プロローグ
最初の記憶は黒、窓もなく光も差さない真っ暗な部屋と「ごめんなさい」と呟く女の声、そして告げられる自分の名前とその意味、レディアルド・ノール。それが俺の名前となった。
次の記憶は赤、たくさんの黒い影がたくさんの白い影を赤く染めていく。黒い影は俺にも迫り、俺も赤に染まって倒れた。黒い闇に自分が落ちていくのがわかった・・・だけど、不思議と恐怖も孤独も感じなかった。
目を閉じようとした時、目の前に小さな光が見えた。それと同時に頭の中に声が聞こえてきた、目の前の光の声だと、なぜかすぐにわかった。声は俺に『かわいそう』と言った。そして次に聞こえたのは『助けてあげる』という言葉、光は俺の中に入り込みこう言った。
『私は無限の魔女。あなたを器とし、再びこの地に降りましょう』
拒否も拒絶もできない。そうわかっていた、最初から・・・
*********
『レド・・・』
頭の中で俺の名を呼ぶ声が聞こえ、目を開けた。あの頃の夢を見ていたせいか少し気だるい・・・
あの時から、俺の中に魔女は宿った。魔女が宿ることで俺の命を繋ぎ、同時に魔女は肉体という器を手に入れた。しかし、魔女が俺の体を支配してどうこうというのは、今のところない。
「なんだ?なにか用か、魔女」
『・・・夢を、見たのね・・・あの時の』
「・・・・・・あぁ」
魔女は俺と感覚を共有しているらしい。宿っているから当然だと言われたが、俺が感じたことは全て魔女も感じる。つまり、俺が感じた痛みや苦しみが、そのまま魔女も感じることになる。それは宿っている方からみれば、苦痛でしかないだろう。悪かったと、そう告げるしかない。過去も記憶も消えるものじゃないのだから、思い出してしまえば苦痛も同時に訪れる・・・。そんな痛みさえも共有してしまうのは正直、厄介だと感じてる。
『まだ起きるには早いし、もう少し寝たら?』
「冗談だろ」
今眠ればきっとまた同じ夢を見るだろう。そんなのはごめんだ。ベッドから降りて窓から外を覗いた、確かに起きるにはまだ早い。空は明るくなってきているが、森はまだ深い霧に包まれている。この屋敷は森の中にあるため、外を見渡しても森の木々しか見えない。どうしてこんな人里離れたところに屋敷を建てたのか、この屋敷の主が考えることはわからない。
*********
魔女が俺に宿ったあの日、目を覚ますと知らない部屋にいた。そこには、見た目二十歳前後の女が、窓から外を眺めていた。俺が起きたことに気がつくと、ほっとしたような顔を浮かべ、俺の側に駆け寄った。
「大変、だったわね・・・。」
そう優しい声で言った。どこか辛そうな悲しそうな色を瞳の奥で揺らしながら・・・。
この女が誰なのかわからない、知らない女なのは確かだった。
「あなたを私の、西の魔女、バルム・バッカードの弟子にします。」
突然すぎて意味がわからなかった。この女は拾ってきた俺を弟子にすると、自分が魔女だと言た・・・魔女?その言葉を聞いて俺は思い出す、自分が死ぬ間際に聞いた声を。あれはなんと言っていた?・・・無限の魔女、たしかそう言っていた。
「あなたの中には魔女が宿っているの、無限の魔女が。」
まるで、俺の心を読んだかのように女は話しだした。
「遥か昔、無限の魔女と呼ばれた魔法使いがいたの。彼女は死んだけれど、その魂は魔力と共に今のこの世界に留まっていて、その魂を呼び出して利用しようとする輩がたまにいるの。」
要するに・・・
「あなたはその儀式に利用されて、その身に魔女の魂を宿してしまった。それはとても危険なことなの。無限の魔女の力は、世界を狂わせてしまうほど強力なものなのだから。」
魔女を体に宿したことで、俺は要注意の危険人物となってしまったわけか?
「だから、あなたを私の弟子にします。」
だが、それでどうして、弟子にするという話しになる?
「あなたに拒否権はないわ。私は世界を守護する6魔女の一人、危険因子のあなたを野放しにするつもりはない。弟子にするのは監視のためよ。」
なるほど。と、俺は納得した。それと同時に頭の中で声がささやく。
「・・・俺はレド。あんたの弟子になるよ。どうせ、行く当てもないからな」
「素直でよろしい。まぁ、詳しい話は追々してあげるわ。」
そして俺は、魔女バルムの弟子になった。それと同時に、俺の名前はレドとなった。本当の名前もその意味も誰も知らなくていい。俺はレドとして、魔女バルムの弟子として、生きていくことにした。
無限の魔女と一緒に・・・
*********
「・・・・・・さて、そろそろ始めるか。」
そう言って俺は、窓から離れ、着替えを済ましてから部屋から出た。
『今日の食事当番はレドだっけ?』
魔女が不思議そうに尋ねてきた。口調や態度を見る限り、そんなにすごい魔女には感じないのだが・・・
「いや、今日はイルニールの当番だな。俺は薪割りだ」
『えぇ~!やだー、斧重いー、腕が痛くなる~!』
すごい魔女にはまったく思えないんだが・・・
「嫌だったら寝とけ。意識がなければ、感覚の共有は一時的に切れるんだろ?」
『あ、それもそうね。じゃあ、私は寝るね、おやすみ~』
そう言って、魔女の声は消えた。理由はわからないが、魔女が眠っていると、俺との感覚共有が切れるらしい。もちろんそれは一時的で、目覚めればまた共有する。だから、自分が感じたくないときは、魔女は寝ることにしていた。寝る、という表現があっているのかは謎だけどな。
屋敷の外に出た俺は、深呼吸して、清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸った。あぁ、今日もいい天気になりそうだ。
連載に挑戦・・・読んでくださってありがとうございます。
頑張ります。