異世界の少女
召喚魔法によってこの世界に呼び出された少女は呆然としていた。それもそのはず、彼女はいつものように朝起きて、いつものように学校に行って、いつものように学校で授業を受けていたのだから。それが突然、学校もなく、家もなく、友達もいない、まったく知らない世界に来てしまったのだ。平然としてる方がおかしいだろう。
「・・・・・・なに、これ・・・」
それが彼女の第一声だった。
「れ、れれれれれ、レド!僕たち、召喚魔法を成功させちゃったよ!」
「見ればわかる。落ち着け」
魔法が成功したことで、軽く興奮状態になったイルニールをなだめつつ、俺は考える。どうして俺たちの魔力で、異世界の人間を呼び出せたのか・・・答えはすぐに見つかった。
『面白いことしてるなーって思ったら、召喚魔法だったんだー』
俺の頭の中で、無限の魔女の声が響く。魔女の声は宿主である俺にしか聞こえていない。俺は魔女と頭の中で会話する。
(いつから起きてた?)
『んー、二人が魔法陣描いてる時かなー。邪魔しちゃ悪いと思って黙って見てたんだけど』
(だけど?)
『魔力注いでる時に、面白そうだなーって思って、干渉して、魔力注いじゃった。』
お前のせいかーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
そう叫びそうになったのを、ぐっと堪え、俺は頭を抱えた。俺とイルニールの魔力だけなら異世界の人間を呼び出すなんて到底不可能だ。しかし、そこに魔女の魔力が加われば?世界を狂わせてしまうような強大な魔力が魔法陣に注がれれば・・・その結果がこれだ・・・頭いてぇ・・・
俺は魔法陣に目をやる、異世界の少女はまだ魔法陣の中で呆然としていた。魔法陣の文字の中には、呼び出したものがこちらの世界の言葉を理解できるようになる魔法があった。多分、言葉は通じるはずだ。怖がらせないようにゆっくりと近づき、俺は口を開いた
「おい、だいじょ・・・」
「エルフだぁー!」
俺が言い終わる前に、俺を見た少女は叫んだ。どうやらこの世界の言葉が話せるようで安心した。しかし・・・
「エルフ?」
聞いたことがない言葉だ。誰かの名前か?
「緑の髪と緑の目、それにとんがり耳!君はエルフなんでしょ?」
確かに、俺の髪は緑色だし、目も緑だ。耳は多少尖ってはいるが・・・いや、それ以前に、会話が成り立ってない気がするぞ?
「ねぇ、君、エルフってなぁに?」
イルニールが助け舟を出すように少女に話しかけた。
「エルフっていうのは、森に住む種族のことだよ。緑の髪と尖った耳が特徴で美形が多いの!」
なにやら嬉しそう、というか楽しそうに少女は話しているが、俺とイルニールは首を傾げる。そう、彼女の話が理解できないんだ。
「エルフなんて種族はいないぞ。あと、この髪色も耳もここでは普通だ」
「えええええーーーー!?」
少女は驚いた声を上げてうなだれた、なにやらショックを受けたようだ。ぼそっと「あんまり美形じゃないかも」と聞こえたが、聞かなかったことにしてやる。
「悪かったな、勝手に呼び出して。俺たちは、この召喚魔法を試してみたかったんだ。」
「え、じゃあ、ここはやっぱり異世界なんだ?」
「君が異世界からきたなら、そうなるね。」
ようやく落ち着いたのか、普通に会話ができるようになっていた。とりあえず、不可抗力とはいえ、人間を呼び出してしまったんだ。彼女には元の世界の生活がある、早いうちに帰してあげたほうがいいだろう。
「召喚魔法は成功したし、満足もした。あんたには悪いことをしたけど、すぐ帰してやるよ」
「あ!確かに授業中だったし、早く帰してもらえると助かるかも。でも、せっかく異世界来たのに、すぐ帰っちゃうのもなんかもったいないなー。」
「お前にはお前の生活があるだろうが。イルニール、さっきのノートから異世界の住人を帰す方法を読んでくれ。」
「うん。ちょっと待ってね・・・」
イルニールはポケットにしまっておいたノートを取り出し、パラパラとページをめくっていった。その動きがピタリと止まったかと思ったら、青い顔で俺を見た。
「ど、どうしよう、レド・・・書いてないんだ」
「なにが?」
