レドの記憶(2)
記憶を追体験していて気づいたことは、生まれてから今までの記憶を全て覚えているわけじゃないということ。目覚めた時の記憶は鮮明に覚えているが、その後の会話や行動の記憶はあやふやで時間が飛んでいる部分もあった。どうやら魔法生物といっても記憶力は人間と変わらないようで忘れてしまう部分もあるようだ。まぁ、そのおかげで一年後の記憶がすぐに見られたわけなんだが・・・ちなみに、この記憶が一年後のものだと知ったのはユイリーンの一言からだった・・・。
「レド!誕生日おめでとう~!レドが生まれて今日で一年がたったんだよ。」
ユイリーンは両手を広げて満面の笑みで俺にそう言った。
「誕生日・・・一年・・・」
「そう。誕生日はお祝いをする日なんだよ!」
「お祝い・・・」
「うん!ごちそうとケーキをみんなで食べてお祝いするの!」
先ほどからしていたおいしそうな匂いはそれか。シュウがキッチンに入ったまま帰ってこない理由もわかった・・・しかし、なぜシュウが料理担当なんだ?そういえば、一年間の記憶の中でユイリーンが料理をした記憶がないな・・・まぁ、気にするまでもないか。
この時の俺はいつものように言われた言葉を復唱する中で、なにか違和感のようなものを感じていた。そしてそれは自然と口から零れた
「・・・魔法生物である自分が食事を取る必要はあるのか?」
そう言い終えた時、俺の中で何かが変わった。今まで感じなかった疑問が次から次へと胸に湧き上がってくる。これがルディの言っていた自我の芽生えなんだろう。
ユイリーンは目を丸くして驚いた表情で俺を見ていたが、すぐに叫びだしてシュウを呼んだ。
「シュウ、シュウ!大変、レドがレドがレドがー!」
「どうしたんだいユイ、レドがどうし・・・ぅぐ」
ユイリーンの叫び声を聞きキッチンから出てきたシュウにユイリーンは飛びついた。その勢いと衝撃でシュウはよろめき倒れかけるがなんとか踏みとどまった。
「い、いきなり危ないよユイ・・・」
「そんなことより大変なの!レドに自我が!」
人に飛びつく危険性が”そんなこと”の一言で片付けられた。
「自我だって?本当なのかいレド?」
「自我・・・わからない。ただ、疑問に思った、なぜ食事を取るのかと。」
「なるほど。今まで気にならなかったことが急に気になるようになったんだね。」
シュウの言葉に俺は頷く。それを見てシュウは俺の頭を撫でて嬉しそうに微笑んだ。
「それが自我だよ。」
「・・・わからない・・・」
「難しく考えなくていい。君はただ疑問を持った、そしてそれを知りたいと思った。それだけで十分なんだよ。」
「自分は・・・知りたい。答えを。」
「うん、なにが知りたいんだい?」
「自分が食事を取る必要性。」
「食事を取る必要性か・・・自分が魔法生物だから疑問に思ったのかな・・・」
「ご飯を食べるのは生きるためだよ。私もシュウもレドもシーザーも。」
「ユイ、ちゃんと説明してあげないとレドは納得できないと思うよ。」
そう言ってシュウは俺を椅子に座るように促した。長い話になるということなんだろう。
「レドの疑問だけど・・・答え自体はユイが言った通りだよ。生きるためのエネルギーを得るために食事をするんだ。もっとも、本来の魔法生物は食事を必要としないけどね。」
「本来の?」
「魔法生物は魔力を持った宝石などをコア、心臓として命を与えられる。その魔力量は少ないながらも枯渇することはない。コアが傷つくまではね。でも君とシーザーは違う、コアもその器も、普通じゃないんだ。」
「どういう意味だ?」
「レドとシーザーは特別ってこと。」
「一言で例えるならそうだね。君たちのコアは宝石の中でも魔力が少ない黒石と呼ばれるものなんだ。魔力が低い代わりに強度が高い宝石で、ちょっとしたことじゃ傷つかないのが特徴だよ。」
