな生活をしてるのか、まったく想像つかない。全てあのババアから聞いただけの知識だ。正直、イルニールの方が詳しいと思うんだが・・・やつはなにやら落ち込んでいるのか、俯いている。おい、説明を俺に押し付けてお前はなにをしている?
「魔女っていうのは?」
「あぁ、魔女ってのは、世界で混乱や争いが起こらないように見張る、女の魔法使いのことだ。世の中には、魔法で悪いことを企むやつらだっているからな、そんなやつらを牽制し、時に制裁する・・・まぁ、一種の組織みたいなものだ。」
「へぇー。警察みたいだね。あ、じゃあ、魔女ってどれくらいいるの?」
「6人だ。東の魔女、西の魔女、南の魔女、北の魔女、大地の魔女、天空の魔女、今存在するのはそれで全部だ。」
あと1人、俺の中にいるが、それは教える必要はないだろう。そもそもの元凶はこいつだが、気づかなかった俺も悪いし、話したところで、俺以外の人間には声が聞こえないんだ、信じてもらえないだろう。
「・・・まぁ、この世界は、魔女と魔法によって成り立ってる。そんなところだ。」
「なんだか不思議ー、というかファンタジーだね。まるで小説の世界みたい。」
なんだか嬉しそうにエリカは笑う。異世界というものは、確かに好奇心がそそられるが、帰れないかもしれないという現実を知ってもなお、そんなに笑えるものなのだろうか・・・。
そういえばさっきから、イルニールの様子がおかしい。俺が話してる間もずっと俯いたままで動かないし、会話にも一切参加してこなかった。なにか、変だ・・・
そう思った瞬間、イルニールがゆらりと動き始めた、腹でも痛めたのかと思った俺は、そのまま動きを観察してた。イルニールは隣に座っているエリカの両肩に手を置き、一気に押し倒した。
「ひゃあっ!」
「イルニール!?」
イルニールの行動に、さすがに俺も驚いたが、さらに驚いたのはイルニールの状態だ。目を見開き呼吸を荒くして、エリカを睨んでいる、というか見つめてるのか?あれは・・・
というか、もしかしなくてもこの状況って・・・
『あー、ついにイルも魅了されちゃったんだねー』
「やっぱり・・・。ということは、次は俺か?」
『レドは大丈夫だよ。私が中にいるし、私の方が魔力高いもん』
さすがは無限の魔女。今だけはお前が宿ってることを感謝するよ。
「た、助けてー!」
エリカが俺に必死に助けを求めてる。しかし、顔が笑っているのはなぜだ?お前、この状況楽しんでるだろ・・・まぁいい、お前を助けるのはもう少し待て、俺はまだ魔女に聞きたいことがあるんだ。
「ちなみに、魅了されるとどうなるんだ?」
『んー、簡単に言うと・・・欲情?ほら、オスがメスを求めるあれ』
「発情期か?」
『それそれ!』
ようするに、今のイルニールは発情した動物と一緒で、目の前にいるメス(この場合エリカ)を襲ってるわけか。そういえば、結界に集まってきた獣たちも興奮状態だったな・・・なるほど納得した。
「助けてー!レドぉーーー!」
おっと、さすがに身の危険を感じたのか、エリカが涙目で助けを求め訴えている。そろそろ助けてやらないとな。俺もそこまで人でなしじゃないし・・・イルニールには悪いが・・・
「悪いな、イルニール。」
俺はそう言って拳に魔力を込めると、エリカを押し倒してるイルニールを殴り飛ばした。許せ、あとで回復魔法かけてやるから。吹っ飛んだイルニールは壁に激突して気を失った・・・少し強すぎたか?すまん。
さすがにエリカも怖かったのか、涙目のまま震えている・・・これは、すぐに助けなかった俺が悪いのか?
「・・・どうして、こんなこと・・・」
エリカはぽつりと呟いた。それもそうだろう、さっきまで普通に話してたやつが、いきなり押し倒してきたんだ、しかも異常な状態で・・・怖くないってほうがおかしい。
「お前の魔力がイルニールを、あの獣たちを魅了したらしい。」
「どういうこと?」
「自分じゃ気づいていないのかもしれないが、お前は身体から魔力を放出させているんだ。その魔力は、獣たちやイルニールを魅了して発情させた。その結果、お前は襲われた・・・そういうことだ。」
俺はエリカにわかりやすく告げたつもりだった。しかし、告げられた本人はぽかんとしたあほ面をしたまま固まっていた。さすがにこれ以上わかりやすくは無理だぞ。
「私の、魔力・・・つまり、私も魔法使いになれると?」
「今はそれどころじゃないだろ。お前、なんとか魔力の放出を止められないか?このままじゃ、またイルニールに襲われるぞ。」
「でも・・・魔力の放出って、どうやって止めるの?」
「俺が知るか!」
『・・・ひとつだけ、魔力を抑える方法を思いついたんだけど・・・』
「方法がある?」
『うーん、でも、この方法は、レドとエリカの協力が必要で・・・無理やりはちょっと・・・できないかなぁ・・・』
いつもの魔女らしくない、なんとも歯切れの悪い話し方だった。もしかしたら危険なことなのかもしれない。ならば、両者の同意も必要だろう・・・俺はエリカを真っ直ぐ見つめた。
「魔力の放出を止められるかもしれない。だけど、それにはお前の協力も必要だ。危険かもしれないが、協力してくれ。頼む!」
「え、あ・・・う、うん。」
少し顔を赤くしたエリカが震えながらそう答えた。なにが起こるかわからない、恐怖でふるえるのは当然だろう。
「俺も、協力する。」
それはエリカにではなく、魔女に告げた言葉。魔女は「わかった」と言って、俺に方法を教えてくれた。しかし、その方法を聞いて俺は頭を抱えた・・・両者の協力が必要、その意味がわかったからだ。確かにこの方法は、無理やりやるべきじゃない・・・だけど・・・
「レド?」
不安そうに俺を見るエリカ、協力は得た、今更止めるわけにもいかない。今魔力を抑えなければ、エリカはまたイルニールに襲われるだろう。他の方法なんてない、これが最善・・・
「あぁ、もう!!」
頭をかきむしり、苛立ちで声をあげる。恨まれるかもしれないが、そんなことを気にしてる場合じゃない。俺は覚悟を決めて、エリカの腕を掴み、自分のほうへ引き寄せた。
「許せ。」
そう言って俺は、エリカの唇に自分の唇を押し当てた。