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双子の王子と運命の神姫  作者: タチバナ ナツメ
第一章 魔の暗雲は忍び寄る
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第六話 続・フヴァール村にて

「そうか……状況はだいたい分かった。また新しいことが分かり次第、すぐに報告してくれ。それから、引き続き――」

「エイル王子!」

 気を失って倒れるなんて、慣れない経験をした後だからなのだろうか。今少し動作の覚束ない足腰をどうにか引きずりながら、私は村の広場で人だかりの中心に居たエイルのもとへ駆け寄った。

 自然豊かなマグ・メルの土地柄を象徴するかのような、ひなびた山裾の村は今、かつてないほど騒然と、雑然と揺れている。それはきっと、のどかなフヴァールの日常風景にはおおよそ似つかわしくない、厳めしい鎧の騎士たちが、村中をあくせくと走り回っているせいだろう。

 彼らはおそらく、村の異変を調査するため、エイルによって王宮から召集されたのだ。

 小走りに駆け寄った私を見るなり、エイルは取り巻きの騎士たちへの指示をぴたりとやめて、驚きに目を丸くしながらこちらを振り返った。

「ルル……! 気が付いたのか、良かった。もう動いても大丈夫なのかい?」

「はい、もう大丈夫です」

 エイルが振り返ったのと同時に、大勢の騎士たちの視線が一斉に私のところへ集まった。

「うっ……」

 長年に渡って炎の谷(グレン・ティーナ)に引きこもっていた私が、彼らの中に知った顔ぶれを見つけられるはずもなく――唐突にたくさんの知らない人たちの注目に晒され、思わずぎょっと怯んだ私は、エイルのところから不自然に距離を空けたままで、はたと歩みを止めてしまった。

「おお、あの方が噂の……!」

「さすが、天空神のお声を聞く力を授かった方だけのことはある。何と神々しいお姿だろうか……!」

 神々しいって、何のこと?

 皆さんそれ、本気で言ってるんです……?

 騎士たちはみな口々に、聞いた側から全力で恐縮したくなるような感嘆の言葉を漏らしながら、好奇や期待の色濃く混じった眼差しで、私を眺め回している。

 何だろう、この空気。何だか自分が、彼らと同じ生き物として扱われているような感じがしない。

 もしかすると私は今後しばらくの間、今のように初めての顔ぶれと対面するたび、こんな気分を味わい続けなくちゃならないのだろうか。

 ――嫌だなぁ、私わりと人見知りする方だし。こういうの、ちょっと面倒臭い。

 誰に何と言われようとも私は、生まれたときから変わらず“私”のまんまに決まっている。未だ自分が特別な使命をもって生まれた人間だなどという自覚の持てない――というか、今後もそんな自覚なんて持てるような気がしない――私にとって、周囲のこの反応は結構辛いものがあった。どんな顔して受け止めたら良いのかさっぱり分からなくて、とにかく居心地が悪いのである。

 何だったらいっそのこと、私がお城で予言の真偽を確かめている間は、“誰だアイツ。まあ適当に挨拶くらいしておくか”程度のお構いなしで済ませてもらっても良いくらいだったのに……うう、何だかいちいち緊張するなあ。

 考えれば考えるほど、周囲の空気がじわじわと重みを増してゆく感覚があった。両肩への加圧に押し負けて、まるで自分の体がどんどん縮こまってゆくような気になる。

 駄目だ、このままではいけない。しっかりしなくちゃ。

 雑念を断ち切ろうと小刻みにかぶりを振った私は、エイルの周囲の騎士たちを、背景の一部の樹か何かだと思い込むよう強く心に言い聞かせると、意を決して本題を切り出していた。

