災厄と呼ばれた理由
本来、魔力を放出するのは魔法を使うときだ。たとえば攻撃魔法、攻撃に使う魔法をイメージして魔力を放出することで、それが具現化して攻撃魔法として発動する。また、物や動物などに触れ、自分の魔力を放出し、対象に魔力を注ぎ込むことで、浮かせたり動かしたりできる。それ相応の魔力も必要になるが、基本はそんなところだ。しかし、高い魔力を持っている場合、それを利用して威圧や威嚇もできるようだ。これは、無限の魔女が表に出たことでわかったことだが・・・
問題は、その魔力を無自覚で、しかも、無意識に放出してる場合だ。この場合、威圧や威嚇と違い、魔力を浴びているものを、全て魅了してしまう。もちろんそれは、魔力の低いものに限られるが、厄介なことに変わりはない。したがって俺は今、目の前の少女に、魔力をコントロールする方法を教えているのだが・・・
「うーん・・・わかんない・・・」
「自分の魔力だろ?意識を集中させれば、自然と感じられるはずだ。」
「だからそれがわかんないの。私の世界には魔法なんてなかったし、自分の魔力っていわれてもわかんないの!」
さっきからこの調子だ。魔力をコントロールするために、まずは、自分の魔力の流れや感じを知ることが大切なんだが、エリカにはそれがわからないらしく、一向に前に進まない。一応、魔法の暴発を防ぐために外でやっていたが・・・これなら、屋敷の中でも問題なかったな・・・
『魔力のコントロールなんて簡単なのに、どうしてエリカはできないのかなぁ?』
「まったくだ・・・。普通なら、子供のころに出来て当たり前のことなんだがな。」
「そんなこと言われたって・・・」
エリカには魔女の声は聞こえていないが、俺の言葉から、なんとなく予想できたんだろう。頬を膨らませ、ふてくされた顔をした。しかし、自分の魔力を感じることができないと、その魔力をコントロールするのも難しい。時間がかかりそうだな・・・
「とにかく、まずは自分の魔力を感じることだ。それが出来なきゃ、魔力のコントロールなんて夢のまた夢だぞ。」
「うぅ・・・。魔力ー、まりょくー・・・」
エリカは目を閉じると、そう呟きながら集中する。努力は認めるが、結果がついてこない状態だ。もしかしたら、俺たちにとって当たり前なことは、エリカにとっては難しいものなのかもしれない。
うーんうーん。と必死になっているエリカを眺めながら欠伸をしていると、隣にバルムがやってきた。あれから、そんなに時間はたってないはずだが、酷くやつれた顔をしている。報告書は終わったんだろうか?
「調子はどう?」
「どうもこうも、自分の魔力を感じられないって、ずっとあの調子だ。」
「魔力を?・・・もしかして、私たちと魔力の質が違うのかしら?」
「どういうことだ?」
「エリカの世界には、魔法がないって言っていたでしょう?なら、あの子の魔力が、私たちの魔力と質が違う可能性があるわ。魔法が存在する世界と、存在しない世界じゃ、魔力の需要が変わってくるもの。」
「なるほどな・・・。で、報告書はできたのか?」
俺の質問に、あからさまに顔をそらした。現実逃避か・・・
「無限の魔女の話を、優先しようと思っただけよ・・・今日話す約束だもの。」
つまり、報告書が今日中に終わる気配がないんだな。半年前から思っていたが、バルム・バッカードは文章を書くことが苦手らしい。誰かに手紙を書いている所も見たことないし、報告書を書いているときに、奇声を上げていたこともあった。・・・まぁ、誰だって苦手なことはあるから、仕方がないよな・・・
「じゃあ、イルニールを呼んでくる。場所はどうする?」
「ここでいいわ。」
エリカをババアに任せ、俺は、イルニールを呼びに屋敷の中に戻った。たしか、ババアの部屋にいるんだっけか・・・
俺がバルムの部屋に入ると、イルニールは、バルムの本を読み漁っていた。・・・まぁ、それはいい、エリカを帰す方法を探しているんだからな。だが!
読み漁った本は片付けろ!!昨日の苦労を台無しにするんじゃねぇ!!
