魔女とその弟子
「あ、レド、おはよう。今日は早いね」
「別に、目が覚めただけだ。」
薪割を終え、屋敷のキッチンへ向かうと、すでにイルニールが朝食の準備をしていた。コトコトと鍋のスープからいい匂いがしてる。
ふわふわした栗色の髪、少し大きめな青色の瞳、にっこりと笑えばまるで子供のような無邪気さを見せる。そんなイルニールは、俺の弟弟子だ。三ヶ月ほど前、泣きながら屋敷を訪ねてきて、「魔法使いになりたいんです。弟子にしてください!」とバルムに懇願した。あの女は「いいよ」と即答したが、その後の言葉は彼に届いてなかったと思う。「可愛い子は大好きだし」・・・一瞬、弟弟子になった彼を本気で心配したもんだ。
他愛もない話をイルニールとしていると、ふわり、と窓をすり抜け何かが屋敷の中に入ってきた。それは封筒の両端に羽が生えており、パタパタと目的の場所へ向かっていた。
「あれ、なに?」
不思議そうに、だけど興味津々にイルニールは空飛ぶ封筒を眺めていた
「あれは、マジック・レターだな。多分、6魔女からの手紙だろ」
あれが何か知っていた俺は、そうイルニールに教えた。書いた手紙を、直接本人のもとへ届ける魔法、緊急時やすぐに返事が欲しい場合に使われる。便利だが、普通の魔力じゃ山一つも超えられないから、魔女専用の魔法と言ってもいいだろうな。
「・・・そういえば、あの魔法には厄介な機能があったな・・・」
「厄介な機能?」
そうイルニールが尋ねてきた途端、大きな羽ばたきの音が聞こえてきた。
「手紙は直接本人に届くんだが・・・本人があれに気づかないと、ああやって羽音がでかくなっていく。手紙を読まない限り延々とな。」
イルニールは天井を見上げた、師匠の部屋は真上ではないが、それでも羽音をやかましく感じてるんだろう。面倒くさいけど仕方ないな・・・
「俺、行ってくるわ・・・」
「よ、よろしく・・・」
はぁ、と大きな溜息をつきながら、俺はキッチンを後にした。ちらっと見えたイルニールは耳を塞いでいた。そりゃそうだよな、この音量はいい迷惑だ・・・
階段を上りバルムの部屋に着くと、もう鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの大音量になっていた。俺はドアノブを回し勢いよく扉を開けると、ベッドで丸くなっている屋敷の主に叫んだ。
「さっさと起きろ、ババア!マジック・レターの羽音で俺らを殺す気か!」
俺がそう叫ぶと、う~ん。と言いながら、もぞもぞと布団から顔を出した。そして、バルムが指先でマジック・レターに触れると、ピタリと音が止み、封筒から手紙が現れた。寝ぼけ眼でそれを読んだバルムは、若干不機嫌そうだ。
「魔女集会・・・?もうそんな時期なのね・・・でも、当日に伝えるのはいい加減やめて欲しいわ・・・ファーネにも困ったものね・・・」
ぶつぶつ言いながら、手紙の参加に丸をつけた。手紙は再び封筒の中に戻り、窓をすり抜け外に飛んでいった。差出人のところに戻るのだろう。まだ眠そうな目をこすりながら、俺を見たバルムはにっこりと微笑んだ、俺はハッとしたが、すでに時遅し、俺はバルムに殴られた。(魔力のこもったパンチは結構痛い)
「このうら若き乙女の私をババア呼ばわりするなと、何度言ったらわかるの!」
「80超えてるババアが何言うか!」
6魔女の一人、バルム・バッカード。彼女はとうに80歳を超えている老婆だ。しかし、夕焼けのようなオレンジ色の長い髪、金色の瞳をしたその魔女の見た目は、どこをどう見ても二十代そこそこだ。年齢を聞かなければ普通の人は騙されるだろう。
「つーか、なんだこの部屋は!どうしたらここまでなるんだよ!?」
本棚から本という本が全てなくなっていて、代わりに本という本が床に散らばっていて、足の踏み場もない。さしずめ、本の絨毯と言ったところか?いや、山になってる部分もあるから絨毯ではないな。
「探し物をしていたのよ。見つからなくて、結局諦めたけど。」
「探し物?何をだ?」
「・・・・・・さぁ、忘れたわ。」
忘れた、という顔じゃなかった。言いたくない、という顔だった。俺自身、ババアの探し物に興味もなかったから、特に何も聞かないことにした。面倒なことになっても嫌だしな。
「じゃあ、レド、部屋の片付けお願いね。」
「はぁ!?」
「今日は魔女集会で帰りは夜になるし、それだけの時間があれば大丈夫よね。」
「・・・・・・はぁ」
ここで反論を唱えても無駄だとわかっている俺は、しぶしぶ承諾する。こいつは操り魔法で人を操ることも出来るからだ。以前、操られ働かされた俺は、魔法が解けた途端の身体への負荷がはんぱないことを知った。それ以来、あの魔法だけは避けたいと思っている。
「さぁて、朝食にしましょう。今日の当番はイルニールよね、あの子のご飯はおいしいから楽しみだわ。」
そういってバルムは部屋を出てった。俺は部屋を見渡して、本の山に大きな溜息をついてから部屋を出た。
・・・あとで、イルニールにも手伝わせよう。そう考えながら・・・
「それじゃあ、いってくるわね。」
朝食を終え、魔女集会に出かける師匠を見送りに俺とイルニールは外にでた。6魔女は定期的に、自分が担当する地域の現状や状況を報告する魔女集会を行う。混乱や争いを防ぐためだ。もし、魔法を悪用し、私利私欲のために他人を犠牲にするようなことがあれば、魔女は容赦なく制裁を下す。この世界は、6人の魔女によって守られているのだ。
もっとも、このババアに守られている気はしないんだが・・・
「いってらっしゃい、お師匠様。」
「おい、箒はどうした?まさか歩いていくのか?」
「まさか、もちろん飛んでいくわよ。これで。」
そう言って、傍らに置いたスーツケースに魔力を込めて浮かせた。普段は箒で飛ぶほうが多いが、荷物が多いときには、こうやって荷物入れに乗ったほうが楽。とのこと。まぁ、箒よりスピードは落ちるが、それでも魔女の魔力なら大差はないだろう。
「何もないと思うけど、私がいない時は屋敷の結界から出ちゃダメよ。」
「はい。もちろんです」
「そんなに俺らは信用ないのか?」
「信用じゃなくて、心配よ。いいわね、絶対に出ちゃダメよ!」
バルムは二人に念を押し、空飛ぶスーツケースで森を越えて飛んでいった。彼女は屋敷を留守にする時、いつも必ず同じことを言っていた。屋敷の周りに張られた結界の外に出るな、と。それは、森に住む凶暴な獣たちから彼らを守るためだと、
そう、思っていた・・・
あんまり進んでないので、プロローグその2
と言ってもいいかもしれないです・・・