魔力を持つ宝石はその魔力の強さで色が変わる。魔力が高ければ高いほど輝きは増し虹色に近いほど魔力が高いことを示していた。逆に魔力が低ければその輝きは濁った色になり黒に近い色の宝石は黒石と呼ばれ価値のない石ころだと言われている。
「でもね、黒石の魔力量だけじゃ心臓として機能するのは難しいんだ。だから僕たちは黒石に自分たちの魔力を注いだ。シーザーには僕の魔力を、レドにはユイの魔力をね。」
「でも、注いだ魔力は時間と共に薄れちゃうから、ひとつの魔法をかけたの。」
「それが食事・・・」
「そう。食事で得たエネルギーを魔力に転換して黒石に注いでいるんだ。だから食事を取らないと魔力切れを起こして倒れてしまうよ。」
「・・・それならば、食事を取るほどに魔力が高くなってしまうのでは?」
「レドってば、実は頭いいの?」
「ユイ、話の腰を折っちゃだめだよ。」
ずっと見ていて思ったが、ユイリーンという人物はずいぶんと自由な人のようだ。しかしこの自由さ、誰かに似ている気がする・・・
「確かに、食事のエネルギーを魔力にして注ぐだけなら黒石の魔力は高くなるだろう。でもね、魔力を注ぐのはコアだけじゃないんだ。」
「コアだけじゃない?他に何が・・・」
「器、肉体だよ。食事のエネルギーはコアと器の両方に注がれる。肉体は常に形状を維持しようと魔力を消耗し続けるから、どんなに食事をとっても魔力が高くなることはないんだ。」
「・・・この器も特別なのか?」
「ううん。ただの土と水。」
泥人形かよ!・・・いや、魔法生物の体なんて基本は土と水で作られるもんだけど・・・
「正確には、ユイの魔力を注いだ土と水だけどね。」
「再生魔法がかかってるから怪我してもすぐに治るからね!ちゃんと魔力消耗するけど。」
なるほど再生魔法か・・・それであの時噛み付かれてもすぐに治ったわけか・・・
「さて、君が食事を取る必要性は、食事によって得たエネルギーを魔力とし、コアと肉体に魔力を注いで生きるため。ということでいいかな?」
「・・・食べないと死ぬのか?」
「コアが傷つかない限り死なないから、仮死状態になるぐらいだと思うよ。」
「そうか・・・」
「他にも疑問に思ったことがあったらいつでも言ってくれていいんだよ。」
「そうそう。なんでも答えちゃうよ~。」
俺は二人を見つめ、もうひとつの疑問を口にした。
「なら、自分の性別はどっちになるんだ?」
二人は同時に石のように固まった。そして困ったように笑顔を浮かべては乾いた笑いを始めた。
「そ、それは・・・その・・・・なんというか・・・」
歯切れの悪い言葉を並べるシュウはさっきとは別人のようだ。
「や、やっぱり性別は決めておくべきだったんだよー!」
「そんなこと言われたって・・・君だって決められなかったじゃないか・・・」
「だってだってー!どっちかなんて決められないもんー!」
どうやら性別をどっちにするか決められなかったようだ。まぁ、別に性別で困ってる事なんてないからいいんだけど・・・
「ごめんねレドー。」
「君は人に近いんだから、ちゃんと性別は決めるべきだったね・・・。」
「いや・・・別にそんな・・・」
「今からでも性別つけよう!レドはどっちがいい?」
「え?」
「出来なくはないと思うし、レドが望むなら僕たちはそれに答えるよ。」
ちょっとした疑問だったから、別に性別が欲しいわけじゃない。だからそんな真剣な顔で俺の言葉を待たないで欲しい・・・本気で性別をつけようとしなくていい。
「・・・・・・・・・このままでいい。」
この時の俺が、性別を決めなかったことに本気でよかったと思った・・・