「おい、イルニール、ババアが呼んでる。行くぞ」
「いたた・・・。わかった、行くよ。でも、なんで殴ったの?」
読んだ本を棚に戻さないイルニールに、拳骨を降らせた俺は、きっと悪くない。
イルニールをつれて外に出ると、集中力の切れたエリカが「遅い」と怒ってきた。やはり、魔力は感じられなかったようだ。これは、他の方法を探さないといけないかもしれないな。
「さて、無限の魔女について、私の知ってる限りを話すけど・・・」
バルムが俺を見る。おそらく、魔女の反応を伺っているんだろう。頭の中で話しかけると、「ん?」って、間抜けな声が聞こえた。俺が「表に出るか?」と尋ねれば「必要ないよ」と返す。感覚を共有しているから、俺が聞いていれば、なにも問題はないのだろう。
「問題ない。話してくれ。」
俺の言葉に、バルムはゆっくり頷き、一呼吸して話し出した。
「無限の魔女の存在は、普通の人間は知らないわ。もちろん、私たち自身、実物の彼女を知っているわけじゃないけど・・・資料が残されているの。彼女が起こした所業の数々が。」
「ひとつ聞きたいんだが、無限の魔女が生存していたのはいつだ?」
「・・・二百年ほど前よ。」
「随分と昔だな。」
「そうよ、だから資料も少ないわ。でも、彼女が、危険な存在だと証明するには十分な量だったわ。」
「いったい何をしたんだ?」
「・・・ひとつの大陸を・・・破壊したのよ・・・」
バルムの言葉は、俺たちには信じられないことだった。この世界に、他の大陸があるなんて話は、今まで聞いたことがなかったからだ。どれほどの規模の大陸かと聞けば、俺たちがいるこの大陸と同じぐらい、という回答が帰ってきた。俺の中の魔女は、何も言わない。
「その大陸には、ここのように、街や人が多く存在していたわ。それを彼女は、一瞬で消し去ったの。そして彼女は、無限の魔力を持つ、災厄の魔女と呼ばれるようになった。」
資料によると他にも、魔法の実験のために人間の血を大量に集めたり、森や湖を枯らしたり、逆らう者は全て消し去ったりと・・・今の魔女からは想像もつかない悪行ばかりだった。
しかし、どういう経緯で死んだのかは、明確ではないらしい。ある日、森の中で磔にされ、死んでいる魔女が発見された。資料の最後にそう書かれていたらしい。結局、魔女の息の根を止めたのが誰なのかわからず、謎だけが残った・・・
「その後、強大な力から人々を守り、救うために、6魔女という組織が作られたわ。魔女を恐れる人たちに、魔女が危険な存在ではないということを、伝えるためにね。・・・私が知っているのは、ここまでよ。」
ふぅー。とため息をついて、バルムはこちらを伺う。ババアの話が本当なら、無限の魔女は危険な存在だろう。しかし、俺に宿る彼女は、少なくとも、その災厄の魔女とは違う。もしかしたら、俺が、そう信じたいだけなのかもしれないが・・・
「お師匠様、どうしてそんな危険な魔女が、レドの中にいるんですか?」
話を聞き終わり、イルニールも疑問を感じたのだろう、正面にいるバルムを見つめた。その隣にいるエリカは、内容を整理しているのか、眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
「この世界にはね、死んだ人間の魂を蘇らせる魔法があるの。」
バルムの言葉は、俺たち全員を驚愕させた。死んだ人間が・・・蘇る?
「もちろん、無条件ってわけじゃないわ。人は死ぬと、魂と魔力が世界に浄化され溶けていくのは知ってるわね?その浄化が終わると、人は完全に消滅する。この魔法は、完全に消滅する前に儀式で無理やり蘇らせる方法なの。」
でもね・・・と、言葉を続けた。
「人の魂を蘇らせるには、その魂を入れる器が、生きている肉体が必要なの。・・・ここまで言えばわかるわね?」
「・・・・・・はい。」
無限の魔女の魂を蘇らせる儀式、俺はそこにいた。そして、俺の中に無限の魔女が宿った。経緯はどうあれ、俺は魔女の器として、今ここにいる。ということだ。
「あれ?でも、二百年前の魔女なんですよね?浄化されててもおかしくないんじゃ?」
突然エリカが口を開く、たしかに、二百年もあれば、どんな魂だって浄化は終わるだろう。だけど、無限の魔女は消滅せず、俺の中にいる・・・なぜだ?
「言ったでしょ。無限の魔力を持つって。魔力の浄化が終わらず、ずっと魂は存在してたのよ。記憶がないって言っていたし、魂の浄化だけは終わっているんじゃないかしら。」
エリカの質問に、バルムは笑顔で答えた。俺は、なるほど。と変に納得してしまった。魔力が浄化されていないから、魔法の記憶が少し残っているんだろう。しかし、さっきから、魔女が何も言ってこないのが気になる。ババアの話にショックで、何も話せないのか・・・?
俺は、頭の中で魔女に話しかけることにした。
(・・・おい、大丈夫か?)
反応はない。俺は何度か呼びかけた。すると、ゆっくりではあったが、魔女の声が返ってきた。その声に俺はほっと胸をなでおろした。
『・・・んー、レド、ごめんー・・・』
(大丈夫なのか?)
『・・・寝てた。』
「おい!!」
魔女の一言に、俺はつい声を上げてしまった。どこから寝てたのかと思えば、最初からという大物っぷりに、怒りを通り越して、もう呆れるしかなかった・・・
無限の魔力を持つ災厄の魔女。
略して、無限の魔女。