「あの。それより、村が盗賊団に襲われたっていうのは……? 被害はどうなってるんですか?」

 私の懸念は、それ一点に限る。

 フヴァールは私の唯一知る“外界”だ。馴染みの顔ぶれの中に、もしも被害に遭った人がいたらと思うと、とても悠長に寝てなどいられなくなったのである。

 ともすれば震えてしまいそうになる声をどうにかいつも通りに保とうとしながら、私は固唾を飲んでエイルの返答を待った。

「――結論から言わせてもらうと、既に盗賊団は全滅しているよ。もう村に危険はないはずだ。怪我人も出ていないし、略奪を受けた者もいない」

「え?」

 あっさり味で告げられたエイルからの答えは、想像していたよりもずっと良い報告だった――はずだ。それなのに。

「えっと――」

 寄越された返答があまりにあっさりとしすぎていたおかげで、私はしばし絶句していた。

 ややあってから、もう一度エイルの言葉を頭の中で噛みしだいてみる。そうしてようやっと私は、二の句を継げるだけの余裕を取り戻していたのだった。

「それって……王子たちが、騎士団の人たちと一緒に盗賊団を全滅させたってことですか?」

 エイルの告げた結果は、考え得る中では最良と言える結果だったに違いない。だけど、それにしたって何とも拍子抜けというか。

 だったら、この村の騒がしさは一体何なのかと突っ込みたくなってしまったのだ。

 そりゃもちろん、被害なんて無いのが一番に決まっているのだけれど――

「いいや、そういうわけじゃない。君の言う通りだったら、どんなに良かっただろうね」

 含みのあるエイルの言い回しを聞いた途端、私は事態の複雑さをそれとなく直感していた。

 そんな私を見下ろしながら、エイルは“何から話すべきか”と思いあぐねているかのように、うっすらと皮肉げな苦笑を浮かべてみせた。

「ゆうべ、この村の近くで遭遇したドラゴンのことは覚えてるね? あれのおかげで、盗賊団はこの村を襲い始めてすぐに全滅してしまったそうなんだ。村に侵入しようとした矢先、件のドラゴンにメンバーのほとんどがさらわれてしまったらしい。仲間がさらわれてゆく様子を見て、慌てて逃げ出した盗賊もいたようだけど――騎士たちに調査をさせたところ、盗賊団のアジトと思われる場所は、もぬけの殻だった」

「つまり、襲撃の後でアジトへ戻った者は一人もいないってことですか」

「うん、どうやらそうらしいね。今現在もアジトには見張りを付けているが、帰還者確認の報告は受けていない。幸いにも、村人の中でドラゴンに襲われた者は一人も居なかったそうだよ。畑の作物を食い荒らされたり、騒ぎに驚いて腰を抜かしたりした者はいるようだけど」

 憐れ――と言うべきなのか、自業自得の結果というべきなのか。

 フヴァール村を襲った盗賊たちは、おそらく一人残らず人喰いドラゴンの餌食になった。

 そして、平和に暮らしていた村人たちは、誰一人として傷つくことなく生き残った。

 結果としては最良も最良だが、何だか釈然としない。悪者は全滅、善良な村人たちは全員生還――そんなおとぎ話のような極端な結末が、そうそうあるものだろうか。そもそも腹を空かせた獣にとっては、餌となる人間が悪かろうが善かろうが、知ったことではないはずなのに。

 事実を知らされた途端、また新たに湧き出してくる不可解さに、私は悶々としていた。

「不幸中の幸い――でしょうか。ちょっと引っ掛かる気はしますけど」

「やはり君もそう思うかい。私もちょうど、気掛かりを感じていたところだよ」

 長いこと力を込めっぱなしだったせいで、ぴくぴくと痙攣を起こし始めた眉間をトントンと叩いて宥めすかす。

 悩み悶える私に対し、エイルの表情は、瞳に宿ったアクアブルーと同じようにひたすら柔らかく、涼しげな色をしていた。

 こんな時に何だけど、ちゃんと真面目に考えてるんでしょうね、この人。

「村の奴らの話だと、ドラゴンは明らかに盗賊団の連中だけを選んで襲ってたように見えたらしいぜ。村人には(はな)から見向きもしなかったって話だが」

 するとその時、いつの間にか私の後を追ってきていたらしいレオが話に加わってきた。

 ――それだ。

 いつもはろくでもないことしか口にしないレオだが、このときの彼の発言は、私の待ち望んでいたヒントそのものだったらしい。

 脳裏にひらめきが走り、もやもやと不定形だったものが急速に輪郭を帯びたような手応えがあった。

 そう――理性など欠片も持ち合わせていないかのような、狂った眼をしたあの“人喰い”。ドラゴンの本来あるべき姿とは掛け離れた、身の毛もよだつ醜悪な姿かたちから受けるイメージとは裏腹に、エイルから聞かされた彼の一連の行動には、何らかの大きな“意思”が感じられたのだ。

 ――そうして私は、ひとつの結論に思い至る。

「もしかしてあのドラゴン、村の人たちを助けようとしてたんじゃ……?」

 実のところあの禍々しいドラゴンは、人のそれに近い善悪の観念を持ち合わせていた。ゆえに彼は、自らの判断力に従って、善良なる村人たちを救おうとした?

 そう考えれば一通り辻褄が合うような気はする。けれど、まだ何か心残りもあるような……

 あの時、彼が私たちに投げた視線は、冷酷無比な“獲物を値踏みする目”ではなかっただろうか。

 ――いや、単にあのおどろおどろしい外見に惑わされているだけなのか。だって彼は、村人だけでなく私たちも、襲わずに逃がしてくれたって話だし。見た目は怖いけど気は優しいパターンなんて、人間の世界じゃ間々あることだ。

 たくさんの所感と、そのひとつひとつにつきまとう違和感とが、私の中でぐるぐると交錯している。

「そうだね……私も一度は考えたが、一概にそうとも言い切れないような気がしてね」

 どうやらエイルも、私と同じところで堂々巡りを繰り返しているようだ。

 駄目だ……考えれば考えるほど、分からなくなってくる。無意識のうちに私は、頭を抱えていた。


「俺はそんな風には思えねえな。あいつは村人も盗賊も関係なく、みんなただの“食い物”だとしか思ってねえよ」

 しかし、曖昧に濁されたエイルの言葉とは対照的に、レオの発言は確たる思いに満ちているかのようであった。

 私よりもずっと間近でドラゴンと対峙した彼だからこそ、直感的に感じ取れる何かがあったということなのだろうか。レオの表情からは、溢れんばかりの怒りと憎しみとが伺えた。