「召喚した、異世界の住人を、帰す、方法・・・」
「貸せ!」
俺はイルニールからノートを奪うと、1頁1頁見落とさないように読んだ。一字一句見落とさなかった、だからこそハッキリ言える。召喚魔法は、確かに完成していた。だけど、呼び出した異世界の住人を元の世界に帰す魔法は「まだ」完成していなかった。いや、研究もされていなかった・・・。このノートの持ち主は、異世界の住人を召喚するだけで満足してしまったんだ。俺たちのように・・・
「あのー・・・」
少女に話しかけられ、俺とイルニールはハッとした。好奇心とはいえ、召喚魔法で呼び出してしまったこの少女に、二度と元の世界には帰れないかもしれない、という現実をどう告げたらいいのだろうか。
「・・・もしかして、元の世界に戻れないオチですか?」
「そ、それは、その・・・」
「あ、気にしなくていいですよ。小説とかでも、異世界に召喚されたら、ほぼ確実に元の世界に帰れませんから。それが現実に起きただけと思えば。」
「受け入れられるのか?」
「時間は必要だと思うけど・・・なんとかなるんじゃないかな?」
あっけらかんと少女は笑う。こいつ・・・もしかして、馬鹿か?いや、こいつの事はともかく、この状況では俺たちの方がやばい・・・
「あのババアにばれたら、やばい・・・」
「あ・・・」
俺の一言に、イルニールも察したのか、見る見る顔が青ざめていった。そう、俺たちはこの召喚魔法で呼び出せるのは、小動物程度だと思っていた。小動物なら、元の世界に帰す方法がなくても、屋敷で飼うなり森に帰すなりできた。しかし、実際に呼び出せたのは、人間の少女だ。屋敷に置くにも、あのバルムにずっと隠し通すことはできないだろう・・・手詰まりだ。
『ねぇ、レドー』
「なんだ!」
魔女の声に、俺は思わず声を出してしまった。考えがまとまらずイライラしてたから仕方ない。イルニールと少女が不思議そうに見ていたが、それどころじゃない。
『バルムにばれるのは、確かにやばいかもしれないけど・・・私から見たら、彼女の方がやばい気がするよー。』
(?どういう意味だ?)
『彼女、身体から魔力が溢れてる。しかも大量に』
(魔力が、溢れる?)
俺は少女を見た。視線に気づいた少女は首をかしげ「どうしたの?」と不思議そうに俺を見ていた。魔女は少女の魔力が溢れているといった。しかし、俺には何も感じない・・・魔女だからわかるのか、それとも彼女が嘘をついているのか・・・
『まぁ、普通は気づかないよ。気づかないでそのまま魅了されていくの』
(魅了?なにを言ってるんだ?)
『強すぎる魔力はね、毒なんだよ。魔力が低いものは、気づかぬうちにその毒に犯されて、魅了されちゃうの』
『こんな風にね・・・』
どうして俺たちは気づかなかったんだろう。獣たちが結界の周りを囲むように集まっていたことに。目は血走り、唸り声をあげている獣たち。森に住む獣たちが全て集まってきたような群集・・・
「なにこれ、怖いんだけど・・・この世界の獣って、みんなこうなの?」
「まさか!凶暴なのもいるけれど、こんな風に結界に近づいてくることはなかったよ!」
そう、獣たちは結界の中に入れない。結界を壊せない。だから近づいて来る事もなかった。でも、今の状況はなんだ!?まるで正気を失っているようなこの獣たち・・・なにが起きたって言うんだ!
『獣たちは、元々魔力が低いの。あの子の影響を真っ先に受けても不思議じゃないよ。』
「どうすればいい!」
俺はすがるように声を上げた。
『魔力の放出を止めればいいんだけど・・・多分、あの子、魔力のコントロールが出来ないと思うなー。だとすると、うーん・・・』
魔女は「うーんうーん」と言いながら悩み始めた。もしかしたら方法がないのかもしれない。
「イルニール、屋敷の中に!」
「あ、うん!君も早く。」
「安全地帯に避難だね!了解」
俺たちは屋敷の中に逃げ込んだ。結界があるかぎり安全なのはわかっていたが、あの獣たちの視線はいつまでも感じていたいものではない。ふーっと一息ついたところで、少女が口を開けた。
「そういば、自己紹介してないね。」
「今、それどころじゃないだろ・・・」
こいつは大物なのか、それとも、ただの馬鹿なのか・・・