「助けるって意思があるなら、盗賊連中をぶちのめすことはあっても、喰う必要はねえだろ。あいつは空腹を満たすってはっきりとした目的があって、そのために盗賊連中をさらったんだ。村の奴らが襲われなかったのは、単なる偶然だ。このまま放っておいたら、他にも犠牲者が出るぞ!」

 いくら被害者が悪人だったとはいえ、人喰いなどという行為を黙って見過ごす訳にはいかない――吠え立てるように語気を荒げたレオは、そんな気概の伺える面持ちをしていた。

「レオ。君の言いたいことは分かるけど、それをルルの前で喚いても、どうにもならないよ」

「んな事ぁ分かってるよ!」

 一貫して自前のペースを崩さない弟に対し、今にも掴みかからんばかりに怒りをむき出しにするレオの剣幕は、さすがに少し怖くもあった。

 けれど、喚き散らす彼の姿を見ても、“子供みたい”だとかは感じない。

 何となくだが、分かった気がしたのだ――彼が最も憤りを感じているのはきっと、人喰いという怪物の残虐行為そのものではなく、みすみす目の前でその捕食者を取り逃がしてしまった、“自分自身”に対してなのだと。

 だからきっと彼は、ドラゴンが“逃げた”とは言わずに、“逃げられてしまった”と表現した。

「すみません、レオ王子。軽率な発言をしました」

 なんだ、ほんとは責任感も正義感も、人一倍強いんじゃない。

 普段はあんなに軽いのに、とついつい余分な思いまで付け加えつつも、気が付くと私は自然とレオに陳謝していた。

 もちろんさっきの見解だって、飽くまで可能性として捨てきれないことではあるけれど――彼の思いを理解していれば、軽々しく口にして良いことではなかったかもしれないと、素直に思えたのだ。

「ん……? あ、いや――別にお前を責めようとして言ったわけじゃねえんだ」

 深々と一礼した私を前に、レオはしばし惚けたように固まっていたが、すぐさま自分を取り戻すと、心底申し訳なさそうに頭を掻いていた。

 毒気が抜けてしまうのも無理ないか――思い起こせば、私が彼に謝罪するなんて、これが初めてのことだったかもしれないから。

 それで平常心を戻してくれたことは幸いだったが、だからと言っていつまでもこちらがしんみりしているのは、逆にレオの方が私に何かしでかしてしまったみたいな空気になって、何となく気が引けてしまう。

 深々と呼吸を入れ替えた私は、早々に心機を入れ替えて、事件の考察を再開することにした。


「でも、ドラゴンが人を喰うなんてこと、あるんでしょうか……」

「人を喰うドラゴン――というよりも、人を喰う化け物の話なら、知らないこともないよ。存在するのかどうか定かではないけど、“魔獣”なら有り得ない話じゃないだろう?」

『“魔獣”――!?』

 素っ頓狂な私とレオの声が、甲高くひずんで重なる。

 彼の言葉は、世が世なら“何て突拍子もないことを”と、一笑に付されて終わるトンデモ発言に違いなかっただろう。

“魔獣”とはその名の通り、魔の領域に属する獣のこと。

 人の住む地上の世界ではなく、地底深くに存在するとされる“魔界(フォウォレ)”の混沌から生じた異形の獣のこと――つまりエイル本人の言った通り、実在そのものが不確かな、伝説上の生き物のことなのだ。

 古い記述によれば、彼らは一様に、人の肉を好んで喰うとされているが――

「いよいよきな臭くなってきやがったな。魔界の連中が、こちらへ異形どもを送り込んで来てるってことかよ」

 再び険しく眉を吊り上げたレオが、悔しげに舌を鳴らしていた。

 多発する異常気象と自然災害。そして、人の暮らしを脅かすまでに膨らんだ、獣や怪物たちの急激な凶暴化。これまで緩やかに均衡を保ち続けてきたはずの世界が、近年そのバランスを大きく崩しつつある――道すがらで騎士ファーディアから聞かされた王国各地の変調は、想像以上に深刻だった。残念なことに今の地上が、魔獣の発生を否定しきれない世相に変わりつつあることは確かだ。

「自然に考えるならそうだけど……どうもそれだけではないような気がするんだ。もっと複雑な何かが根本に潜んでいるような」

 その中に見え隠れする、何者かの“意思”とおぼしきもの。

 やはり師匠の言った通り、地上で何か大きな事件が起ころうとしていることは間違いないのかもしれない。

 生まれ育った土地を離れ、外界に目を向けた途端、ありありと伝わってくるこの異常な空気――世界そのものが何かを訴えかけてくるような、強い重圧を感じる。

 何でもっと早くに気が付けなかったんだろう。陰気に引きこもってる場合じゃなかったんだわ、私!

 悔しくて悔しくて、思わず私は拳を固め、ぎゅっと唇を噛み締めていた。


 ――ちょうど、その時のことである。

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